気に入られた娘
「その他国の王族が、こんなに長い間、外に出て、大丈夫なのですか?」
改めて、確認する。
カルセオラリアには、トルクスタン王子とメルリクアン王女の二人しか今は王族がいない。
それ以外のカルセオラリア国王陛下の親族は、今や年の離れた妹だけで、その妹もこの国にいる。
「マメに帰ってはいる。それに、この国にはアルトリナ叔母上がいるからな。居座るには互いに都合も良い」
居座るって……。
まあ、トルクスタン王子が近くにいてくれる方が、オレたちにとっても好都合ではあるのだが。
現状、トルクスタン王子を超えるほどの身分の持ち主はそう多くない。
一国の王の正当な跡取り。
カルセオラリアの王位は王の長子が第一位となるが、今は亡い。
そうなると、次子であるトルクスタン王子が継承権を放棄しない限り、嫡子となる。
中心国であろうとなかろうと、カルセオラリアは各国が認めた国家であることに変わりはないのだ。
この国のように次の跡継ぎが誰になるか分からないような不安定な立場の王族よりは、確固たる地位だと言えるだろう。
「ああ、そのアルトリナ叔母上だが、シオリを気に入ったらしい」
「そうですか」
トルクスタン王子にとっての叔母……、アリトルナ=リーゼ=ロットベルクから気に入られたのなら、栞にとっては良いことなのだろう。
だが、交流らしい交流はまだなかったはずだ。
唯一あるのは、初日の挨拶ぐらいだったと記憶している。
「人形みたいな外見にも関わらず、男相手に物怖じせずに突っ込んでいく姿が特に良いらしい」
人形?
栞が?
まあ、黙っていれば? そう見えなくもないような?
特に初日の挨拶は、それなりに小綺麗にして臨んでいたからな。
「この国の子女は男の後ろに立って、男の気分を良くするために存在するような者が多いようだからな」
基本的に男尊女卑の傾向にある国だ。
女を見下し、能の無い男どもが虚勢を張っている。
それを王族たちが率先して行っているのだから、質が悪い。
国が認めているようなものだから。
「アルトリナ叔母上もこの国へ嫁いだ直後は随分、苦労をされたらしい。女がでしゃばるなと散々言われていたようだ。だから、この国の女性とは異なる芯の強い女が良いのだろう」
「それならば、トルクスタン王子殿下の幼馴染たちもさぞ、気に入られることでしょうね」
あの二人の芯も強い。
「ヤツらの話はするな」
だが、それはお気に召さない様子だった。
「ヤツらは、芯が強いのではない。我が強いのだ」
それは分かる。
いや、芯が強いから、我も強くなる?
だが、男尊女卑であるこの国も、女が弱いわけではないと思っている。
表では男を立てているが、裏ではその男どもをボロクソに言っているのだ。
特に、城下に下りて、庶民の主婦たちの立ち話を聞くと、男のオレが引くほどの言葉が飛び交っている。
外で威張れないから家で虚勢を張る男というのはよく聞く。
だが、身体強化をして、夫の暴力をやり過ごしていると聞いた時は、いろいろな意味でギョッとした。
この国の男たちは、それを知っているのだろうか?
道端で集まって、自分たちの情報交換をされていることも。
女たちは見ている。
この国では女から離婚を申し出することは難しいが、相応の事情が認められれば、可能なのだ。
情報交換によって、有責事由は積み重なり、あの時、あの場所で話した事実は、同胞たちに共有され、どこかの誰かによって、さらに広がっていく。
「同好の士の集い」の名の元に。
それを知った時、女のお喋り、怖えと思った。
男が知らない間に、自身の思考や行動、趣味を含めた嗜好だけでなく、性癖が含まれた弱点まで他人に共有されているのだ。
特に夜の話とか、とんでもねえ!!
同時に、ここまで言われないよう、気を付けようとも思った。
……そんな相手も、いねえけど。
「アルトリナ叔母上が、気に入り過ぎて、早く嫁に迎えたいと言っている」
「はい?」
何の話だ?
「アルトリナ叔母上は、シオリとアーキスがまだ婚約者候補でしかないことを不満に思っているのだ。王家から横槍が入る前に、とっととアーキスに娶らせたいらしい」
ああ、王家から横槍は入りそうだな。
「それは、随分、気に入られたものですね」
栞にとって味方が増えるならそれで良い。
この国はあまりにも、栞の敵になりそうなヤツが多すぎる。
「いやに、平然としているな?」
「どういう意味ですか?」
「お前は、シオリが、本当にアーキスの物になっても良いのか?」
「元からそういった話ですよね?」
そこに思う部分がないわけではない。
だが、それが一番良いのだ。
「俺には分からない」
「幼馴染には幸せになって欲しいという気持ちは分かりませんか?」
オレは栞が好きだし、可愛いと思っている。
だから、幸せになって欲しい。
ずっと笑っていて欲しい。
それだけのことだ。
全く難しい話ではないのだ。
「それなら、分からなくもない」
トルクスタン王子はどちらのことを考えたのだろうか?
