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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 護衛兄弟暗躍編 ~

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人間らしい思考

 手が震えている。

 柄にもなく、自分は緊張しているらしい。


 そんな事実に気付いて、思わず自嘲したくなった。


 吹っ掛けたのは自分の方だ。

 今更、怯えて何になると言うのか?


 だが、勢いでやったことでもあった。


 感情のままに振舞った結果、まさか、時間をおいて仕切り直すよう、求められるとは思っていなかったのだ。


 何もしない、何もできない時間がこうも長く続くと、頭が冷えて、思考がはっきりしてくる。

 そして、こう思ったのだ。


 ―――― せめて、時間を決めておけば良かった、と。


 後でとは言ったが、明確な時間の約束をしていない。

 それは、何もできない時間がいつまで延びるかも分からないと言うことでもある。


 しかも、厄介なことに、相手は一筋縄ではいかない。

 それが、一人ならまだしも、二人もいる。


 それがますます、自分に不安と焦りを齎すのだ。


 ―――― 随分、人間らしい思考を持つようになったものだ


 あの国に囚われていた時には、不安、焦りなど知らなかったのに。


 ただ相手が言ったことに従うだけだった。


 あの頃の自分を言葉にするならば、まさに「実験動物」の名に相応しい思考と動作をしていたことだろう。


 自我が芽生えた時から、そんな境遇だった。


 繰り返される実験と検証。

 それらに耐えうるだけの強度があると分かってからは、日に何度も試される。


 相手も暇だったのだろう。


 飽きることなく、同じようなことを次々と試された。

 本当によくやるものだと今なら思う。


 だが、あの頃の自分にそんな思考はない。

 与えられた命令に従うだけの実験動物にそんな高度な考え方など存在しなかったから。


 不意に、自分の前に封書が浮かび上がる。


『伝書?』


 主人や周りの人間に届けられたことはあるが、自分宛に届くのは初めてのことだったために、思わずそれを手に周囲を見回してしまう。


 だが、差出人は見なくても分かる。


 高価なはずの、その紙を惜しげもなく使うその財力を持つ人間など限られているし、何より、自分の存在を知る人間が少ないのだから。


 すぐ近くには眠る黒髪の主人。


 あの特別な薬は相当、効き目が良かったらしい。

 穏やかな顔をして眠りについたままだった。


 この状態なら重ね掛けは必要ないかもしれないが、念には念を入れて、眠りの術を施す。


 そして、届いた封書を開けた。


『へえ……』


 中身を見て、思わず、感心してしまう。

 どうやら、これは正式な招待状だったらしい。


 主人に勝るとも劣らないほど容姿が整っている兄弟のどちらかが書いたと思われる綺麗な文字がそこに記されていた。


 わざわざウォルダンテ大陸言語で書いてくれたのは、その文字しか読み書き出来ない自分に対する配慮だろう。


 一度見たら、そう簡単に忘れられないほど印象に残る二人。


 だが、普通の人間たちの目にはそう映らないらしい。

 あの変な気配がする眼鏡のせいだと思っている。


 あれだけ目立つ容姿を持ちながら、不思議と、他の人間たちにその存在を記憶させないのだ。

 恐らく、人間の認知を歪ませる性質があるのだろう。


 精霊族の自分には効果がないようだが。


 そんな眼鏡をしている時点で、普通の人間ではないと思っていた。

 だが、主人や自分にとって、無害どころか有益なようだから、放っておいたのだ。


 それが悪かったらしい。


 結果として、酷い目に遭いかけたのだから。

 あんなことになると分かっていたなら、とっとと引きはがしておくべきだったとも思う。


 今になって後悔しても遅いのだけど。


『アーキスフィーロ様。申し訳ありませんが、少しだけ、離れますね』


 眠っているために聞こえないことは分かっているが、黒髪の主人の寝台の前に立って、そう告げる。

 

 自分がいなくても、この主人は大抵、一人でなんとかできる人間だ。

 自分が来るまでは、ずっと独りだったのだから。


 本当だったら、世話役だっていなくてもなんとかできるのだろう。

 だが、自分は必要とされていることは理解できる。


 この主人は、甘え方が下手で、誰が見ても、その生き方は不器用すぎるものだ。

 だから、目が離せないし、放っておくこともできない。


 そう思わせる程度には、この主人が人間であるにも関わらず、自分の中の何かを擽っているのは事実である。


 これは、この人間が自分の契約相手だからなのだろうか?


