今更、何の確認だ?
「さて、そろそろ、その世間話とやらを始めるか? ベオグラーズ」
情報国家の国王陛下がそう口にすると、それまでのどこか緩い空気が消え、周囲が張り詰めた気がした。
そこには国王の風格があり、思わず、大神官の背後にいたオレも背筋が伸びる気がした。
菓子食っている時と、随分、雰囲気が違う。
だが、それは、セントポーリア国王陛下も同じだ。
あの方の場合、菓子を食っている時はそうでもないが、千歳さん相手には明らかに表情が崩れる。
勿論、他の人間がいる時はそうでもないが、周囲にオレや栞しかいない時は、その表情を緩めてしまうのだ。
周囲から「だだ漏れ」と評されるオレも、実はあんな顔をしているのだろうか?
気を付けよう。
「そうですね。そろそろ良いでしょう」
大神官が涼やかに応じる。
「坊主も座るか?」
「いいえ、私はこのままで結構です」
立ち会わせてくれるだけありがたいと思って辞退しようとしたが……。
「図体のでかいのが、図体のでかいヤツの後ろに立っていると鬱陶しい。座れ」
そんな風に言われてしまった。
大神官はオレが知る限り、人間では最も背が高い。
だから、図体がでかいのは納得できる。
対して、オレはそんなに背は高くないが、気遣われたのだろう。
「陛下がこう仰るのです。座られませんか?」
大神官もそう言えば、オレに拒否権などない。
「それでは、失礼します」
二人の話に参加できる気はしていないが、それでも近くで聞けるのは幸いだ。
聞き漏らさぬように。
聞き逃さぬように。
何よりも、邪魔をしないように。
そう思ってオレは座ることにした。
「それで? お前が助けを呼ぶなど珍しいな。必要なのはなんだ? 世界の終わらせ方か?」
いきなりそう切り出されて、動揺するなというのが無理だろう。
「用件は手紙に書いた通りです。『大いなる災い』について、陛下はどれだけご存じかを確認したいと思いまして」
だが、大神官はいつもと変わらぬ声で、そう返した。
「六千年前の悪夢。人間が神の怒りに触れて起きた神罰。ありとあらゆる絶望の影。こんなところか?」
それに対して、国王陛下も淡々と答える。
「御冗談を。旧き史書にも明るい陛下が、その程度しかご存じないはずないでしょう?」
「俺が知るのは昔、作られた歴史だけだ。お前のように過去視持ちでもない。ああ、愚息が過去視だぞ。それも、かなりの範囲まで視るようなことを言っていた覚えがある」
愚息……。
あのクソ王……、銀髪の王子か。
初めて会ったばかりのオレを、掻っ攫おうとした男のことを思い出す。
アイツは過去視らしい。
そして、この様子から、国王陛下の方は未来視の可能性が高い。
水尾さんのように、他人の夢に同調する現在視なんて、そういないらしいからな。
「それでは、陛下はダーミタージュ大陸については、どれぐらいご存じでしょうか?」
いきなり話題を変えた大神官の言葉に対して、少しだけ情報国家の国王陛下は考えて……。
「四千年ほど前に消えた大陸の名前だな。今は海獣の巣と呼ばれるようになった海域にあった大陸だが、今では、その気配すらない」
すぐに情報が引き出されていく。
だが、その情報はタダではない。
相応の対価を必要とするはずだ。
情報国家の国王陛下は今のところ、その代価を要求する様子はないところがちょっと不思議だった。
「だが、そんなことぐらい、お前も知っているはずだよな? 今更、何の確認だ?」
言われてみればその通りだ。
オレだって知っているようなことを、この大神官が知らないはずがない。
「その大陸に封印されていたはずのモノが、解放されたこともご存じでしょうか?」
「それは、三年前、お前から聞いた話だな。宿主を見つけて動き出した、と」
情報国家の国王陛下は既にそのことを知っていたらしい。
「本当に、今更、何の確認だ? ようやく、この世界の寿命が分かったって話か?」
情報国家の国王陛下は不敵に笑いながらそう言った。
「それでは質問の方向性を変えましょうか。陛下は、『導き』にどれだけ情報を渡しましたか?」
その声は鋭く、そして、聞き逃せないものだった。
「あ? そんなの、この坊主が知っているだろう?」
「いいえ。あの方は聡い女性です。そのため、信頼のおける護衛たちにも、その全てを伝えてはいないと思っております」
背中に氷水を流し込まれた気分だった。
