スカウト
「坊主は、セントポーリアに所属したままで、俺にも仕える気はないか?」
情報国家の国王陛下からそんな風に問いかけられたので……。
「ないです」
オレは即答する。
「即答だな」
だが、それを予測していたかのような情報国家の国王陛下の苦笑と台詞だった。
「セントポーリアから鞍替えする理由がありません」
「セントポーリアに所属したままで良いと言っているのだが?」
それだけ聞けば破格の対応だろう。
だが、そんなに甘くない。
言うなれば、二重スパイと同じだ。
いずれ、何らかの形でセントポーリアを裏切る結果になる気がした。
オレはセントポーリアに仕えている自覚はないが、これまで恩を受けてきたという認識はある。
だから、簡単には頷けない。
「二国に仕えられるほど、私は器用ではないのです」
兄貴ならどう答えただろうか?
もともと、あちこちで臨時の仕事を任されるような兄貴だ。
好き嫌いはともかくとして、情報国家の力は世界が認めるものだと思っている。
だから、兄貴ならそんな情報国家に潜り込める機会を逃さず、迷いながらも受け入れた気がする。
だけど、オレは兄貴ではない。
兄貴のようにはなれない。
「そうか? かなり器用だと思っているが? それに、世界を股に掛けても平然としている。この世界ではそんな人間は稀少だぞ?」
「人間界に行けば、大半の人間はそうなると思います」
この世界は各国を巡る旅をする人間はそう多くない。
だが、人間界は違う。
金と暇さえあれば、世界各国を巡ってみたいと思う人間も決して少なくはないのだ。
「馬鹿を言え。人間界へ行って、異なる価値観に触れたとしても、この世界に戻れば、わざわざ他国へ行こうなんて思わん。人間界よりも大気の変化が分かりやすいからな。転移門を使うだけでも倒れるヤツがいる」
そう言われて、栞を思い出す。
意識がある時に国境を超えるたび、栞は倒れている。
「まあ、俺もすぐに受け入れられるとは思っていない。坊主の気が変わるまで、何度でも口説くさ」
「生憎、同性に口説かれる趣味はないのですが……」
「なあに、すぐに慣れて癖になるぞ?」
情報国家の国王陛下はそう言いながら、大神官を見る。
大神官はいつものように読めない顔をしているが、どうやら、この国王陛下から口説かれ慣れているらしい。
気の毒なことだ。
だが、よく考えると慣れているってことは、それだけ相手から断られているってことじゃねえのか?
それでも、食い下がって何度も挑戦しているのか? この国王陛下。
そう思ったが、何も言わないことにした。
変に藪を突く必要などないだろう。
「いずれにしても、自分一人では決めかねることです」
情報国家に関わるのが自分だけなら良い。
だが、そのことで、栞にどんな影響があるか分からなかった。
何度でも口説いてくれるつもりならば、今すぐに答えを出さなくても、兄貴に相談して方向性を決めた方が良い気がする。
「あ? まさか坊主……、その年にもなって、兄に伺いを立てる気か?」
情報国家の国王陛下の国王陛下が眉を顰めた。
兄離れできていない情けない男だと思われたのだろう。
まあ、どんな風に思われても何も問題ない。
他者の評価によって、オレの何かが変わるわけではないのだから。
「はい。年齢に関係なく、兄が私の直属の上司ですから」
オレがセントポーリアに仕えている意識がないのはそれも理由の一つだろう。
兄貴が窓口となって、セントポーリア国王陛下やそれ以外の相手をしてくれているのだ。
これまでそうしてきたのだから、今更、そのやり方を変えたいとは思わない。
それに、セントポーリア国王陛下だって、受付窓口が分けられているよりは、一つの方が良いだろう。
兄貴を通して、オレ自身からも報告書はちゃんと上げているし、そのやり方で何か問題が出てくるようなら、セントポーリア国王陛下から苦言があるだろう。
「なるほど。兄弟というだけでなく、上司と部下の関係でもあるのか。だが、坊主はその方法は、自分が良いように使われている、利用されているだけだと思ったことはないか?」
最近、言葉は違うが、精霊族にも似たようなことを言われた覚えがある。
兄貴から都合の良いように調教されている……だっけか?