どちらも、だろうか?
「だが、大事だから生半可な男に渡したくもないとも思っている」
「貴方の従甥は生半可な男ですか?」
「そんなことはない!!」
トルクスタン王子はオレの言葉を即座に否定する。
「そんなことはない、……のだが、お前たちの前では見劣りすることに気付いた。それは確かだ」
「見劣りって、そんなことはないでしょう?」
寧ろ、あの男の方が、顔が整っていると思う。
背はオレたちよりも低いが、小柄な栞には逆に良いだろう。
オレと栞が並ぶと、まるで親子だ。
腕を組むと言う動作ですら、栞が大変になってしまうからな。
「少なくとも、私と兄、そして、何より主人が認めている人間です。それを、他でもない貴方が否定してどうするのですか?」
もともと、今回の話はトルクスタン王子の紹介だったのだ。
それを当人が迷ってどうするのか?
オレも兄貴も、栞本人すら、この道を進むと覚悟を決めたのだ。
そこで、先導者たるトルクスタン王子が迷ってしまえば、同行もできないではないか。
「お前たちのその迷いの無さが、俺にとっては不安の原因なんだがな」
「え?」
どういうことだ?
「お前たちが俺の敵でなくて良かったと心底、実感しているところだ。アーキスには気の毒なことをしたとも思っているけどな」
ますます分からない。
トルクスタン王子の敵になる気は勿論、ない。
栞に求婚しても、無理強いはしなかったからな。
だが、婚約者候補の男が何故、気の毒なんだ?
オレたちが危害を加えるとも?
少なくとも、オレはそこまで過激な思考は持ってないぞ?
「分からないって顔をしているな?」
そう問いかけられたので、素直に頷く。
兄貴なら分かっただろうが、オレにはさっぱりだ。
「分からないならその方が良い。恐らく、お前はその方が無敵だ」
ますます分からねえ!!
しかも、「無敵」って、オレの評価っぽくねえ!!
でも、トルクスタン王子に言う気がなければ、ここで追求したところで意味がないだろう。
失言は多いが、意外と口が堅いのだ。
だから、兄貴も友人と認めているのだろうけど。
「アルトリナ叔母上が、シオリを気に入って、裏で動いているのは本当だ。特にアーキスが登城するようになって以降、動きが活発になっている」
「動きとは?」
「当主の説得だな。王家に掻っ攫われる前に話を纏めたいらしい。本当は、すぐに聖堂にも駆け込みたいようだが、まだ婚儀契約すら整っていない状態では、それはできないからな」
まあ、庶民ではないのだから、婚約もなしに婚儀の話はできないよな。
しかし、想像以上に気に入られたらしい。
「国王陛下だけでなく、第二、第四にも気に入られたのだろう? アルトリナ叔母上の焦りも分かる。王命を下されたら、ロットベルクに拒否はできないからな」
だが、栞はできる。
カルセオラリア、セントポーリア、何より、大神官が背後についているからな。
ローダンセはカルセオラリアだけ押さえておけば良いと思っているだろう。
国王はセントポーリアとの関係性には気付いているかもしれないが、それ以外の王族は、カルセオラリア……いや、トルクスタン王子だけを気にしている。
まあ、まだそれこの国のヤツらに明かす段階ではないが。
それらはとっておきだ。
栞が明かすと決めたなら、それに従うが、基本的には隠し通したい。
「そのために、シオリとの婚儀を急がせたいと言う事情があるようだな。特にアーキスはヴィバルダスよりも基盤が弱いからな。心配なんだろう」
孫を心配しているってことか。
その気持ちも分からなくもない。
「特に、アーキスは一度、破局している。今度も……となれば、叔母上も気が気ではないのだろう」
それは聞いている。
そして、その理由もなんとなく、分かっている。
勿論、栞には言っていないのだけど。
その元婚約者が栞の知らない人間だったら、もう少し話は違っただろう。
だが、人間界では友人……、少なくとも、共に行動する人間ではあったことをオレも知っている。
そのことを考えると、オレの口からは言えない。
当事者たちから伝えてもらうことが一番だろうが、恐らく、それも難しいだろう。
せめてもの救いは、栞がその話に興味を示していないことだ。
オレたちは、栞から聞かれたら答えないわけにはいかない。
いや、オレが濁しても、兄貴は話すだろう。
それが、彼女を傷つけると分かっていても。
「ただ、一つだけ言わせてくれ。アーキスは勿論大事だが、俺はお前も兄も大切な友人だと思っている。だから、後悔はしてほしくないのだ」
トルクスタン王子の言いたいことは、一つだけじゃ足りなかったことはよく分かった。
それだけ、心配してくれることは素直に嬉しい。
多分、兄貴もそうだろう。
「大丈夫ですよ、トルクスタン王子殿下」
だが……。
「私も兄も、後悔はしませんから」
これまで、何度も後で悔やんできた男としては、そう答えるしかないのだった。
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