断言しないものばかり
「グリーンティーは以前、見たから知っているが、クリヨウカンだと!?」
情報国家の国王陛下が叫んだ。
だが、残念ながら違う。
「畏れながら、陛下に申し上げます。それは栗羊羹ではありません。『栗羊羹を模した焼き菓子』でございます」
それはどこかの「聖女の卵」が識別してくれたから間違いない。
「焼き……? これは練り菓子ではないのか?」
「人間界の栗羊羹と呼ばれるものならば、練り菓子ですね」
栗蒸し羊羹と呼ばれているものもあるが、それは、栗羊羹とは少し違う。
だが、情報国家の国王陛下が言っているのは、練り羊羹の方だろう。
「しかし、どこにも焼き色がないぞ?」
皿に載っている「栗羊羹を模した焼き菓子」を、いろいろな角度から見ながら、情報国家の国王陛下は眉を顰めた。
「焼き色が付くまで焼くと、中に入っている『毬のある実』が弾け飛びます」
尤も、もともと見映え的に焼き色は付けたくなかった。
それをしてしまえば、「栗羊羹を模した菓子」ではなくなってしまう。
「あんなものをよく、料理する気になるな?」
「美味しい菓子を作るためですから、苦にもなりません」
その「毬のある実」は、高温になると、弾け飛ぶ性質がある。
だが、ある程度、熱を通さないと、渋いままで甘くならない。
冷やせば、渋さはなくなるが、甘さもない。
さらに色が黄色から青に変わる。
見極めが必要な果実だが、分かりやすい性質なので、オレは気に入っている。
「いや、弾け飛ぶ際に、その実が鋭い針へと変化するだろう?」
今更、そんなベタな失敗はしないが……。
「そんなものを怖がっていては、料理なんてできないでしょう?」
針が飛んでくるぐらいで怖気づいてしまえば、この世界では料理することができない。
爆発することも、変な液体が溢れ出すことも、毒性の気体が発生することも珍しくはないのだ。
この世界の食材は、生きている。
だから、料理される直前まで抵抗するのだろう。
栞がよくやる失敗の一つである炭化は、ある意味、害が少なくて良いのだ。
まあ、そんな食材ばかり選んでいるからだけどな。
そして、栞の識別魔法のおかげで、新たな特性が分かった食材もあり、さらに料理の幅は広がったことは本当に嬉しく思っている。
「しかも、美味い。何故、姿かたちを似せただけでなく、味まで寄せられるのだ?」
「さあ? 人間界の本職には勝てないと思っています」
オレがやっていることはあくまで、模倣だ。
だから、それらを自ら作り出した先人たちに適うはずもない。
「坊主、俺の専属料理人にならないか?」
そして、相変わらずの坊主呼びである。
「私が仕える主人は決まっておりますので」
「その主人も他の男の物になるのだろう? それならば、こちらに来た方が、今後はいろいろ動けるぞ?」
「そうですね。陛下が我が主人より可愛らしく、魅力的な女性になった時、考えましょう」
オレがそう答えると、情報国家の国王陛下は「それは無理」だと大笑いする。
できてたまるか。
「専属料理人が駄目なら息子になるのはどうだ? お前なら継承問題も発生しない。悪くないと思うが?」
そんなに簡単に縁組を勧めないでください、陛下。
そして、長子がいても、継承問題が絶対ないとはいえない。
「俺の息子になれば、釣り合うぞ」
ニヤリと笑う黒い国王陛下。
その意味が分からないわけではないのだけど……。
「私の亡くなった父親に、今なら勝てると思った時、その申し出は検討しましょう」
そう答えた。
「ベオグラーズ。この男、可愛くないぞ」
国王陛下は分かりやすく顔を歪めながら、しれっとした顔で、栗羊羹を模した焼き菓子を上品に口へ運んでいる大神官にそう声をかける。
「その方は、主人の前でしか可愛くないと、姫も常々言っているぐらいですから」
「あ~、じゃあ、シオリ嬢を手に入れた方が早いのか」
おいおい、とんでもないことを言っているぞ、この王様。
そして、その気になればそれを容易とする権力を持っているから、笑えない。
「千年の花より万年の恨みを買いたいならば、ご自由になさってください」
「お前も可愛くないよな?」
「耳触りの良い言葉を並べ立てる忠臣を望まれているなら、そのように振舞いますが?」
「要らん。面白くない」
そう言いながら、空になった皿をオレに向ける。
「お代わり」
……茶菓子は普通、お代わりを求める物ではありません、国王陛下。
どこの魔法国家の王女殿下ですか?
