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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 護衛兄弟暗躍編 ~

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2502/2803

へたれた人間

『あ~、これは、男特有の品のない冗談ではなく、真面目な話として、ご回答いただきたいのですが……』


 黒髪の精霊族は兄貴を見ながらそんな不穏な前置きをした後……。


『なんで、シオリ様は()()()()()()()()


 そんな爆弾発言をしやがった。


「彼女と心を通わせることができる男がいなかったからだろうね」


 兄貴は顔色を変えることなく、そう答える。


 どうやら、本人が言うように真面目な話だと判断したらしい。


『いや、ボクが言いたいのはそういう()()()()()()()()て……』


 黒髪の精霊族の視線は、僅かな時間、虚空を彷徨わせた後……。


『なんで、あの方を()()()()()()()()()()()()()()()()()って話ですよ』


 そんなことを言いながらオレたちを見据えた。


『おかしいでしょう? あれだけ、魅力的な女性なのです。どうして、誰も彼女を本気で奪おうとしないのか。ボクにはそこが分からないのです』


 どうやら、オレたちに対してだけではなく、それを含めた周囲の人間たちに対する純粋な問いかけらしい。


 栞が魅力のある女だと理解しているからこそ、どうして、彼女を強引にでも自分のモノとしないのか?


 それが分からないと言っているのだ。


『ボクが精霊族で、さらに言えば、ずっとアリッサムに囲い込まれていた関係で、人間の心情や事情、思考や環境に疎い自覚はありますよ。だからこそ、こう、モヤモヤするのです』


