彼の気持ち
結論から言うと、このオーガ村では宿泊施設は利用しないことになった。
雄也先輩曰く、「ジギタリス兵の数が思ったより多い」とのこと。
それが、セントポーリア王子の捜し人に繋がっているのか、グロッティ村に関連しているのかは分からないけれど、商人でもないわたしたちは、あまり長居をしない方が良いようだ。
そんな理由から、村から出てあまり離れていない場所にいつものように準備をすることになった。
「栞ちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど良いかな?」
九十九が追加食材の買い出しのため、もう一度、一人でオーガ村に戻っている間のことである。
雄也先輩がそんな風に声をかけてきた。
「その腕のアミュレットは九十九から?」
「はい」
「ちょっと見せてもらえる?」
そう言われたので、腕から外して渡す。
「……これは……」
眉間に皺を寄せながら、それを様々な角度から見る雄也先輩。
な、なんだろう?
実はあまり良くないものだったとか?
「そこの村で買った物で間違いないよね?」
アミュレットをわたしに返してくれながら、雄也先輩がそう尋ねた。
改めて聞かれると、少々、返答に困ってしまう。
「多分……。わたしも買ったところを見ていたわけではないので」
状況から、ちょっと御手洗いに行っていた時に九十九が買ったと思われる。
その直前には、九十九は串焼きを食べた後に残った串しか持っていなかったはずだ。
そのゴミについては、片付けは苦手でも、廃棄物の分別にうるさい九十九のことだから、あれらはしっかり捨てたのだろう。
彼はどこに出しても恥ずかしくない立派な主夫である。
「……行商人が扱うにしては、かなり上質のものだ。もしかしたら、その商人は法力国家にいる高位の神官と繋がりがあるかもしれない」
「なんと!?」
わたしたちのこの旅の最終目的地である法力国家。
そこの神官とのパイプを持っている人間ということになるだろう。
「あ、でも……、すぐに店じまいをしたって言っていた気が……」
九十九の言った方向を見ても、既に誰もいなかったのだ。
なんとなく、キツネにつままれたような気分になる。
「……それでは、今から戻っても見つからないということか。もっと早く気付いていれば、動きようがあったのだが……」
雄也先輩が珍しく歯噛みをした。
美形はそんな所も絵になる。
でも、その辺りは仕方がないかもしれない。
今日一日は、雄也先輩とわたしたちは離れて行動していたのだ。
それに……、何度も見かけた水尾先輩と比べて、雄也先輩は一度もその姿を見ることがなかった。
日暮れ前に、待ち合わせていた場所でようやくの再会したのだ。
因みに、水尾先輩は買ってきた書物をいくつか持って既にいつものコンテナハウスの中にいる。
恐らくは戦利品を読みふけっていることだろう。
文字が分かるのなら、わたしも同じようにしたいが、まだまだお勉強が足りないために、残念ながらこの大陸の文字を問題なく読むことはできない。
それにしても……。
「これってそんなに凄そうな物なんですか?」
「そうだね。売られている場所によっては……、九十九の小遣い程度では買えないくらいの物だよ」
場所で価値が変わるのか。
それもなんか不思議。
お土産とか、お祭りの屋台とかそんな感じかな?
その場所で買うからこそ価値があるってこと?
そんなわたしの気持ちを読み取ったのか……。
「魔力や法力が込められた装飾品は、ある程度それを見極められる人間じゃないとただの飾りでしかないからね。例えば、セントポーリアでは簡素なアクセサリーは好まれないため低価格になってしまうかな」
そう雄也先輩は言った。
「セントポーリアは物の価値が分からないってことですか?」
わたしがそう問うと、雄也先輩は少し困ったような顔をする。
「『価値』に対する考え方が違うのだと思うよ。例えば、中心国の装飾品の考え方は、込められた魔力を重視するアリッサム。法力重視のストレリチア。見た目にこだわるセントポーリア。年代を気にするローダンセ。機能重視のカルセオラリア、と言うようにね」
「なるほど……。価値観が違うわけですね。情報国家は?」
中心国の中で一国だけ出てこなかった国家を口にする。
「情報国家イースターカクタスはそれに付随する話題……、かな? そこまで装飾品そのものに価値を見出してない気がする」
話題……、情報国家だからかな?
