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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 護衛兄弟暗躍編 ~

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胸の奥の穴

 目が覚めると、そこはいつもの寝室だった。


『ああ、おはようございます、アーキスフィーロ様。今、身支度を調えるので、そのままお待ちください』


 だが、そこには、いつもの陽気な従僕の顔はなかった。

 台詞こそ変わらないのだが、その表情と動きが明らかに違ったのだ。


 鈍い自分でも、そこまで違えば嫌でも気付いてしまうほどに。


「どうした?」


 あまりにも変わり果てたその様相に思わず声を掛けてしまう。


『ああ、ボクのことなどお気になさらず。本日のアーキスフィーロ様のお世話に支障はありません』


 だが、そう言う黒髪の従僕は、明らかに衰弱していた。


 いや、疲れているといったところか。

 精霊族の血が濃いために、食事も睡眠も人間ほど多く必要としないと聞いている。


 そんな男がたった一晩でここまで弱っている姿を見せることなどこれまで一度もなかった。


『ただ……そうですね。あまりにも自分の方こそ、覚悟が足りていなかったことを理解しました』


 そう言いながら、どこか遠い目をする。


「何の話だ?」

『個人的な話です』


 先ほどから問いかけるが、多くを語ろうとしない。

 どうやら、踏み込むなということらしい。


 昨日、何かあったことは確かだ。

 まだ碌に動いていない頭で、昨日の出来事を思い出そうとして……。


「シオリ嬢は!?」


 黒髪の女性のことが真っ先に脳裏に浮かんだ。


『寝起きの悪い人間が、珍しくボクの心配をしてくれたと思えば、さらに女性のことまで気に掛けるとは……。今日は雨ですかね?』

「誤魔化すな!! シオリ嬢はどうした? 無事か?」


 明らかに今、話を逸らそうとされたのが分かった。

 だから、昨日のアレは夢ではなかったと確信する。


 二ヶ月ほど前から、この家に滞在していた黒髪の女性。

 その女性が国王陛下より、仮面舞踏会に招待されたことから全てが始まったのだろう。


 彼女は俺や国王陛下、従伯父であるトルクスタン王子殿下だけでなく、次々と男性から円舞曲(ワルツ)の誘いがあった。


 顔が分からないよう仮面を付けていたと言うのに、その踊る姿だけで、多くの人間の目に止まってしまったのだ。


 自分の目からだけでなく、他の男から見ても魅力的だったと言うことがよく分かる。


 そして、最後に彼女と踊った紅い髪の男は、知り合いだったらしい。


 聴いたこともない曲を二人で踊った後、外に出て……、彼女は倒れてしまうことになったのだった。


『無事と言えば……、無事?』


 俺の問いかけに対して、同じようにあの場面を見ていた従僕は曖昧な返答をする。


『正直、ボクにもよく分からないんですよ。シオリ様があの後、どこに連れ去られたのか』


 連れ去られる……。

 まさにその通りだった。


 シオリ嬢が倒れた後、さらに現れた人間によって、彼女は姿を消すことになったのだから。


『気付いていなかったかもしれませんが、あの時、あの場に現れたのは、シオリ様と同じ、国際手配者です。それも、シオリ嬢以上に大々的に捜索されている存在だったと後からボクも聞かされました』

「聞かされた? 誰に?」


 国際手配者という聞き捨てならない言葉が出てきたが、それ以上に、この従僕も誰かからそれを聞かされたという事実に驚く。


 この従僕は心が読めるのだ。

 それなのに、わざわざ聞かされたとは一体?


『トルクスタン王子殿下の従者たちがあの場に、居合わせたんですよ。そこで、ボクたちは揃って助けられました。その部分は覚えていないようですね?』

「助けられた? 何の話だ?」

『やっぱり、覚えていないようですね』


 黒髪の従僕は大袈裟に肩を竦める。


『あの紅い髪の青年によって、ボクもアーキスフィーロ様も自由を奪われ、操られかけました。いや、身体の自由を奪われていたボクの方は、既に操られていたと言って差支えはなかったでしょう。そこは覚えていませんか?』