そして、少しは茶を飲んでくれ。
菓子ばっかり食うな。
「『青い炎』と『紅い炎』には、代わりを寄越すのだろう? それとも、お前の菓子は女にしか食わせないのか?」
その時点で青い炎と紅い炎のことも知られていることが分かる。
やはり、掴まれていたらしい。
オレに茶菓子のお代わりを要求するのは水尾さんだが、真央さんは大半、側にいてそれに便乗するのだ。
それ以外では若宮も求める。
だが、ストレリチア城に世話になっていた時はそんなに求められなかったから、オレの菓子をそんなに食う機会がないからだろう。
因みに栞は求めない。
そんなに量を食う女でもないし、オレが彼女の適量を知っているからな。
「同じ物がよろしいですか? それとも、少し趣向を変えた方がよろしいですか?」
「このグリーンティーに合うものなら、なんでも良い」
それは幅広い。
だが、同じ物を出すのは芸がない。
以前もいろいろ出したから、それ以外でいくか。
「それは……?」
「『カステラのような焼き菓子』です」
見た目も食感もカステラでしかないが、決定的な違いがある。
小麦粉が一切、使われていないのだ。
「お前の作る菓子は何故、そう、断言しないものばかりなのだ?」
どこか呆れたように、オレではなく、「カステラのような焼き菓子」を見つめる国王陛下。
「元となった菓子があり、私が作ったものは、その類似品止まりなので」
ゼロから、作り上げたものではない。
だから、胸を張って自分が作り出したとは言えないのだ。
「人間界の菓子をこの世界で作り上げたのは、立派に独自創作で良いと思うのだが、それで納得するような男ではないのだろうな」
そう言いながら、カステラを食い出した。
「うむ。確かに、グリーンティーに合うな」
どうやら、気に入ってくれたようだ。
カステラ自体は多分、人間界へ向かった誰かが持ち帰っていると思うが、緑茶に合わせたことはないのだろう。
「この味ならば、ほうじ茶でも合いそうだな」
ほうじ茶も持ち帰っているのか、情報国家。
だが、この世界で人間界のお茶を淹れても同じような味には何故かならないらしい。
昔、兄貴がそう言っていた覚えがある。
ああ、ペットボトルや缶の茶なら、そのままの味で飲めるかもしれない。
「似たような味の物を出しましょうか?」
「何故、ある?」
「単なる趣味です。私は人間界暮らしが長かったので、時々、その味が恋しくなるんですよね」
だから、人間界にいる時から、この世界と似た環境になる場所……契約の間を家に作っていた。
いつか、この世界に戻った時のために。
これは栞のためだけではなく、自分のためでもあったのだ。
だが、その時は、その技術や仕組みに疑問を持たず、兄貴が手配したからと漠然と受け入れていたのだが、ローダンセに行ってから思う。
契約の間は、精霊たちの住処のような場所ではないのかと。
トルクスタン王子が言うには、一般家屋にある契約の間は、魔法を通さない素材でできているだけで、大気魔気が特別濃くなったりはしないそうだ。
勿論、その場所をマメに使う家庭は、自然と濃くなる。
魔法を使うたびに大気魔気が引き寄せられ、そこに集まるようになるからだ。
「趣味もここまで長じれば、立派な特技だ。しかも、食は生きるために必要なものである。これならば、どの国へ行っても困らん」
情報国家の国王陛下はそう言って笑った。
その顔でそんな笑い方をしないで欲しい。
嫌でも思い出してしまうじゃないか。
なんで、前に会った時に気付かなかったんだろうな。
髪色が違うし、年齢も違う。
だけど、こんなにも似ているのに。
どれだけ、あの時期のオレに余裕がなかったのかが分かる。
ヒントはあちこちにあったのに。
多分、兄貴は知っているのだろう。
自分の生まれをあの兄貴が調べていないはずがないのだ。
だから、知っているはずだ。
この情報国家の国王陛下がオレたち兄弟にとって、血の繋がった叔父であることを。
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