いや、オレもなんとなくそんな気がしていたのだ。
情報国家の国王陛下から来た手紙は見せてもらっているが、恐らく、その全てを見せてはいないだろう。
栞なりに取捨選択をした上で、オレと兄貴に見せていると思っている。
そして、情報国家の国王陛下も、その辺りを心得たもので、一枚目、二枚目、三枚目と、そのどれか一枚が抜かれても不自然ではないような文章の書き方をしているのだ。
「なんだ? 思ったよりも信用がないんだな、護衛?」
どこか揶揄うような国王陛下の声。
「違いますよ、陛下。あの方は自分の護衛を信頼しているから、見せたくないのだと思います」
それを笑顔で否定してくれる大神官。
「何を言う? 信用できないから、情報共有する気がないのだ」
「それならば陛下は情報共有をされる相手がいるのですか?」
「いないから、俺が得た情報は、俺しか利用しない」
そう言えば、この方は世界会合の時、誰とも同時に入室しなかった。
各国の王たちはそれぞれ信頼している相方と共に入室したのに、たった一人で会合の場に姿を見せたのだ。
だからこそ気になることがある。
「畏れながら、陛下へお言葉、よろしいでしょうか?」
「いちいち許可を取らなくても良い。これは世間話。ただの雑談だ」
オレが許可を取ろうとすると、情報国家の国王陛下はめんどくさそうにそう言った。
この辺りは、セントポーリア国王陛下に似ている。
あの方も、こんな場では同じようなことを言いそうだ。
だが、許可は得たものとして、確認させていただこう。
「陛下にお伺いたいしたいのですが、主人宛の手紙をどなたかが見る機会はありますか?」
その答えによっては、新たなことが浮かび上がるはずだから。
「あ? それは、モノによる。他に漏らしたくないモノほど、誰の目にも触れさせず、書き上げたらすぐに伝書で送るな。逆に言えば、『導き』に送るモノでも、お前に宛てたモノは人目に触れる可能性はある」
それについては心当たりがある。
「私に宛てた物? ああ、食材情報ですね」
栞宛に送るには不自然な情報だとは思っていた。
彼女自身もそう思っているから、最近ではその部分を抜き出して、オレ宛と渡すようになっている。
「それ以外だと、アレだな。最近ではローダンセ国内に生えている植物。城内の庭編と、周辺」
ああ、それもあったな。
アレらはやはり、栞ではなく、オレ宛だったらしい。
「それがどうかしたか?」
国王陛下は意味ありげに笑った。
だから、オレが言いたいことも分かっているのだろう。
「主人が、ミラージュの情報を求めていることを、ミラージュの王族が掴んでいます」
あの会話はそういうことだ。
本来、誰も知らないはずの伝書の内容を、ミラージュの人間が知ることがおかしい。
手紙を出す前にその内容を盗み見たか、情報収集の段階で誰かが漏らしたかの二択だろう。
「あ~、それは意図的に流したヤツだな」
「意図的?」
「『導き』が動いていると分かれば、紅い髪の小僧が動くだろ? あの小僧、『導き』にベタ惚れらしいからな」
「は?!」
おいおい?
この情報国家の国王陛下は紅い髪のことまでご存じだぞ!?
情報をこっそり仕入れているつもりで、実はバレバレだったなんて、あの男は知っているのか?
そして、「小僧」って、「坊主」と同じ扱いか?
「内部からの助けも必要だろ? だから、問題がない範囲の情報を垂れ流している」
情報国家の国王陛下は笑顔でそう言った。
だが、内部からの助けとは……。
「小僧が動けば、『導き』の不利になることはない。敵が見えない、手の届かない所にいるなら、そこで動けるヤツは必要だろ?」
さらりと言っているがとんでもない話だ。
ヤツは知っているのか?
「小僧自身も当然、こっちに情報が流れていることは知っているさ。そうでなければ、元上司とはいえ、わざわざ危険を冒して大神官に会いにこないだろうし、情報を寄越すこともしないだろう」
「はい?」
今、なんて?
元……、上司?
オレは思わず、大神官を見た。
大神官は、特に表情を変えず、いつも通りの顔と声で……。
「先ほど、情報国家の国王陛下が仰った通り、私は畏れ多くも、ミラージュと呼ばれる国の王子殿下を御指導させていただいた時期があります」
平然とそう言ったのだった。
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