【第124章― 国の惑乱 ―】迷いの果ての結論
この話から124章です。
よろしくお願いいたします。
一時間にも満たない時間で、どれだけの大ごとが、あんな狭い場所で繰り広げられたことだろうか?
ただ、あのまま、放置することはできなかった。
命を獲られることはないだろうが、見知らぬ他人も同然の男から意のままに操られるなど、人並の神経を持っていれば、屈辱的な行為でしかない。
何より、栞がいない場で、自分の婚約者候補の男とその従僕の精霊族に手を出されたと知れば、彼女が心中穏やかでいられるはずがない。
結果として何事もなかったとしても、自分の甘さと迷いが引き寄せた災難だと我が身を責めるだろう。
オレとしては、それを避けたかった。
だから、割って入ることにしたのだ。
あの紅い髪がヤツらに気を取られている隙を突いて、「沈黙魔法」を使って、先に言葉を封じ、「閃光魔法」で視界を奪った上で、そのまま二人をひっつかんでトンズラしてやった。
まあ、すぐに居場所は掴まれているだろうが、それについてはどうでも良い。
この二人から、紅い髪の気を逸らすことだけが目的なのだから。
本当ならそのどさくさでぶん殴ってやりかったが、それは私怨でしかない。
そんなことをすれば、それこそ栞から怒られる。
それはそれで複雑な気分になるが、後々のことを考えれば、余計なことはしない方が良いだろうと、アレとかソレとかコレとかを全てのみ込んでやった。
因みに二人の救出について、兄貴からの指示は全くなかった。
だが、止められなかったのだから、一応、黙認はされたのだろう。
後で多少の説教はあるかもしれないが。
尤も、その救出劇も、紅い髪が万全であれば難しかったことは分かっている。
今回は運が良かっただけだ。
紅い髪が、栞にデカすぎる借りを作ったこと。
絶望的な状況から、僅かな延命措置をされて少し気が緩んだこと。
栞を攫ったのが、あの紅い髪も苦手としている相手だったこと。
そのために、彼女の命が保障されたこと。
御しやすい精霊族の血が流れているはずのヤツらが二人もいたのに、その結果が自身の想像と少しだけ違ったために、そちらに関心を示してしまったこと。
そして、オレがずっと動かず、静観していたこと。
そんな諸々が重なって、オレたちから注意が少しだけ逸れたのだ。
いつもの紅い髪なら考えられない失態でもある。
いや、それすらも計算されている可能性もあるのか。
あの紅い髪が、栞以上に執着する存在があるとは思えない。
だから、それらを邪魔し続けているオレや兄貴に対して僅かでも、警戒を緩めるはずがないのだ。
あえて、見逃したと考えるべきだろう。
あの場の収拾を付けるために。
栞の婚約者候補の男が誰よりも先に紅い髪の愚行にキレた。
それが全ての始まりだった。
魔力の暴走こそ起こしていなかったようだが、周囲に張っていた結界を慌てて強化したあの時、オレの判断は正しかったと思う。
いや、婚約者候補の男の気持ちは分かるのだ。
アレは許してはいけない行為だったのだから。
だが、同時に、あの紅い髪の気持ちも分かってしまうのだ。
自分の命の残り火が、既に、灰になろうとしている状況で、好きな女に触れることを望んで何が悪いのか?
