気になる健康状態
「ところでなんだ? まさか、そんな世間話をするために、お前はわざわざオレを追ってきたのか?」
そんなはずはないと分かっていながらも、オレはそう確認する。
「先ほどまでの話を世間話で片付けられるのはあんたとアレぐらいだ」
そう言われても、オレにとっては世間話、日常会話の一つでしかない。
栞が無茶をするなんて今に始まったことではないし、この男が分かりにくい忠告をこちらにするのも、いつもの話だ。
しかし、誰が聞き耳を立てているか分からないとはいえ、栞を「アレ」呼ばわりするのはどうも複雑な心境になってしまう。
オレが狭量なせいなのだけど。
「あんたじゃなくて、そこの男どもを追ってきたとは思わないのか?」
「思わない」
紅い髪の問いかけに、オレは即答した。
「獲物を横取りされたんだぞ? 普通なら、取り返すために追跡したって考えるべきじゃないのか?」
「本気でそのつもりがあるなら、奇襲一択だろ?」
オレとこの男との魔力の差はそこまでない。
寧ろ、いろいろな王族たちと接する機会が多いオレの方が、感応症の効果で魔力が強くなっている可能性はある。
本来、こんなにも王族たちに会することはないのだ。
オレはそういった意味でもかなり恵まれているのだろう。
そして、この紅い髪の魔力、体力等が衰えているのは、オレでも見抜けてしまうほどだ。
つい先ほどまで、身体が呪いのようなモノで蝕まれていたのだから、それも当然だろう。
だから、栞がその身を心配してしまうのだ。
舞踏会会場では仮面で、ここでは夜の闇で誤魔化そうとしているが、その顔の疲労は隠しきれていない。
肌ツヤや、髪の様子から見ても、長い間、まともに食っていない可能性が高かった。
せめて顔ぐらい化粧でもしていれば、多少は誤魔化せたんだろうけどな。
栞はともかく、オレとここまで近い距離で話す予定はなかったから、その辺り手を抜いたんだと思う。
化粧は肌に負担がかかる行為だ。
疲労を隠すほどとなれば、相当な厚塗りをする必要がある。
だから、今の自分の状態を知られたくなければ、中距離や遠距離攻撃しかない。
だが、オレは王族たちとの立ち回りも経験しているため、それも容易ではないだろう。
オレの魔力が劣っていたとしても、魔法の種類、攻撃の手数の多さ、扱う道具次第で多少なら王族であってもその差を埋めることはできるようにはなった。
国王と呼ばれる規格外が相手でなければ、そこそこの抵抗は可能なのだ。
そうなると、オレに奪われたモノを再び奪い返すとしたら、それなりの労力を使うことになる。
だから、奇襲一択だ。
一番、無駄がない。
「その自信はどこから来るんだ?」
紅い髪は呆れたようにそう言うが……。
「逆の立場なら、オレはそうする。正面からお前の相手をするのは面倒だからな」
迷いもなくそう答えた。
この男に奪われたのが栞で、奪い返す機会がたった一度きりしかなければ、絶対に失敗はできない。
まあ、今の栞なら簡単に誰かに攫われるなんて……、今回は、格が違うヤツに連れ去られたのだから、仕方ないな。
しかも、栞を助けるための行為だ。
この国から離れているようだし、あの人なら、栞の身を危険に晒すことはしないだろう。
何気に人助けが趣味みたいなことをしているようだからな。
だが、実の子を放っておいて、他人の子を助けるのはどうかと思わなくもないが、母親の子に対する愛情なんて本当に人それぞれだ。
実の子を「ひよっこ」扱いして、その成長を確認するために嬉々として模擬戦を仕掛けようとする母親を持った身としてはそれを実感する。
「本当にあんたはそういうところ、誤魔化さないよな」
「あ? 今のどこに誤魔化す必要があったか?」
ないよな?
「……あんたのそういうところが、本当に俺は嫌いだ」
また光りやがった。
意外と、こいつはオレのことが好きらしい。
だが、どういうところだ?