「勿論、思うことはありますよ」
中学に入った頃から、兄貴に使われることが増え始め、オレは奴隷じゃねえ!! と、何度、叫んだことか。
尤も、兄貴からは「奴隷の方が文句を言わず、使い勝手も良い」と返されたが。
「ですが、私も兄を好きに使っているので問題はありません」
確かに金銭的な部分を含めて、兄貴にいろいろ握られているが、オレだって兄貴を利用している面もある。
特に栞のことに関しては、兄貴の手と頭を借りなければどうにもならないことが多すぎる。
オレの身体も頭も一つずつしかないのだ。
兄貴の頭は二つぐらいありそうだが。
だが、一人でできることにはどうしても限度がある。
だから、兄貴はオレを使うのだ。
そして、オレの方も面倒ごとの大半は任せているのだから、その分、働くのは当然だろう。
頭を使うことに向いていないのは自分が一番、分かっている。
「甘えている自覚はあります。そして、その分、兄の方が明らかに負担も大きいことでしょう。それでも、兄は幼い頃から私を助けてくれました。それに報いるために私が支えるのは、当然のことだと思っています」
言葉を換えればそう言うことだ。
オレは兄貴に甘えている。
人間界に行った時、オレは5歳だったが、兄貴だってまだ7歳……、小学生で言えば、まだ低学年だった。
そんなガキが、大人から指示を残されていたといっても、見知らぬ土地で足手纏いの弟を抱えていたのだ。
その当時の兄貴が、どれだけの思いを抱き、懸命に生きてきたのかなんて、想像することすらできない。
今のオレならともかく、7歳のオレにそんなことはできなかっただろう。
自分のことも見えていないアホだったからな。
「まあ、弟は兄貴を助けるものだよな」
情報国家の国王陛下はポツリとそう呟いた。
そこにどんな感情があるのかなんてオレには分からない。
ただ、オレの後ろを見ているような気がしたから、情報国家の国王陛下には誰かが見えていたのだろうとは思う。
だが、不意にその表情を改める。
そして、心底楽しそうに……。
「だが、坊主。その支えてきた兄貴がお前の敵に回った時、お前はどう動く?」
そんな質問をしてきたから……。
「全力を持って、迎え撃ちます」
オレははっきりと答えた。
「つまり、全力で抵抗するのか」
少しも迷わずオレが答えたことが意外だったのだろう。
情報国家の国王陛下はどこか呆れた様子でそう言った。
「敵なのでしょう? それなら、そうするしかないと思いますが?」
いくら、兄貴に使われ放題だったとしても、素直にやられるはずがない。
尤も、全力を出したところで、兄貴が相手ではオレに勝ち目はほとんどないとも思っている。
ただでさえ、模擬戦闘でもオレの方が勝率は低いのだ。
オレを本気で潰しにきた兄貴が、一体、どんな手段を使うのか予測もできない所が厄介だった。
はっきり言えることは、確実にオレの心を折りにくるという点だろう。
オレは治癒魔法が使える。
完全に心がやられなければ、死なない限り、何度でも復活できるのだ。
その一点のみ、オレが兄貴よりも有利な部分だと思っているが、それだけしかない。
そして、兄貴はオレの心など、容易く貫き、圧し折り、その上で踏み躙る。
そんな未来しか見えなかった。
兄貴がオレの敵に回るってことは、オレが見限られた時である可能性が高いとも思っている。
だから、絶対にありえないとは思っていない。
そして、わざわざこんな問いかけをしてくるってことは、何か根拠があるのだろう。
情報国家の国王陛下は一体、どんな未来を視たというのか?
「未来視などなくても、分かる。坊主の兄が感情に流されず、理性的な男だというのなら、いつか、必ず、お前の敵になる」
「どういうことでしょうか?」
未来視がなくても分かる未来?
それは一体……?
オレが戸惑っていると……。
「簡単なことだ」
情報国家の国王陛下は不敵に笑って……。
「世界のために、お前は『導き』を殺せないだろう?」
オレが最も避けたい事態を口にするのだった。
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