王族の血
「当時のハルグブンは、王族の血を残すための種馬としか思われていなかった。だから、早めに婚約者を決めたのも、次世代のためだと言われていたらしい」
オレの表情から察したのか、情報国家の国王陛下はそう付け加える。
「だが、普通に考えれば分かりそうなものなのにな? ハルグブンに用意された婚約者はセントポーリア王族でも濃い血を引いている。そして、その当時、残っていた女性王族など、ハルグブンよりも年下の女しかいなかった」
いるとしたら、現クソ王子から見て、15歳年上の女性王族だ。
位置づけとしては、クソ王子の婚約者候補である。
それ以外の女性王族は、当時、もういない。
そして、その唯一の女も現王妃よりも血は遠いのだ。
純血主義のセントポーリアで、誰も、そのことを疑問に思わなかったのだろうか?
「考えてみれば、当然だ。当時の第一王子である『クライナール=アルダン=セントポーリア』は、先王である『ペテルブルグ=クント=セントポーリア』の血を引いていなかったのだからな」
ちょっ?!
唐突にぶっ込んできやがった。
当然ながら、そんな話は知らなかった。
その名前は、セントポーリアの史書にも王族図鑑にも当時の第一王子として記録されていたし、先王の養子という話もない。
兄貴は?
いや、セントポーリア国王陛下はそれを知っていたのか?
大神官は動揺することなく、いつもの表情を貫いている。
恐らく、知っているのだろう。
「いきなり、そんな話を聞かされても困ります」
だが、何も知らなかったオレとしては、そう答えるのが、精一杯だった。
どう考えてもセントポーリア最大の機密情報だ。
いや、もう世代が変わっているから、今のクソ王子の方が最大の機密情報になるのだろうけど、どちらにしても、醜聞であったことに変わりはない。
少なくともその第一王子は死んでも、セントポーリアの王族として登録されているのだから。
「ほう? 俺の言葉を全く疑わないんだな?」
「はい。陛下が私に嘘を告げる理由はありませんから」
それに、情報国家の国王陛下にもオレたちと似たような性質があるなら、恐らく、嘘は言えない。
嘘を嘘と意識して口にするだけで、自分の身体に鬱陶しい反応が出るはずだ。
「どこかの誰かに似ていると思わないか? クライナールのヤツ、昔、神剣ドラオウスを先王の目を盗んで、こっそり抜こうとして抜けなかったんだぞ?」
さらに、笑いながら、追加される情報。
それも、どこかで聞いたような話だ。
セントポーリアのクソ王子も神剣ドラオウスを……って……ちょっと待て?
神剣ドラオウスを、持ち主の目を盗んで抜く……だと?
それは、普通、できないはずだ。
あのセントポーリアのクソ王子がどんな状態で抜こうとしたのかは知らん。
だが、神剣ドラオウスは持ち主が召喚しない限り、その場に現れない。
誰も抜けないとしても、神剣と呼ばれるものだ。
当時は、飾られていた?
そんな馬鹿な。
複製品ならともかく、本物を飾る理由にはならない。
神をも斬れる「神剣」と呼ばれるものだぞ?
オレが戸惑っているのが分かったのか、情報国家の国王陛下は苦笑する。
「誰でも、男なら本当に我が子かどうか確認したいものだろう? 血の儀式を母親からそれとなく拒まれたなら、それ以外の方法をとるしかない。先王はクライナールの成人の儀式で神剣を渡したのだ」
成人の儀。
それは15歳になった時の祝いの儀のことだ。
「勿論、先王はそれを抜けとは言わなかった。渡しただけだ。だが、先王が背を向けた瞬間、クライナールは神剣ドラオウスを抜こうとしたらしい」
背を向けても、剣を抜こうとする気配は分かる。
それが、鞘から抜けなければ、尚のことだろう。
さらに、その背を向けた人間は剣術国家セントポーリアの頂点に立っていた国王だ。
「さらに、クライナールに渡したその神剣ドラオウスを先王が受け取った直後、先王は、クライナールの目の前で、鞘から抜いたのだ。あの剣の謂れを知らなくても、衝撃的だっただろうな」
どんな嫌がらせだ?
いや、自分の息子じゃないと確信した時点で、そんな行動に出てしまったのか?
