いろいろ繋がっていく
―――― 情報国家の国王陛下は、オレたち兄弟と血の繋がった叔父である
それに気付くきっかけは、ミヤドリードからの手紙を情報国家の国王陛下が持っていたことだった。
いや、それで気付くことができたわけではない。
ミヤドリードが情報国家の国王陛下に宛てた手紙に、そのことを匂わせるものは一切なかった。
多分、それらはミヤドリード自身が書かなかったか、情報国家の国王陛下がオレに見せなかったかのどちらかだろう。
実際、オレたち兄弟とミヤドリードが出会った時の手紙がなかったからな。
あれだけマメに報告していたのだ。
それがないのはおかしいと、読んだ時も思った覚えがある。
ミヤドリードが王妹だったのだから、情報国家の国王陛下に宛てた手紙を持っていることは不自然ではない。
だから、その時は、それで納得していたのだ。
今にして思えば、何故、ミヤドリードがオレたち兄弟のことを情報国家の国王陛下へ事細かに報告していたのかを疑問に思うべきだったのに。
ミヤドリードの気持ちは分からないが、万が一に備えてだったのだろうなとは思う。
オレたち兄弟は、シオリとチトセ様の好意で城に住まわせてもらっていたが、それらがいつまで続くか分からなかった。
だが、そこで情報国家の国王陛下の後ろ盾が得られていれば、城から追い出されるような事態になっても、なんとかなると思っていたのかもしれない。
シオリとチトセさんについては、放っておいても、この情報国家の国王陛下は拾い上げるだろうし。
そして、あの手紙を読んだ後は、オレに一回目の発情期が来たり、兄貴が動けないままだったりといろいろあった。
だから、忘れていたわけではないけれど、そこまで重要視しなかったのだ。
ミヤドリードの文字を目にして、彼女の視点からオレたち兄弟の成長記録も読めたことは、素直に嬉しかった。
だが、それらは全て過去のことである。
本棚に飾られるアルバムと大差はない。
たまに見返すぐらいがちょうどいい。
だから、そのこと自体はそこまで、オレに影響を与えなかったと思う。
その後、発情期に振り回されてしまってそれどころではなくなったともいう。
だが、二度目の発情期が来る前に「ゆめの郷」で、栞との模擬戦闘後に、ミヤドリードと会うことになったのだ。
あれがかなり衝撃的な時間だった。
しかも、過去を語られたわけではなく、生身のようなミヤドリードだ。
文字情報以上の衝撃があるのは当然だろう。
そこから、興味がわいたのだ。
自分の出自ではなく、ミヤドリードのことをもっと知りたいと思った。
謎の多すぎた師を少しでも理解したくなってしまった。
始まりはそんな話。
ミヤドリードが何故、「イースターカクタス」の名を捨ててまで、遠く離れた剣術国家セントポーリアにいたのかもオレは知らなかった。
それについては、情報国家の国王陛下ですら知らなかったことらしいから、それを知る人は多分、もういないのだろう。
ミヤドリードは独身だった。
婚儀で名を変えたわけではなく、養子縁組によって名を変えたと聞いている。
実際、オレたちにも、セントポーリア国王陛下の乳母の娘だと言っていた覚えがあるから。
セントポーリアに居つくために、養子縁組をしたのだと思う。
そして、イースターカクタスを名乗らない理由は、それ以外にありえない。
だが、ミヤドリードについて調べたいと思っていることを、兄貴には知られたくはなかった。
なんとなく反対されるような気がしていたのだ。
だから、兄貴から離れて一人になろうと思った。
兄貴も四六時中、オレを監視することはできないが、近くにいれば、その微かな変化には気付きやすい。
オレたちは兄弟だ。
互いの体内魔気の変化には敏感である。
だからこそ、オレは人間界にいた時、兄貴の変化にも気付いたわけだし。
そのため、離れたかったのだ。
だから、リプテラにいた時、与えられた時間は本当にありがたかった。
勿論、セントポーリアについて調べたくなったのも本当だ。
オレは、意外と自国であるセントポーリアのことを知らなかったことに気付いたのだから。
だけど、それ以上に調べたかったのはミヤドリードのことだった。
セントポーリアの書物館にある書物から得られる情報など、本当に僅かなものだろうけれど、それでも、何も分からないよりはずっと良い。
栞も一緒に来ることになったのは少しばかり誤算ではあったが、ある意味、オレにとっては好都合でもあった。
栞は何も知らない。
だから、オレが他国の王族が載った書物を複製しているところを見ても、特に疑問を持たなかっただろう。
偽装のために、中心国全ての王族図鑑だけでなく、史書も複製した。
そして、部屋に持ち帰って、それらを読んだのだ。
そこで、イースターカクタスの項目に、ミヤドリードだけでなく、その近くに見知った顔を見つけることになった。
そこで、オレが動揺しなかったわけがない。
心構えも何もなかったのだ。
いや、オレが知るその人は黒髪、青い瞳だったが、その絵は金髪、青い瞳だった。
だが、間違えようもない。
何故ならば……。
名前、もっと、捻ってくれ、親父。
ほとんど、そのまんまってどういうことだ?!
