キョウイ的な話
気のせいだと思っていた。
だが、そうじゃない。
この黒髪の精霊族は、先ほどから兄貴に話しているようで、オレに向かって話していた。
だが、何故だ?
その意図が掴めない。
単純に挑発かとも思ったが、それとはちょっと種類が違う気がしているのだ。
探りを入れられているのは分かっている。
それはお互い様だ。
相手の方は、心が読めると言う点において有利であるが、心を読めなくても、情報はそれなりに手に入る。
特にこちらは二人掛かりなのだ。
視点が変わるだけで得られる情報量は増えていく。
『貴方が敵ではなくて良かったと思います、ルーフィスさん。尤も、完全に味方でもないようですけどね』
「まあ、それについても、否定する気はないよ。俺もキミたちが主人の敵にならなければ良いだけだからね」
兄貴が分かりやすく黒さを前面に押し出している。
黒さを見せれば、警戒されるというのに。
相手が心を読める精霊族だからか?
だが、兄貴なら、精霊族相手にだって、オレ以上に隠せるはずなのに。
伊達に、世話役としてリヒトの側にずっといたわけではない。
兄貴はずっと訓練をしていたのだ。
精霊族に心を読ませないようにするために、何重にも対策をとり、より効果的な手段を模索し続けていた。
言葉が通じない頃ならともかく、リヒトが日常会話に支障がなくなった後も、兄貴がリヒトと共にいたのは、そういった意味もあったのだ。
だから、オレよりも兄貴の方が、心の声を届かせないようにするのが上手い。
そこまで読ませたくないのか、とも思うけれど。
オレはあんな努力をするよりは読ませた方がマシだと思うけどな。
銀製品を身に着けるだけでもそこそこ防げるのだ。
その上で読ませないように、思考を体内魔気で防御すれば、相当、強い気持ちでない限りは届かないらしい。
だから、完全防御する必要などないだろう。
どれだけ大声で、常日頃から誰にも知られたくないような悪巧みしているのか? って話だ。
『同時に、貴方がアーキスフィーロ様の兄でなくて良かったとも思っております。尤も、貴方に理解あるヴァルナさんでなければ、弟の役目は務まらないでしょうね』
そんな褒められたのかどうかも分からない評価をもらった。
兄弟は単純に生まれた順番の話だ。
だから、弟の役目とか言われても分からない。
「オレは兄貴に理解があるらしいぞ」
「そのように育てたからな」
自覚はないが、兄貴からそう調教されていたらしい。
そこは教育とか指導という言葉を使うべきではないだろうか?
何故、その単語を選んだ?
兄貴だからだ。
だが……。
「オレは兄貴ほど理解できない人間もそう多くないんだが?」
オレには、兄貴の思考は全く予想ができない。
何を考え、行動しているのかが、その直前になるまで読めないのだ。
それは、常に、オレより複数の案を持っているからだと思っている。
オレは何年経っても、この兄貴に手が届く気がしない。
「それは単にお前が未熟なだけだな」
兄貴が笑った。
未熟……。
18歳を過ぎても、まだ熟していないのか。
この世界の成人は15歳だ。
それでも、まだまだオレは足りないものが多いらしい。
まあ、無駄に年を重ねて足りないものだらけのヤツだっている。
その自覚があるだけマシだということにしておこう。
足りないから、足すための努力をする気にもなるわけだし。
『確かに、見事な調教ですね』
今、何か言われた気がする。
これが、調教の成果?
よく分からん。
何に対して言われたのかも理解できなかった。
「この男は基本的に単純で前向きだからな。ある意味、扱いやすくて助かっている」
「単純で悪かったな」
思考を放棄しているわけではないのだから良いじゃねえか。
オレだって、足りないなりに考えて動いているのだから。
『まあ、ヴァルナさんを揶揄うのはこの辺にしておきましょうか』
揶揄っていたのかよ!?
『普段、口数が少なく隙のない人間が、実は、揶揄うと素直で愛らしい反応を見せてくれるなんて、世の中の男性の性癖に直撃するような姿ですよね』
性癖に直撃って……。
いや、それは分からなくもないけれど。
水尾さんや真央さんのような女性ってことだろ?
だが、それ以前に……。
「オレは男なんだが?」
だから、男の性癖を直撃しても嬉しくはない。
『その肩幅と、胸の絶壁を見れば分かりますよ。いや、胸は結構ありますね? 燕尾服では分かりにくかったけれど、そのようにラフな恰好をされていれば、鍛えられていることが分かりますよ。実はヴァルナさんって、シオリ様よりも……』
黒髪の精霊族が何かを言いかけて……。
どどごんっ!!