首輪を付けられているオレだって、確実に、時を置かずして死ぬことが分かっているなら、栞に積年の想いを告げた上で自死を選ぶだろう。
それに近い覚悟が、あの時、あの紅い髪から感じたのだ。
その後、栞によって延命させられたようだが、それは結果論でしかない。
オレは、そんな命懸けの覚悟をまざまざと見せつけられても、なお邪魔することはできなかったのだ。
兄貴も同じ気持ちだったのだろう。
だから、動かなかった。
いや、動けなかった。
本当なら、主人を守るために動くべきだったと言うのに。
その婚約者候補の男の短絡的な行いを止めるために、精霊族の従僕が現れたのだ。
微妙に城の中とは言い難い場所に出ていたこともあっただろう。
そして、栞の「封印魔法」が行使されるまで押さえつけることにしたらしい。
それは、正しい判断だったと思う。
もしも、それ以前に邪魔されたのなら、あの紅い髪は助かっていないはずだ。
栞は少しずつ、紅い髪を試した上で、あの封印魔法を使うことを決めたのだから。
そこにはオレが知らない話もあった。
恐らく、リプテラで、例の「暗闇の聖女」から聞き出していたのだと思う。
それを黙っていたことも腹立たしいが、何の懸念も躊躇いもなく口にされていても複雑だったことだろう。
だから、アレを隠した栞の判断は間違っていない。
兄貴には言っていたかもしれんが。
栞の「封印魔法」は、十中八九、大神官からの入れ知恵だとは思う。
使ったのはお守りの法珠ではあるが、オレにも渡した法珠を使っての「封印魔法」とよく似ていたから。
それでも、気合が入り過ぎて、その出力調整にまで思い至っていなかった点は栞らしすぎて泣きたくなる。
どれだけ、強い想いをこめたのか?
オレが「迷いの森」でぶっ倒れたのは、魔法力、体力の回復が十分ではなかったことと、法珠の方がまだオレの魔力に馴染んでいなかったためだ。
万全なら、あんな無様は晒さない。
……多分。
今回の栞も連続で円舞曲を踊り続け、緊張も含めて、その体力と気力を削っていた状態であった。
6曲連続で、ほぼ休みなく踊り続けているのだ。
並の女なら、とっくにぶっ倒れている。
そして、その封印相手が相手なだけに、半端な想いでは足りないという懸念も大きかったはずだ。
そのために、生命力が低下に瀕するほど、ありったけの想いを全身からかき集めたのだと思う。
無茶しすぎだ。
だが、栞が止めなければ、例の「大いなる災い」とやらの解放が間近であった可能性もあるから、迂闊に責められない。
栞が、「聖女の卵」がその命を秤に乗せなければ、この世界は人知れず崩壊の扉を開いていた。
それが、これまでオレが栞の側にいて出した結論だ。
兄貴ならばまた別の結論を出している可能性があるが、これらについて、兄貴は多くを語らない。
だから、オレも客観的な事実しか伝えていなかった。
いや、もともと報告書に主観的な意見、自分の私見はあまり入れないようにしていた。
意見を求められたら口にするが、それだけだ。
そう言った意味では、情報共有はしているが、互いの考え方の共有は全くしていないことになるのだろう。
だから、オレに兄貴の考え方は分からない。
すぐ傍でぶっ倒れている二人を見る。
騒がれると面倒なので、移動魔法でここに来た直後、事情も説明せずに、とっとと眠らせたのだ。
あの紅い髪は、栞がいなければ、ここに来ることもなかっただろう。
ここに来なければ、栞の婚約者候補の男はともかく、その黒髪の精霊族がヤツに見つかることも、興味を引くこともなかったとは思う。
ある意味、栞の事情に巻き込まれたようなものだった。
その点についてはちょっとだけ気の毒に思う。
「隠れていた……んだろうな」
兄貴は知っているかもしれないが、オレはそこまでこの精霊族に興味を持っていなかった。
宿主とした相手との出会った時の話を聞いてから、何か事情があったとは思っていたが、まさか、アリッサムに縁があったなんて思っていなかった。
そうなると、例のアリッサム襲撃の時に、逃げ出したのだと思う。
アリッサムは王族たちすら知らない闇があった。
いや、王族たちが口を噤んでいた闇の方が正しいか。
真央さんは知っていて、水尾さんが知らない話だってあったようだし、その逆もあったらしいのは、二人の口から時々、漏れ聞いていることからも分かる。
当人たちはその自覚がないようだが。
魔法国家……、魔法バカたちが集まり、それぞれが好き勝手に動いていた国。
その結果、国が消えることに繋がったような気がするのは、オレの気のせいではないと思っている。
アリッサムの襲撃で、逃げ出したというのなら、精霊族たちを研究する組織があったということだろう。
ただ……「トムラーム」。
暗号?
隠語?
それとも、オレが知らない言語か?
少なくとも、その言葉にはあまり良い響きはしなかった。
兄貴なら知っているだろう。
後で確認しておくか。
その前に……。
「目は回復したのか?」
オレはそう声を掛けるのだった。
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