それにまつわる逸話とかそんな感じ?
古代の金印とか戦国時代の刀剣とか……。
いや、これらは装飾品じゃないけれど。
「そうなると……、コレはセントポーリアでは安物、法力国家では高級品ってことになりますか?」
「明らかに法力が込められているから単純に安物……にはならないと思うけど、ストレリチア、アリッサム、カルセオラリア、セントポーリア、ローダンセの順かな。買った相手によってはイースターカクタスがトップになるかもしれないけれど」
情報は高く付くってことかな?
「……やはり安くはないんですね。そんな物をわたしが貰っちゃって良いんでしょうか?」
「俺が九十九の立場でも買って栞ちゃんに渡していると思うよ。それだけの上質なアミュレットは少なくともセントポーリア城下はおろか、城内すらほとんど見ない」
「し、城でも!?」
も、もしかして物凄い物なのではないだろうか……。
「宝物庫にはあるかもしれないけれど、王妃殿下が普段、身に付けているようなお守りよりはずっと良い物だよ。流石に千歳さまの結界維持に使った物ほどではないけれど」
母が住む場所に張った結界とやらは、法力国家から取り寄せた最高級の物だったと聞いた。
そんな物が普通に売っていたら確かに怖い。
わたしは改めて左手のブレスレットを見る。
銀色の鎖に直径5ミリくらいの小さな紅い珠が3つ付いた装飾品。
わたしの目にはその価値は分からないのが本当に申し訳ない気がする。
「まあ、九十九の気持ちだからあまり深く考えないで」
「……はい」
雄也先輩の慰めの言葉にわたしは力なくそう答えた。
こんな凄いものを貰って、わたしは彼に何か返すことができるのだろうか?
そんな疑問も浮かんできてしまう。
よくよく考えたら、わたしのせいで国から脱出して逃亡することになったし、それを差し引いても、この兄弟には日頃からいろいろと細かく世話をしてもらっているのだ。
封印を解除したら、わたしは彼らに何か少しでも返すことができるようになるのだろうか?
現時点ではそれも分からない。
……とりあえず、お金を無駄遣いせずに貯めておこう。
「ただいま~……って、どうした?」
九十九がそう言いながら、戻ってきた。
そして、いつものようにテキパキと夕食の準備を始める。
「なんでもない。ちょっと決意を新たにしただけ」
「?」
そんなわたしを見て九十九は疑問符を浮かべたが、すぐに切り替えた。
「兄貴、今日の見張りはどうする? ここまで村が近いと魔獣の心配はないと思うけど」
そうなのだ。
実は、今回のコンテナハウスはオーバ村の石壁に貼り付くように建ててあったりする。
元々保護色性能があるこのコンテナハウスは完全に周囲の景色に同化していて、何も知らない人が村の外周を走ればぶつかってしまうかもしれない。
尤も、2メートルほど手前でいきなり現れるから気付くとは思うけど。
「本当に魔獣の害がないならこの石壁は存在しない。魔獣が来る可能性があるから、行商村は自衛のために護りを固めているのだからな」
「時間は1刻? 2刻?」
「2刻だ」
二人で簡単に打ち合わせをする。
因みに忘れがちだが、「刻」は魔界の時間単位だ。
「1刻」は人間界での約1時間に等しい。
人間界でも昔使われていた時間単位でもあるだが、それとは少し時間の長さが違うらしい。
人間界で一刻というのは確か約2時間じゃなかった気がする。
まあ、昔の単位は今ほど厳格ではなく、曖昧なものが多かった気がするけど。
「へいへい。高田、水尾さんを呼んできてくれるか?」
「分かった」
そう返事して、わたしはすっかり自分の家のような感覚になっているコンテナハウスに入ったのだった。
次の更新は本日22時予定です。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
 