ローダンセ城の地下で聞き覚えのある種類の音を聞いた気がした。
いや、いつもよりも重い音だったか。
『ちょっ!? 今、本気で殺りにきませんでしたか!?』
「今、品のない言葉で、主人を貶めようとしなかったかい?」
兄貴がにっこりと笑った。
野郎にあの笑みを見せる時は怒っている時である。
そして、口はともかく、目は笑っていない。
『ちょっと小粋な従僕ジョークでしょう!? そんなことも許せないんですか!?』
「洗練もされていないし、笑えない」
兄貴が底冷えのする声を出す。
「覚えておいてくれるかな? 俺は自分の主人をそういった男特有の下品な冗談に使われるのが嫌いなんだ」
『心、狭っ!! その辺はヴァルナさんの方が大人だった!! ですが、承知しました!! だから、この変な気配がする金属を退けてください!!』
あ~、精霊族にとっては、あの武器は、変な気配がする金属なのか?
多分、例によって銀製品だと思うが。
純銀は鉄よりも重い。
だが、武器とするには柔らかいため、絶妙な配合の合金だろう。
「大神官猊下より直々に祈りを込められた特殊なモーニングスターだからね。その効果は保証されている」
さらに、仕込んでいやがった。
星球式鎚矛は、モルゲンシュテルンとも呼ばれ、人間界でも中世時代に聖職者に愛用された武器だ。
殴打用の棍棒の一種であるが、敵の頭に一撃を加えると、まるでスプリンクラーが噴射するかのように血液が飛び散るさまを言い表したとして、「ホーリーウォータースプリンクラー」という別名があるのを、ある程度、武器が好きなら知っていることだろう。
オレもいくつか法力を込めてもらった武器を所有しているが、あんなに見た目に凶悪な武器に大神官はどんな気持ちで法力を込めたのだろうか?
嬉々としてだな。
違いない。
あの大神官は穏やかな見た目に反して、中身は兄貴と同類だった。
いや、時として兄貴よりも過激で慈悲もないが。
『ツッコミで使う域を超えていた!? しかも、その仕様はボクが本気で逝けるヤツじゃないですか!!』
因みに銀製なので、当然ながら鉄球よりも重い。
さらに言えば、法力は魔力と別種の力だ。
だから、大神官の込めた種類にもよるが、恐らく、体内魔気を貫くような凶器だろう。
身体強化を無効化し、そのまま物理ダメージを与えるような武器だ。
つまり、兄貴が本気でアレを振るえば、オレも無事でいられない。
そんなものを与えられるほど、兄貴も、大神官から信用されているらしい。
まあ、大神官ともなれば、その凶悪な武器が自分に向けられたとしても対処するだろうけど。
あの方、見た目に反して、かなりの武闘派だったから。
早い上に動きが読みにくく、運動を苦手とする神官のモノじゃなかったからな。
兄貴以上に捉えることが難しく、気付いたら眼前とか、どんな少年漫画の戦闘系民族だよ?
「それだけのことをしたと自覚してほしいのだから、本気でやらねば意味がないだろう?」
兄貴は涼し気な顔をしてそう言った。
オレはそこまで過剰に反応する気はねえけどな。
それでも、兄貴は許せないらしい。
だが、仮に栞の胸囲をオレの胸筋が上回っていたところで、どうでもいい話だ。
男のオレの胸は触っても楽しくないが……、いや、これ以上は考えまい。
それこそ、セクハラ思考だ。
そう頭を振る。
『ああ、なるほど。こうやって、見た目の割に、女遊びをしない奥手で純情な青年が育てられてきたのか』
何の話だ?
オレは兄貴と違って、品のない男の冗談も嫌いではないぞ?
男だからな。
だが、それが栞に関することだと、確かに複雑な気持ちにはなる。
これも、男だからだろう。
『だけど、弟をちょっと締め付けすぎたと後悔はしていませんか? ルーフィスさん?』
「いや、全く」
心を読める精霊族は、オレの分からない兄貴のことも理解しているのだろう。
だから、先ほどからオレに分からないことを言っているのだと思う。
兄貴は意図的に、小出しに情報を渡しているようだ。
だが、ちょっとぐらい後悔してくれても良いんですよ? お兄様。
そう思ってしまうオレは悪くないよな?
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




