ぶらぶらと歩く
「……お腹すいた」
本当に何の脈絡もなく、横にいた高田がそう口にした。
「唐突だな」
それまでの真面目な雰囲気を返して欲しいぐらいだ。
「種の保存的には大事なことだよ」
「お前は絶滅危惧種か? 種の保存ってより、お前の生命維持のためだろ?」
そう言いつつも、確かにオレも腹は減っていた。
考えてみれば、朝、食べたっきりでそれから何も口にしていない。
水尾さんや兄貴が寝ている高田をオレに任せて、さっさとここに来たのはその辺にあったとしたら……、ちょっと嫌だな。
「じゃ、めし処でも探すか」
「ここにあるの?」
「商人しかいない村でも食事をするところぐらいあるだろ」
それこそ生命維持のために。
まあ……、味についてはそこまで期待しない方が良いとは思う。
近くの露天商人に食事ができそうなところを尋ねると……、幸いなことに、選べる程度には種類があるようだ。
その1.
宿泊施設。
これは当然だろう。
素泊まりよりは食事付きの方が泊まる人数も増えると思われる。
だが、その分、高く付く。
そして、泊まって食事をする段階になるまでは、どんな料理が出るか分からない。
その2.
弁当や惣菜、保存食などの食事を売っている店を探す。
これは場所がランダムになる。行商人がそれぞれ売りに出すものだ。
決まった所にあるわけではないが、どんな物があるかを見ることができるし、使っている食材や香辛料などで、ある程度の方向性は予想できる。
その3.
食材を買って好きなように加工する。
つまりは自分でその辺りを使って料理しろと言うことだ。
正直に言えば、これが一番、ハズレがないだろう。
「食堂みたいな所はないんだね」
「あっても、決まった場所にはないんじゃねえか? ここはそ~ゆ~村なんだ」
「ん~。わたしは保存食でも良いけど」
そう言ってくれるのは嬉しいが……。
「せっかくだ。たまには、温かい地元料理を口にしたい」
別の場所に来たのだからその土地の物を食べたい。
料理をするのは好きだが、これは好奇心だ。
他人の味付け、料理法を知ることも大事だと思う。
そんな理由からグロッティ村でもちゃんと宿のメシは食った。
好みかどうかは置いておいて、他人が作る料理は、オレに作ることはできないのだ。
「そうだね~。九十九も毎回料理するのは大変だろうし」
そう言いながら、高田は辺りを見回す。
「あの辺に湯気? 煙? が見えるけど……」
「ああ、あれは煙だな。どうやら串焼きみたいだな」
「串焼き……、炭化しない?」
「焼きすぎなければ炭化しねえよ」
その辺りは人間界と変わらない。
魔界の料理で問題になるのは調理方法と味付けだ。
砂糖、塩、胡椒などと言った分かりやすい調味料などこの世界には存在しない。
さらに香草を含めた香辛料に手を伸ばせば、その法則を理解しない限り、かなりの確率で失敗する。
その点、単純に焼くだけなら調味料や油を使わない限りそこまでおかしな現象が起きない。
まあ、手をほとんど加えないものを料理と呼んで良いかは人によるが。
そうして、二人で歩きながら煙の発生源に着いた。
「本当に串焼きだね」
「お前、オレの話を疑っていたのか?」
「あの距離で判別できるなんて普通、思わないよ」
確かに煙を発見したのは少し距離があったが、自分の目と鼻が疑われた気がして少し複雑な気分になる。
「九十九はどれが美味しいと思う?」
「そうだな……。真ん中のロッキーニがかかったヤツと右端のラテスとパンガラの混ざったタレがついたヤツ」
「これと……これね」
そう言いながら、指し示すと高田がそれらを注文する。
支払いはオレだが。
「お客さん、なかなか通ですね」
そう言いながら、店員が包んでくれる。
「個人的にはロッキーニよりツマッツ単独の方が好きだけどな」
「あ~、分かります。でもツマッツはちょっとしたことですぐに味が変わっちゃいますからね。こうやって商品にして並べることは難しいですよ」