 そこで軽く息を吐き……。


『人間は本気で欲しければ、相手の意思など無視して奪うことができると知っていますから』


 そう昏い瞳を向けた。

 それだけで、これまで碌な人間に関わってこなかったことがよく分かる気がする。


「その辺りの感覚や感情は、人によるとしか言いようがないけれど……」


 兄貴は少し考えて……。


「一般的に、女性に対して強引に迫らない理由として考えられるのは、身体だけじゃなく、その全てが欲しいと思うからじゃないかな」


 そんな無難な答えを口にする。

 それをズルいと思ったのは、オレだけじゃないはずだ。


 自分の意見ではなく、一般論としての回答。

 この精霊族が求めていたのは、そんなありきたりな答えではないだろう。


 まあ、上手く答えられずにいるオレが思うことでもないのだが。


『そんなへたれた理論を求めているわけじゃないのを分かっていて答えてますよね?』

「そうかい? 俺は十分ヘタれだよ」


 へたれな男はそんな余裕のある笑みで笑うことはできない。

 そう思うが、口には出せなかった。


 だが、そんな余裕は一瞬で奪われる。


『何をおっしゃいますやら』


 この心を読める精霊族の言葉によって……。


『本当にへたれた人間が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でしょう?』


 その言葉を聞いた瞬間だった。


 黒髪の精霊族に白刃が向けられ……、そして、阻まれる。


『迷いがありませんでしたね? あまりの早さにボクも反応できませんでしたよ』


 そのどこか呆れたような口調は、斬りかかった相手に向けたものとは思えなかった。


「それ以上、口を開くな」

『いやいや、開かせてくださいよ。何度も死ぬような目に遭ってきましたが、完全に死んだと思ったのは生まれて初めての出来事なんですから』


 その割には余裕がある。


『守ってくださってありがとうございます』


 そう言って、黒髪の精霊族は頭を下げかけ……、自分の首元に止められた刃がまだそこから動いていないことに気付いて微かに笑った。


 何度も死ぬような目に遭ったというのは誇張ではないのだろう。

 こんな状況でも笑えるのがその証だと思う。


()()()()()()()()()()()()()、ボクの頭と胴体は瞬く間に離れていたことでしょうね』

「そう思っているなら、これ以上の挑発は止めて欲しいかな。流石に、弟の本気を受け止めるには場が悪すぎる」


 刃を向けられている精霊族以上に余裕のある声で、オレの刀を受け止めた兄貴はそう言った。


「お前も退()け。()()()()()()()()()いちいち滾るな」


 だが、そこで簡単に矛を収めることができるなら、オレは抜刀していない。

 互いに退()かないために鍔迫り合い(バインド)状態となったが……。


()()()()()()()だ。汚すな」


 ……兄貴は、オレの使い方をよく分かっている。


 それを聞いて意地を張り続けることはできなかった。

 オレは刀をオサめるしかなくなる。


『いや、それで退()くっていろいろ、おかしくないですか?』

「ああ、実は斬られたかったのかい? 弟は俺よりも迷わないよ?」


 オレが刀を収め、それを収納するのを確認した後、兄貴も納刀した。

 兄貴の方がすぐに収納しないのは、まだオレが抜く可能性があるからだろう。


 どこまで用心深いのか。


『そういうわけではないのですが……』


 ―――― 斬られたくないなら黙っていろ


『――――っ!?』


 黒髪の精霊族は額を押さえてオレを見る。

 どうやら、伝わったらしい。


 だが、声もデカかったようだ。

 それは、悪かった。


 オレは兄貴ほど器用じゃないんだよ。

 身内の古傷を抉って塩を刷り込まれるような行為を、笑って流せるほど大人じゃないんだよ。


 ―――― 傷口に塩。それは痛そうだね


 ……どこか呑気な女の声が聞こえた気がした。

 こんな状況でも、オレはあの声を思い出してしまうらしい。


 いや、こんな状況だからこそ……か。


 オレは自分を落ち着かせるために、あの声を思い出す必要があるということだろう。


「短慮な弟ですまない。これは俺の教育の不行き届きと咎められても仕方ないな」


 兄貴がそう言いながら、頭を下げる。


『いや、この場合、どう考えても悪いのはボクですよね?』

「未熟な弟を育てたのは俺だからね。その無様を曝け出したことを謝罪するのは当然だろう?」


 悪かったな、未熟で。


 だが、先ほどの言葉は看過できなかった。


 何も知らないヤツが勝手なことを抜かすな。

 そう叫ばなかっただけマシだろう。


 そして、オレは頭を下げる気はない。

 悪いことをしたと思っていない相手に頭を下げるほど、オレは出来が良くないからな。


 そして、兄貴も、オレの行為自体は咎めていない。


 ここが栞の部屋だということを忘れて、感情的に行動したことに対して未熟だと言っているだけだ。


『まさか、ルーフィスさんを煽って、ヴァルナさんの方に火が付くなんて思いませんでしたよ』


 やはり、兄貴に対しての煽りだったらしい。

 随分、下世話な手を使う。


「煽り?」


 だが、当の本人は首を傾げる。


「そんな()()()()()()()()()で、感情を揺らすと思われているのは心外だな」


 さも当然のように。


「そして、()()()()()()()

『意外……ですか?』

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から」


 その言葉にゾッとした。

 そして、それを想定していた兄貴の面の皮の分厚さにも。


 だが、一番、効果的なのは確かだ。

 先ほどの言葉は、兄貴だけでなく、栞も確実に揺らせるだろう。


 その時、彼女がどう出るか、予想もできない。


『少し前に、ヴァルナさんを読むまで、それも考えたんですけどね。それはやらない方が賢明だと判断しました』


 オレを読むまで?


「へえ……」


 兄貴が興味深そうにオレを見る。


 いや、オレが何をした……っていうんだ?

 あまりにも、心当たりがなくて首を捻る。


「おや? つまり、栞様の前で口にする気はないのかい?」

『ありませんよ。シオリ様を本気で怒らせると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを知りましたから』


 精霊族は簡単には消滅しない。


 傷つけることはできる。

 一時的に生命活動を停止させることもできる。


 だが、その存在は無くならない。

 復活するまでにある程度の時間はかかるだろうが、何度でもその姿を取り戻す。


 特に契約して主人を持つ精霊族は、復活も早いということを、オレは精霊遣いであるクレスノダール王子殿下から聞いたことがあった。


 だが、栞はただ魔力が強いだけではない。

 大神官ほどではなくとも、神力所持者だ。


 しかも、あまりにも感情を揺らし過ぎると、祖神変化を起こす可能性すらある。

 その姿を見た精霊族たちが、一様に怯えてしまうほどの存在になる。


 本当の意味で、精霊殺しなのだ。


『だから、シオリ様を揶揄う時は、笑って許される程度の加減をする必要があるんですよ』


 それでも、揶揄うのをやめるつもりもないらしい。


 まあ、その辺は好きにしろ。

 それでうっかり消滅させられても、オレは知らん。


「そうか。それは残念だな」


 だが、兄貴は笑った。


「俺のことで、()()()()()()()()()()()を見ることができる貴重な機会だったんだけどね」


 どこまで本気で言っているのか、分からないような言葉を添えて。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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