よく分からなくて首を捻っていると……。
「俺のことをそれなりに手強いって認識しているところだよ」
「お前は手強いだろ?」
手強いし、面倒くさい。
負ける気はないが、確実に勝てると言い切れない。
一番、厄介なところは、先ほど精霊族に向かって告げた言葉からも、この男がどこぞの王族に連なる人間であることが間違いない点だろう。
そうなると、追い詰めた後の方が、かなり面倒になる。
一番良いのは相手にしないことだが、互いにそれはできない。
そうなると、やはり奇襲。
それも一撃必倒だ。
初撃で、確実に仕留める必要がある。
「よくもそう隠すことなく相手を認められるな?」
「状況分析は大事だろう? 相手を過小評価するのは阿呆のすることだ」
「本当にそういうところが苦手なんだよ。もっと俺を侮ってくれた方がやりやすいのに」
今度は嘘が混ざらなかった。
嫌いではないけれど、苦手意識を持たれているらしい。
それはそれで光栄だと思うが、それを口にすればもっと不機嫌になるだけだろう。
「まあ、確かに操り損ねて意識を飛ばしているヤツらへの興味など失せた」
気を取り直して、紅い髪は語りだした。
「だが、精霊族をよく、あっさりと眠りにつかせることができたな」
「ああ、ちょっと導かれし薬品を手に入れてな」
「薬かよ!?」
そっちに驚かれた。
オレとしては、「導かれし」の単語に反応すると思っていたのだが、違ったようだ。
「いや、導かれしって……ああ、そうか」
どうやら、「薬」の方が衝撃的だったらしい。
つまりは、栞が「音を聞く島」で作った薬品の一つだ。
例の識別魔法によると、栞が「ゆりかごの歌」を歌いながら混ぜ合わせた薬は高確率で、睡眠薬に変化したらしい。
そして、セントポーリアの城下の森にいた時に、全て識別させたのだ。
『【ルピエムの樹液を蒸し暑い空間にてラシアレスが祈りを込めながら混ぜ合わせた薬:ゆりかごの歌ver.】少量で眠らせる効果を持つ山吹色の液体』
……薬品名はそのままだし、名称の方が説明より長いし、いろいろツッコミどころしかないことは確かだった。
まあ、栞の識別結果は毎回、そんな感じだ。
天然モノに関しては、図鑑とそこまで大きな差はないが、薬や料理など、誰かの手が加えられたモノに対しては、妙な独創性が発揮されている。
まるで、どこかの誰かの性格が反映されているかのように。
因みに、兄貴に渡した識別結果報告書には「ラシアレス」部分を「聖女」に書き換えている。
嘘は書いていない。
まあ、兄貴のことだから、気付いているかもしれないけれど、何も言われていないし聞かれてもいないから問題はないだろう。
それ以外の薬も、栞が歌った歌の種類でその効果が当然のように変わっていた。
確かに調薬時の環境等が変化すればその効果が変わることは珍しくないが、それでも栞の場合はそれが極端で、顕著でもある。
しかも、本来、時間がかかるはずの調薬を、たった数分で完成させてしまう、栞の能力は相変わらず規格外だと言うしかなかった。
しかも、本来、ルピエムの樹液は、睡眠薬ぐらいにしかならないはずなのに。
「アレは、薬にまで手を出したのか」
「それだけ聞くと、誤解されそうだから止めてくれ」
まるで栞が覚醒剤依存症みたいに聞こえるじゃねえか。
「だが、アレが作ったのなら、精霊族に効果的なのは確かだな」
紅い髪は意味ありげに含み笑いをする。
だが、それには乗らない。
「いや、精霊族はもともと天然モノなら効果が出るだろ?」
確かに精霊族に薬は効きにくい。
だが、それは、人間の手が入ると、精霊族に効果が薄くなるだけのことだ。
そう言う意味では、栞の調薬は完全に世界の理から外れていると言っても良いのだろう。
「あ?」
「魔蟲殺しの樹液も加工前のものなら、あの島の精霊族たちにも効くことは確認済みだ。尤も、そんなことはお前たちも承知なのだろうけどな」
ルピエムの樹液は、もともと魔蟲殺しと呼ばれるほど強力な睡眠効果を持っている。
ただそれを人間に使うと強力すぎて、昏睡状態に陥ってしまうから、加工が必要なだけである。
だが、精霊族にはそれぐらいでちょうど良いらしい。
そして、コイツらはそれを知っていたはずだ。
そうでなければ、あの島の惨状には至らない。
あの島はそれ以外にも調薬の素材となる植物だけでなく、その植物自体が薬となる物も多く植えられていた。
だからこそ、島にいた精霊族たちは狂わされた。
理性が働かない、魔獣以上のケダモノと化していたのだ。
そのほとんどは、あの島に植えられていた植物の効果だと睨んでいる。
少なくとも、あのアリッサム城だった建物の中にいた精霊族の女たちは、あの島に生えていた植物の効能と思われる症状が出ていた。
植栽後に育った植物は天然判定を受けるのか、育てているのが精霊族自身の手によるものだったのかは分からないが、あの島に生えていた植物の効能は精霊族にも有効だったことは確かだ。
「そうなのか」
「あ?」
「俺は薬に詳しくはねえ。魔蟲殺しが植えられていたことは知っていたが、魔蟲以外の……、精霊族にまで効くことはまでは知らなかった」
あれ?
この男はそれを知らなかった?
それなら、オレは余計なことを教えてしまったのか?
「あのな~。自分を基準に考えるなよ? 人間は万能じゃねえんだ。全ての知識を自分と同じように有していると思うな。特に、薬なんて専門に研究していても謎の多い分野なんだ。人間に効くものならともかく、精霊族に効きやすいかどうかなんて試す気もねえ」
この紅い髪はそう言ったが、少なくとも、あの島には、その専門に研究しているヤツが関わっていることは確かだ。
そうでなければ、あれだけの種類の素材が植えられているはずがない。
それに実際、狂わされた精霊族たちも多くいたのだ。
それは例の精霊族たちを隷属させる言霊とは方向性が違う。
寧ろ、もっと悪質なモノだった。
「常識から外れているのは、アレだけじゃなかったんだな」
紅い髪はそう言って、わざとらしく大きな息を吐くのだった。
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