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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 護衛兄弟暗躍編 ~

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年相応の紅い花

「は? 帰った?」


 トルクスタン王子はその端整な口元を歪めながら、そう言った。


「はい。あの御令嬢をお連れして、先に家に帰られたようです」

「アーキスが、俺に何の挨拶も無しに?」


 そこが納得できない部分だったらしい。


「仮面舞踏会ですから、知り合いであっても挨拶は難しいでしょう」

「まったく……。こっちは、面倒な王族たちの相手までしていたと言うのに……」


 トルクスタン王子はぶちぶちと文句を言っているが、こればかりは仕方ない。


「詳細については、後で事情を説明しますので、今は、お怒りを治めてくださいませんか?」

「いや、現時点での事情説明に、兄ではなく弟の方がいる時点で、俺が知らない所で、お前たちが厄介ごとに巻き込まれていたという予感しかないのだが……」


 鋭い。

 普段は、どこかズレているのに、どうして、たまに正解を叩き出すのか?


「まさか、アーキスが魔力の暴走を起こしたか?」

「その一歩手前にはなりました」


 アレはそういうことだったと思う。

 いや、状況的にはもっと厄介ではあったのか。


 まさか、精霊族の血がある程度、表に出ていれば、王族による「隷属の言霊」が有効になるなんて思わなかった。


 あの時、トルクスタン王子の親族は、あの紅い髪に操られかけていたのだ。

 そんな事情、この場で話せるはずもない。


「なるほど……。それならば、お前たちの戻りが遅いのも仕方ないのか。それで? 兄がいないのは付き添っているのか?」

「いいえ。兄は、この城のどこかにいることでしょう」


 あの兄貴が、ここまで来て、何もせずに帰るはずがない。


「おいこら?」


 だが、トルクスタン王子から、頭を掴まれる。


「何か?」

「また何か企んでいるのか?」


 さらにじろりと睨まれた。


「人聞きが悪いことを……。私どもは、守りを固めているだけですよ」


 オレは兄貴と違って何かを企めるような頭を持っていないのだ。


「その方が、空に浮かぶ紅月(ノウム)蒼月(ティアラタス)も安心して輝けるでしょう?」

「随分、貴族的な言い回しに慣れたな」

「周囲に揉まれましたので」


 もともとオレも兄貴も隠語、暗号を使い慣れているというのもある。

 その中で、ちょっと気取った言葉を選ぶだけのことだ。


 まあ、この場合は分かりやすい。


 ―――― 空に浮かぶ(高貴な立場の)二つの月(双子の女性)


 それが、何を指しているのか分からないようでは、王子を名乗れないだろう。


「ところで、あの後はどうなりました?」

「どうもこうも……。会場から連れ出された『紅い花』を探そうと、多くの男どもが外へ向かったために、暫くは円舞曲(ワルツ)を踊る人間がいなくなり、音楽を聴くだけの空間になってしまったぞ」


 この場合の「紅い花」は栞のことだろう。

 暗めではあったが、紅と言えなくもないボールガウン姿だった。


 そんなに多くの人間が栞を探そうとしたのか。


 しかし……。


「男どもってことは……、子息に限らず……ですか」

「そうだな。今日の『花』は()()()()()()()から、若い男だけでなく、壮年の男も興味を引いたらしい」


 トルクスタン王子がそう苦笑した。


 小柄で童顔な栞が年相応に見えたのなら、兄貴の見立ては流石だと言える。


 普段の栞からかけ離れたイメージのボールガウン姿は、いつもの健康的な魅力よりも、怪しげな色気を漂わせていた。


 全く露出していなかったのに、あれはどういうことだろう?


 色の使い方と、デザイン……だろうな。

 そして、仮面で顔を覆っていたため、童顔も隠せたことも大きい。


 あれなら、ちゃんと知らない人間からも成人済み(15歳以上)の女に見られたと思う。


「『紅い花』の正体の方は?」

「あれだけ派手なことをし続けて、バレないと思うか?」

「いいえ。バレバレだったことでしょう」


 自分でそう口にして嫌になる。


 国王から指名を受けた時点で、目立つことは避けられないとは思っていた。

 だが、予想以上に目立ってしまったのだ。


「囀るのが好きな貴族はどの国にもいる。だから、前回の『花の宴』の話も、当然、出た。あの日、デビュタントボールを迎えたばかりの『白き歌姫』と、円舞曲(ワルツ)を得意とする『紅い花』は共通点が多すぎるらしいぞ」


