遠慮はしない
祝・2500話!
この黒髪精霊族は、どれだけ、魔法国家アリッサムに恨みが募っていたのか?
先ほどの台詞はその感情がよく分かる言葉だったと思う。
『残念だなあ。もし、あの男が関わっていたなら、御礼ぐらいしたのに……』
黒髪の精霊族は仄暗く笑いながら、そう口にしたのだ。
まるで、あの襲撃があったことを喜んでいるかのように。
この場に、水尾さんと真央さん、そして、トルクスタン王子がいなくて本当に良かったと思う。
中心国の王族三人が同時にブチ切れていたら、オレと兄貴だけで止められる気はしない。
何より、今の言葉は、オレのことも激しく揺さぶった。
それは、あのアリッサム城だった建物に行ったせいだろうか?
「彼がいたら、アリッサム襲撃そのものが阻まれていたと思うよ」
兄貴は特に気にした風でもなくそう答えた。
だが、やはり、オレは落ち着くことがない。
アリッサムが襲撃されて、良かったなんてとても思えなかったのだ。
オレは、アリッサムの王族である水尾さんのことも、真央さんのことも知っている。
アリッサム城だった建物の中で、今も、女王陛下の安否を気遣う王女殿下たちの姿を見たこともあるのだろう。
あの襲撃があったから、オレたちが二人と行動を共にすることになったと分かっていても、それがあって良かったとはどうしても、思えなかった。
『ああ、そうかもしれかせんね。あの方は、口調の割に、根が善人そうでしたから。シオリ様が突き放せない気持ちは分かる気がしました』
兄貴の言葉を聞いて黒髪の精霊族は肩を竦めた。
『そうなると、やはりあの時、あの方がいなくて良かったのでしょう。そのおかげで、アリッサムは消滅。そして、檻に囚われていたボクも、無事に脱走することができましたから』
そして、表情も変えずにそう口にする。
この精霊族がアリッサムに囚われていたというのは本当だろう。
そして、その「檻」は物理的なモノだった可能性が高い。
なんとなく、この国の第二王子を隔離するために出す檻を思い出す。
魔法の効果が薄い精霊族が相手であっても、長期間、人間たちの手によって捕え続けることはできるのだ。
アリッサムにいた人間たちはその方法を知っていたのだろう。
考えてみれば、魔法国家という名が先行して見落としがちだが、アリッサムには魔法騎士団だけでなく、聖騎士団と呼ばれる法力遣いたちが存在していたのだ。
聖騎士団は、法力国家ストレリチアで神導を受け、一時的に、神官修行をするとも聞いている。
その間に、神の遣いと言われる精霊族についても学ぶはずだ。
逆に言えば、ストレリチアに次いで、法力や精霊族たちのことに詳しくても驚くほどのことではないのだ。
そして、長い期間、拘束され続けていたのなら、その国を恨む理由としては十分すぎるだろう。
だが、それでも、オレは先ほどの言葉を許容することはできなかった。
『いつも感情を見せないヴァルナさんから睨まれ続けるのはちょっと癖になりそうですね。ですが、そのままでは、職場の雰囲気が悪くなりそうですし、アーキスフィーロ様に気付かれるのはちょっと厄介かな』
そんなどこまで本気か分からないことを言う。
だが、オレは思わず睨んでしまうほど強い感情が表に出ていたらしい。
そこはちょっと反省すべき点だった。
『いいえ、表情には出ていませんよ。実に見事なものです。単純に心の声が隠しきれていないだけですよ』
今のは、褒められたのか?
いや、表情はマシだが、心の声が制御できていないって意味だな。
『まあ、あまり詳しくは言いたくないのですが、ボクが長年アリッサムという国に囚われて、奴隷……、いや、玩具の方が近いかな? そう扱われていたということだけ理解してくれたら良いです。それ以上のことはご容赦を』
拘束という可愛らしい扱いではなかった。
奴隷ではなく、玩具の方が近い扱いというだけで、かなり酷い目に遭わされていたことは分かる。
そして、そんなことを言われたら、それ以上、追求することなんかできない。。
オレが知っているアリッサムはあの二人の王族の目を通したものでしかないのだ。
そして、それすらも闇を感じてしまうほどだというのに。
自国の王族すら、検証の対象にしてしまうような国だ。
全く敬意を払う必要のない存在に対しては、もっと容赦がなかったのかもしれない。
もしかして、ミラージュがアリッサムを襲撃したのもそんな理由なのか?