「全く」


 覚えているのは、最後にとても()()()()()()()()ことだった。


『あんたが、弓術馬鹿なのは知っていたけど、そこまでだったのか』

「弓術じゃなくて弓道だ」

『それは今、最もどうでもいい』


 呆れた瞳を向けられる。

 だが、俺は和弓が好きなだけで、洋弓には興味を持てないのだ。


『まあ、いいでしょう。その綺麗なシャケイができる相手から、ボクもアーキスフィーロ様も操られるところでした。相手は精霊族を隷属させる術を持っていたようです』

「隷属? 精霊族を奴隷化するということか?」

『言葉は悪いですが、まあ、そんなところです』


 俄かには信じがたい話だ。

 精霊族は契約相手にしか制御ができないと聞いている。


 だが、もし、それが本当なら……。


「俺も()()()()()()()()()()()()か?」


 思わず、そう呟いてしまった。


『ちょっと待て? ご主人様? 何故、そんな結論になった?』

「俺の近くに全く制御できない精霊族がいるんだよ」

『明確な個人攻撃!? ボクだって、人権はありますよ?』


 意外にも過剰反応された。


「お前、権利の主張しかしないじゃないか。たまには義務を果たせ」

『酷い!! こんなにも献身的で健気な従僕を相手に主人が無体なことを言う!!』


 その言葉にはいろいろツッコミたいが、今は呑み込もう。

 とりあえず、()()()()()()()()()()()()()()


 この従僕がどこか疲れているだけでなく、話せば話すほど気落ちしていく姿というのは見慣れないためか、こっちまで調子が出なくなる。


『あれ? さっきの言葉って、もしかしなくてもボクのためですか?』

「読むな」

『いやいや、それだけ大きな声ならボクじゃなくても聞こえちゃいますって~』


 そんなことができるのは心が読める精霊族ぐらいだ。


「それよりも……」

『シオリ嬢は、その国際手配されている純血の精霊族によって身柄を保護され、その命を繋ぐために連れ去られました』


 俺の心を読める精霊族は、ようやく、俺が知りたいことを口にしてくれた。


「どこに行ったんだ?」

『さあ? 普通に考えれば、心安らぐ実家で休養コースでしょうね』

「だが、彼女は自国の王族に手配されている身だろう?」


 そんな状況で、実家など、帰られるものだろうか?


『実家が手配している王族の手先なら無理でしょうけど、あの方の場合、そうではないようですからね』

「なるほど」


 それならば、実家に戻ると言うのも納得はできる。


 最後に見たシオリ嬢の蒼褪めた姿を見れば、一刻も早く、魔法力、体力を回復させなければならない状況であることは明らかだった。


 実家で家族がいれば、魔力の質も近しいだろう。

 そうなれば、感応症が働いて、回復も早くなるはずだ。


『アーキスフィーロ様はそれで良いのですか?』

「シオリ嬢がまた笑えると言うのなら、それが一番良いことだろう?」

『それはそうですけど、切り替えが早いと言うか、諦めが早いと言うか……』


 セヴェロは何やら、ぶつぶつと呟きながら少し考えて……。


『淋しいとか、そういった感情はありませんか?』

「淋しい?」


 そう指摘されて、少し考える。


「この胸に何かが足りないと思う感覚を、『淋しい』というのなら、俺は淋しいのだろうな」

『なるほど。穴が空いたような感覚なんですね』


 右胸を撫でてみる。

 確かに胸の奥に穴が空いている気がした。


『シオリ様は存在感が強い方ですからね。暫くはその気持ちを持て余すことになるでしょう』

「期間は聞いているのか?」

『気まぐれな精霊族に攫われていますからね。誰も、正確な答えは持っていません。まあ、攫った当人が2,3日とは言っていたので、年単位と言うことはないでしょう』


 精霊族の時間の感覚は俺たち人間とは異なる。

 だから、「2,3日」はもっとかかる可能性もあるということか。


『何より、あの状態のシオリ様がすぐに回復するとも思えません』


 その言葉で……、崩れ落ちるシオリ嬢の姿を思い出す。

 あの気丈な女性が意識を飛ばし、側にいた紅い髪の男から抱き留められたあの瞬間を。


 あんな彼女を見たことがなかった。

 それだけ強大な魔法を使ったということだ。


 それが分かっているだけに、シオリ嬢の回復は暫くかかると思って良いだろう。


「そうだな」


 素直にそう口にした。


 だが、その途端、見えない胸の穴がさらに広がった気がして、俺は思わず、自分の胸元を掴んだのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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