 トルクスタン王子はククッと笑った。


 まあ、同一人物だから当然だろう。

 違いは、ボールガウンのデザインの方向性と、仮面ぐらいか。


「国王陛下の相方(パートナー)を務め上げただけでも驚愕なのに、この国であれだけ踊ることができる女はほとんどいないらしい。その時点でかなり絞られることにはなったようだがな」


 つまりは、アンゴラウサギ仮面と兄貴のせいらしい。


 いや、アンゴラウサギ仮面の方は仕方なかっただろう。

 もともと踊る約束をしていたのだ。


 だが、兄貴が余計なことをしたために、無駄に注目を浴びたことは確かだ。


「ところで、その『紅い花』を連れ出したあの男は、お前たちの知り合いか?」


 そう言えば、トルクスタン王子は面識がなかったか。


「まあ、知り合いですね。紅月(ノウム)蒼月(ティアラタス)も知っている人間ですよ」

「つまりは、友人か?」

「それに近い位置にいる顔見知りです」


 ヤツを友人の括りに入れるのは難しいだろう。

 これまでにやってきたことを考えれば、簡単にその枠組みに入れることができない。


 恐らく、水尾さんも真央さんも迷うと思う。

 二人が帰る場所を失ったのは、ヤツの国が原因なのだから。


 だが、以前と違い、水尾さんにとっては恩人と言えなくもない。

 そのために、ヤツをどんな位置づけにすれば良いのか分からなくなってしまうのだ。


 まあ、栞なら迷わず「友人」枠に入れてしまう気がするが……。

 いや、「友人」枠で留めて欲しいとオレは思っている。


「そうか。『紅い花』は本当に()()()な」


 だが、オレの微妙な反応から何かを察したのだろう。

 トルクスタン王子は仮面越しでも分かるぐらいにはっきりと笑った。


「まあ、何事もなければ良かった。寧ろ、あのタイミングで逃げ出して正解だったぞ。あのまま、会場にいれば、王族たちが取り囲んだだろうからな」

「そんなにですか?」

「ああ、舞台上にいた男どもが、周囲に命じていた。尤も、『紅い花』まで辿り着けたヤツがいなかったようだから、男どもを完全に撒いたお前たちの手腕は、本当に見事としか言いようがないな」


 まあ、簡単に後を追えないように、出入り口のあちこちに幻覚魔法が込められた魔法具を仕掛けて置いていたからな。


 お上品に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()は面白いようにそれに引っかかったことだろう。


「なかなか面白かったぞ。俺も舞台上に引き上げられたから、すぐ傍で報告が次々に聞けたのだ。休憩室とされている全ての部屋を開帳したヤツもいたらしいが、その男は傷だらけだったな」

「それは……」

「まあ、舞踏会の会場から離れて情事に勤しんでいた奴らも、赤っ恥をかいたらしいからな。まあ、合図もなく入室した方もされた方も散々だったというわけだ」


 トルクスタン王子は楽しそうに笑ったが、オレは笑えない。


 同情する余地などないが、いきなり、自分たちが楽しんでいる真っ最中に、その部屋を王族の遣いたちが無遠慮に開けるなんて、そこにいたヤツらも想定外だったことだろう。


 尤も、仮にも王城で、王族たちに仕えるべき貴族子女たちが、その王族から離れてナニをやっているのかという話でもある。


 ストレリチアだけでなく、この国も変態しかいない気がしてきた。


「その中に、()()()()()()()()()らしい」

「あ~」


 トルクスタン王子のもう一人の従甥も来ていたのか。

 まあ、今回は、この国全ての貴族子女に招待状を出していたのだから当然ではある。


 栞の婚約者候補の男とは実の兄弟であるはずなのに、随分と性格が違うのは、同じ血が流れていても、やはり、環境が人間を作ると言うことなのかもしれない。


「そのことで、第三王子がかなり、怒り狂っていた。自分の命令に従わずに、女を抱いていたところが気に食わなかったらしい」


 仮面舞踏会に参加していないことよりも、そっちに怒りを覚えるのか。


「国によってこうも王族の考え方は違うものなのだな」

「そうですね」

「俺は恵まれている。国の外に出て、つくづくそう思うよ」


 環境が人を変えると言うのなら、確かにそうなのだろう。

 堂々とした兄王子の陰に隠れ、国のことより薬のことだけを考えていたあの弟王子は、もういない。


「それも全て、お前たちに出会えたことが大きいのだろうな」


 そう言って、上位者の風格を纏い始めたトルクスタン王子は笑うのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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