 あの時、正直、契約なんてできるとは思っていなかった。


 自分は混ざりモノだ。

 混ざりモノは契約できない。


 そう言い聞かされていたのに、何がかみ合ったのかは分からないが、自分はこの人間と契約できてしまった。


 この主人から名前を与えられたあの日から、自分は「実験動物(トムラーム)」ではなくなった。


 あれ以来、その言葉を思い出すこともなかったのに……。


『さて、行きますか』


 震える手と声を誤魔化すように、気合を入れ直す。


 誘われた以上、逃げることはできない。

 いや、逃げても彼らは何事もなかったかのように振る舞ってくれるだろう。


 (ルーフ)(ィス嬢)(とヴァ)姿(ルナ嬢)のままで。


 だが、それでは何も分からないままだ。


 主人は動かない。

 動けない。


 他者の内面に踏み込むことを酷く恐れている人間だから。

 他者の奥を知った後に、その相手から激しく拒否、拒絶されることが怖いのだろう。


 まだ踏み込みたいと思えるほどの人間に出会えただけマシではあるのだが。


 他者の内面……、人間の心の声(本音)なんて、ずっと聞きたいものではなかった。

 表面上だけ取り繕っていても、常日頃から碌なことを考えていない人間があまりにも多いから。


 だが、全く聞こえない、真意が読めないことが、こんなにも恐ろしいことだったなんて思いもしなかった。


 尤もらしく吐き出される言葉すら、上滑りして聞こえる。

 文字通り、読めない男たち。


 そうかと思えば、弟の方は、仕掛けたこちらが面食らってしまうほど、あっさりと内面を曝け出した。


 後ろ暗いモノは何もないとでも言うように。


 だが、闇はどんな人間にも存在する。

 本人は忘れていたとしても、その身体は覚えているし、過去を消すことはできない。


 一度、起こってしまったことは、ずっとどこかに残り続けるのだ。


 本人が記憶を封印していたとしても。

 当人が自覚していなくても。


 兄の攻撃が寸止めばかりなのも、そのためなのだろう。

 この大陸は精霊族の血を引く人間が、他大陸に比べて多いと聞いている。


 自分のように口にすることなく、その能力をひた隠しにしている精霊族の血を引いているモノもいるかもしれない。


 そんな人間に易々と触れて、自分の本音や過去を読み取られることを避けたいと思うのは人間として当然の判断だ。


 それに弟よりも兄の方が、内に抱え込んでいる闇が色濃い様子。

 それを暴いてみるのは少し、楽しいかもしれない。


 これは、自分の悪い癖だと思う。

 いや、精霊族の悪癖とでもいうべきか。


 埋め隠されているモノは掘り起こしたくなるし、余裕のあるモノを見るとその足を払って無様に転ぶ様を見て笑ってやりたくなる。


『何にしても、楽しくはなりそうですね』


 この3年。

 実に平和に過ごさせてもらったと思う。


 精霊族として生きてきた長い時の中で、人間扱いされたのも初めてだった。


 それは、全て、この黒髪の主人が与えてくれた時間だ。


 だが、主人はこの小さな箱庭を開くことを決心した。

 外の世界から来た女性によって。


 そして、同時に主人だけでなく、自分の世界も広がり始めた。


 ―――― 導きの聖女


 黒い髪、黒い瞳を持つ小柄な女性。


 精霊族の目から見ても、可愛らしい容姿の持ち主でもあるが、その中身は深淵のように底が見えない。

 精霊族を強く惹き付け、そして、惑わせる神子。


 厄介なモノだ。

 

 惹かれる理由が、本能なのか、自分の意思なのかも分からない存在なんて。

 惹かれた理由が、神子だからなのか、彼女だからなのかも判断できないなんて。


 主人はまだ気付いていない。

 気付かない方が良い。


 気付かなければ、傷は浅いままでいられるだろう。


 彼女に向けられる手はあまりにも多い。

 主人の手を取るのも向けられているから取るだけで、彼女自身から手を伸ばしてはいないのだ。


 それでも、手を伸ばしてしまう。

 いつかは、自分の方へ手を伸ばしてくれると信じたくて。


 そんな思いを抱いた男はどれだけいることだろう。

 当人が気付いていないだけで、数多くいる気がしてならない。


『それでは、行ってまいります』


 先に手を伸ばしていた主人の恋敵たちに会うために。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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