大人気ないとは思うけれど、自分の息子ではない人間を15年間も養育することになったのだ。
騙されていたと思うには十分すぎる期間だろう。
だが……。
「それは私が聞いても良い話でしょうか?」
そっちの方が気になった。
儀式中の出来事なら、他にも当時の第一王子が神剣を抜けなかった事実を知っている人間はいたかもしれない。
だが、それを見ていた人間が今も生きている気はしなかった。
国の機密情報を知っても、黙っていられる人間ばかりが儀式に立ち会ったことも考えられるが、そこまで徹底した情報管理を、セントポーリアにできるとは思えない。
だが、セントポーリア城内は、今も、セントポーリア国王陛下の兄は、第一王子のままである。
だから、何らかの形で口封じが行われた可能性は否定できなかった。
「坊主が話すなら、自分の兄と『導き』ぐらいだろう? それならば、何も問題はない」
「信用が重いです」
言い換えれば、変な所でうっかり漏らせば殺されるやつじゃねえか。
しかも、それはセントポーリアの人間ではなく、この国王陛下からも命を狙われる気がした。
そんな機密情報の外部流出ルートなんて、そう多くはない。
露見すれば、情報国家が真っ先に疑われるだろう。
そうなれば、これまで漏れていなかった情報を、新たに知った人間が疑われることは避けられない。
「それに、ハルグブンも知っていることだ。同じように成人の儀の際に、渡されているからな。まあ、ヤツはその場で抜いて、直系血族の証明をしたわけだ。そして、剣を抜いたと知られて以降、兄王子から強く当たられるようになったと報告にある」
自分が抜けなかった剣を弟が抜いたのだからな。
神剣ドラオウスに契約者本人とその直系以外抜けないという性質があることを知っていたとしたら、弟だけが当時の国王の息子だということになるから、悔しいし妬ましく思ってしまうだろう。
そして、知らなかったとしたら、なんで弟だけが? という疑問でいっぱいになっただろうが、やはり、悔しいし妬ましいと思う気がする。
兄王子に非はないのだろう。
生まれなんて、母親が本当のことを言わない限り、知るはずがないのだ。
そして、先王は疑いつつも、どこかで信じたかったのだと思う。
母親から第一王子の血の証明を拒まれた時点で、疑惑自体は深まってしまったとも思うが。
「当時のハルグブンなら、儀式の進行を無視するようなそんな派手なことはしない。だが、後で聞いた所、神剣に唆されたと言っていた。何でも、『この場で抜け』と言われたそうだ」
神剣に唆された?
そう言えば、栞も神剣ドラオウスを抜いた時の話を聞いた時、「何かに呼ばれた気がした」と言っていたな。
神剣ドラオウスは喋るのか?
「因みに当時のハルグブンとクライナールは神剣ドラオウスが、契約者とその直系にしか抜けないことを知らなかったらしい。ハルグブンが知ったのは、即位と同時に王から聞かされた当人が言っていたため、間違いはないだろう」
?
それなら、千歳さんはいつ、知ったんだ?
セントポーリア国王陛下が即位したのは、千歳さんが人間界に行った後だ。
いや、人間界から帰ってきて栞が神剣ドラオウスを抜くまでは2年の歳月が流れている。
その間に知る機会はあるのか。
千歳さんはずっとセントポーリアにいたのだからな。
「因みにチトセに伝えたのは、ミヤドリードだと思う。そして、ミヤドリードは俺から聞いている。何故かは知らんが、ミヤドリードから確認されたことがあったからな」
「確認、ですか?」
「神剣ドラオウスを抜ける人間と、抜けない人間の違いは何か? そう問い合わせを受けた。あれは、二十年ぐらい前の話だから、まあ、お前たちには関係ないとは思う」
記憶を探りながら情報国家の国王陛下は答えた。
だが、同時に思う。
何故、その条件を、この情報国家の国王陛下が知っているのかと。
セントポーリア国王陛下が即位まで知らなかったということは、セントポーリアの王族ですら、神剣ドラオウスを継承する人間しか知らない話ということなのではないか?
「当然、ベオグラーズも知っているよな? 魔法国家アリッサムと共に消えた神杖『ディナウ』、弓術国家ローダンセが隠し持っている神弓『ウォブ』、剣術国家の王が携える神剣「ドラオウス」、そして、お前が使いまくっている聖杖「ラジュオーク」は有名だからな」
「はい。神話にも、史書にもそれら神具の形状と特徴の記載があります。少なくとも、大神官になる人間は皆、知っているのではないでしょうか」
つまり、調べれば分かることだったらしい。
しかし、ローダンセにも神具があるのか。
城に何度も行っているが、その気配は分からない。
あの栞をぶん回していたローダンセ国王陛下が収納しているのかもしれないな。
「だから、ハルグブンが『導き』に神剣ドラオウスを渡した時、俺は思ったんだ」
そこで、情報国家の国王陛下は、身の凍るような言葉を吐く。
「歴史は繰り返される、と」
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