そう叫びたかったのを必死で堪えたことだけは覚えている。
ミヤドリードの名前、そして、その横に書かれた情報国家の現国王陛下の名前を順番に見れば、さらに横に書かれたその名前は嫌でも目に入ってしまう。
―――― フラテス=ユーヤ=イースターカクタス
それが、イースターカクタス国王の双子の兄の名前だった。
―――― フラテス=ユーヤ=テネグロ
オレの親父はそう名乗っていた覚えがある。
セカンドネームが兄貴のファーストネームと同じ名前だったから、子供心に忘れられるはずがないだろう。
栞が隣室で寝ていたとしても、オレの体内魔気が激しく変化すれば、そこで、気付かれる恐れがある。
だから、ぐるぐる回る感情と体内魔気を必死で押さえ込んだ。
そして、落ち着いた頃、いろいろ、腑に落ちたのだ。
兄貴が何故、情報国家にだけは絶対関わるなと言っていたのか。
そして、シオリの夢の中に、オレの前に母親だけ出てきて、父親と会うことができなかった理由も。
あの時点では、まだその事実を知らなかったからな。
だが、同時に、兄貴が何を気にしていたのかも分かった。
夢の中では姿を偽れない。
特に思念体となれば、その魂の姿でしかなれないのだ。
それは栞の夢の中に現れたミヤドリードが証明してくれている。
ミヤドリードの胸は、今の栞よりもない!!
オレの親父はずっと黒髪碧眼だと思っていたが、実は金髪碧眼だったのだ。
その本当の姿を見てしまえば、多少年代が異なったとしても、この目の前の男と重なってしまうだろう。
オレの親父はこの方と双子だったのだから。
本当に、なんで、気付かなかったのか?
違うのなんて、髪の色ぐらいしかないのに。
それだけ発情期の方に気を取られていたとしか言いようがない。
尤も、気付いていることを兄貴に伝えるつもりもない。
栞から書物館で複製した本について伝わっている可能性もあったが、確認はなかった。
恐らく、今後も確認はされることはないだろう。
それを確認すれば、決定的になってしまうから。
兄貴がどこまでも隠したいなら、それを自分から確認して決定づけるなんて真似はしないはずだ。
せいぜい、モヤモヤしておけばいい。
そして、今回の世間話への立ち合いについては兄貴に伝書を送っている。
それに対しての返答は、「少しでも多くの情報を引き出せ」、「一言も聞き漏らすな」、「その全てを報告しろ」だった。
勿論、世間話の立ち合いについては、全て報告する。
だが、その後。
恐らく、オレは情報国家の国王陛下と改めて話すことになるだろう。
だからこそ、国王陛下は黒髪、青い瞳に扮装したのだ。
自分の双子の兄と錯覚させるために。
そこまですれば、何も言わなくてもオレが気付くと思ったのだろう。
もしくは、気になって、今後、自分で調べると思ったのかもしれん。
そこに何の意図があるかは分からないけどな。
情報国家の国王陛下と大神官が向き合って、茶を飲み、菓子を食っている間、そんなことを考えていた。
ある意味、自分自身で気持ちの整理をしていたのだろう。
これから訪れる大波に呑まれないように、と。
そして、二人の皿から「カステラのような焼き菓子」が消えた後……。
「さて、そろそろ、その世間話とやらを始めるか? ベオグラーズ」
情報国家の国王陛下が居住まいを正してそう言ったのだった。
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