ミラージュは意図的に法力遣いを生み出す国だったと聞いている。
アリッサムが聖騎士候補たちをストレリチアへ送り込んでいたように、ミラージュのヤツらも、神導を受けさせ、正神官直前まで法力の才を磨かせているという話もあった。
つまり、ミラージュのヤツらも精霊族たちに詳し……、いや、使役すらしていたか。
そして、あの紅い髪も真央さんが知っていたという精霊族たちを隷属させることができる文言を知っていた。
そのことからも、かなり精霊族のことについても知っている可能性は高い。
だから、精霊族を使うのではなく、弄んでいたアリッサムが許せなかった?
そんな風にいろいろ考えていた時だった。
『…………』
何故か、無言でじっと見つめられた。
いつもの軽い口調でも、おどけた表情でもなく……、ただ鋭い目線だけを向けられている。
「なんだよ?」
酷い目に遭ったモノを前にしても、アリッサムに対して、どこか同情心が捨てきれないことは認める。
酷い面もあった国だと理解しても、それでも、あの襲撃は別の話だと思ってしまうのだ。
『いえ、やはり貴方は素直な人だなと思いまして』
「分かりやすいってか」
『いいえ。実にボク好みだと』
男の姿をしたヤツに言われても嬉しくもねえ。
せめて、女の姿になってから言ってくれ。
『まあ、貴方方の中で誰が一番好みかと言えば、断トツでシオリ様なのですが、アーキスフィーロ様に仕えている立場上、公言できないんですよね~』
「あ?」
「は?」
さり気なく、呟かれた言葉に、オレだけじゃなく、兄貴も反応した。
いや、コイツ……今?
『あれ? お気付きではありませんでしたか? ボクの好みはシオリ様ですよ?』
栞は精霊族に好かれやすいと聞いていたが、コイツもだったのか?!
『この分だと、シオリ様本人にも伝わっていませんね。もっと会話とスキンシップを増やした方が良いか。だが、それでは、アーキスフィーロ様の機嫌を損ねる可能性が出てくるかもしれないな』
さらに不穏なことを口にしている。
この精霊族は見た目だけなら、年下のガキだ。
だから、多少ベタベタしたスキンシップをされても、栞自身は全く気にしない可能性が高い。
いや、待て?
邪な意思があれば、精霊族と謂えど、魔気の護りが発動する可能性もあるのか。
『いや、別に口説く気はありませんよ? 主人の婚約者候補を口説く従僕とかって最悪じゃないですか』
黒髪の精霊族はニヤリと笑う。
『ああ、でも、主人の婚約者候補の侍女となった方を口説く分には問題ありませんよね? ヴァルナさん?』
いろいろ問題しかないが、それを今、この場で口にしたところでのらりくらりと躱されるだけだろう。
この精霊族は本気で侍女を口説きたいわけじゃない。
何かを誤魔化したくてそう言っているだけなのだから。
アリッサムの「トムラーム」というものが何を意味しているのかは分からないが、この精霊族の言葉から、隷属契約に似たものなのかもしれないとは思っている。
いずれにしても、魔法国家アリッサムが想像以上に闇が深かったことは理解できる話だ。
「好きにしろ」
オレが相手をしなければ済むだけの話だ。
それに、この精霊族が本当に栞のことを好みというのなら、今後、何がどう転ぶか予測ができない。
それを少しでも、オレの方に引き付けることができるなら、その方が良いだろう。
勿論、オレは男に口説かれても嬉しくはねえけどな!!
『はい。これからも遠慮なく、ボクの好きにさせていただきますね』
オレの心が読めるはずの黒髪の精霊族は、そう言って楽しそうに笑うのだった。
毎日投稿を続けた結果、驚くべきことに、とうとう2500話です。
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まだまだこの話は続きます。
頑張らせていただきますので、最後までお付き合いいただければと思います。
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