確かにツマッツは取扱いが難しい香草ではあるが、料理に使えないほどではない。
ちょっと一緒に扱う食材によっては酸味が強くなったり、悪臭を放ったりするぐらいで、極端な変化はない。
実際、オレは保存食にも使っている。
「ツマッツ?」
横にいた高田が串焼きを受け取りながら尋ねる。
「その辺りの森に自生している植物ですよ、お嬢さん。こんな草です」
そう言いながら、商人は下から植物を取り出す。
ここにあるところを見ると、どうやら、この商人は自分の食事用に持ってはいたらしい。
それを見せてもらったことに対して礼を言い、オレたちは店を後にした。
「九十九が持っている香草に似ていた……」
暫く歩いたところで高田がポツリと呟いた。
「……何故覚えているんだ?」
「いや、あんな松の葉みたいな特徴ある植物はあまり見間違えようがない気がするんだけど」
確かに。
それでも正直覚えているとは思わなかった。
眼の前にいる少女はそう言った魔界の植物に関心があるような印象を受けなかったからだ。
近くの長椅子に腰掛ける。
「九十九なら……、その『ツ』が多い植物の料理もできるんじゃないの?」
もう少し他に言いようはなかったのだろうか?
「できるよ。保存食に使えるぐらいの植物だ。串焼きならもっと簡単にできる」
「あの人に教えなくてよかったの?」
「通りすがっただけのオレが商人相手にそんな親切にしてやってどうするんだよ。値段をつけて売るものを作っている人間に、リスクを負わない素人が口を出すのは失礼だしな」
「……あ、そうか」
もっと食い下がられると思ったが、彼女はあっさりと納得した。
「レストランでお客さんが、シェフに料理を教えようとするようなものだね」
そんな高尚な場所や相手でもないのだが、言っていることはそんな感じだ。
法則性が難しい魔界の料理とはいえ、プロがド素人に何かを教わるなどあまり喜ばれることではないだろう。
「ちょっと席を外して良い?」
高田が持っていた二本目の串から肉が消えた時、彼女が不意にそんなことを言った。
「……? どこへ?」
「…………ご不浄」
なんとも言えない表情でそう答える。
「なんだ、トイレか」
オレがそう言葉を返すと、さらに複雑な顔をした。
「……まさか、ついてくる気?」
「変態か、オレは。近くまで行くだけだ」
魔法と言う自衛手段を持たない彼女をこんな見知らぬ他人の多い所で一人にするわけにはいかない。
自分としても少々複雑な心境であるが、ここは譲れないのだ。
「……まあ、仕方ないか。わたしも迷うと困るしね」
そう言って途中までの同行は許された。
周囲の石壁の四隅にそれぞれくっついている石造りの小屋。
これが、この村の公衆便所らしい。
宿泊施設内にもちゃんとした造りのものが多分あるだろうが、まだ宿泊すると決まっているわけではないので利用ができないのだ。
「使い方は大丈夫か? 外から呼ばれてもオレは助けられないぞ」
「なんとかなるでしょ。それに男女で違う可能性もあるからどちらにしても九十九を呼んでも意味はないかも」
それは……、確かに。
呼ぶなら水尾さんが正しいだろう。
いや、国によって便所の使い方が違う可能性もあるから呼んでもあまり意味はないかもしれない。
流石に便所に張り付いて待っているのは居心地が悪いので、近くの商店になんとなく目をやったら……、1人の商人と目があった。
薄い茶色の髪を後ろで纏めているその男は、その辺りにいる商人には珍しく中性的で整った顔立ちをしていた。
だが、一番、印象的なのはその大きく青い瞳だと思う。
そして、オレより背は高い。
これは仕方ない。
大丈夫だ。
オレにはまだ望みがある。
だが……。
「そこの兄ちゃん、何か買いまへんか?」
「は?」
その商人から飛び出した言葉は、どこか懐かしさを覚えるようなイントネーションだった。
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