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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 弓術国家ローダンセ編 ~

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見苦しい感情

 分かっていた。

 この紅い髪の青年には勝てないと。


 だが、勝てないまでも一矢報いたいと思ってしまった。


 あの時、この青年の唇が、彼女の唇に一瞬だけ触れた。

 それを見ただけで、わけが分からなくなり……。


『落ち着け! この馬鹿主人!!』


 そう言いながら、どこからか現れた従僕(セヴェロ)によって、すぐ、地に押さえつけられた。

 俺が城外に出たために、その気配を察して近くにいたのか。


 その後も、いろいろ言われた覚えがある。


 相手とは格が違うとか、シオリ様が本気で嫌がってから行動しろとかそんな話だったと思う。


 だが、その間も、ずっとグルグルと先ほど見た場面が頭を回っていた。


 何度、打ち消そうとしても、繰り返し、しつこく再生される。

 まるで壊れた機械のように。


『あんたは昔、あの男に()()()()()()()()()()んだろ!?』


 そんな耳に痛い言葉を吐かれる。

 確かに、そんなこともあった。


 俺は人間界で襲撃を受けた時、全く魔法を使おうとしなかった女性に全て押し付けて、逃れようとしたのだ。


 結果として、俺たちは誰一人欠けることなく助かった。


 それでも、あの場でボロボロになりながらも、立ち続けた少女のことは、今でもこの目に焼き付いて離れない。


 だが、今はその時とは状況が違う。


 そして、セヴェロの言葉で、今、シオリ嬢の前に立っている紅い髪の青年が、俺たちの卒業式の時に現れた男の姿と重なる。


 ―――― あの男なのか!?


 同じように黒い服を着ていたが、あの時とは随分、雰囲気が違うため、すぐに分からなかったのだ。


 誰の目にも禍々しい黒い炎を幾つも無遠慮に放ち、彼女を翻弄していたあの男は、今、穏やかな顔をして笑っている。


 まるで、()()()()()()()()()()()


『シオリ様は笑っている。だから、今は大丈夫だ』


 あの時、震えながらもその全身に火傷を負いながらも、あの男の前に立っていた少女は、今、楽しそうに会話をしていた。


 まるで、昔からの友人に再会したかのように。


 あの日から三年以上の年月が流れている。

 その間に、この二人の間に何があったのかを俺は知らない。


 だが、はっきりと分かる感情がある。


 あの男になんとしてでも、俺の魔法を当てたい、と。


 その気持ちがどこから来たのかなんて分からない。

 どす黒くも見苦しい感情が俺を支配していることだけは嫌でも理解している。


 こんな感覚は、()()()()だった。

 もう二度と味わいたくないと思っていたのに、こんなにも自然と湧き起こってしまう。


 あの頃から、俺は全く成長していないということだろう。


 そして、これは「契約の間」にも集まってくる思念に酷く似ている。

 気を抜くと、取り込まれそうな強い負の感情。


『少し、様子を見る方が良いでしょう』

「だが、その間にもシオリ嬢が……」


 あの男は危険だ。

 三年前は起き上がれなかった。


 だが、今は違う。


 周囲に守らなければいけない存在はなく、逆に守りたいと思うようになった存在が、あの男の目の前にいるのだ。


『シオリ様の身に危険がありそうなら俺が割る。冷静でなく魔力暴走をいつ起こしてもおかしくない今のあんたは寧ろ、邪魔だ』


 セヴェロは俺を押さえつける力を弱めようとしない。

 それだけ俺の状態が普通ではないということなのだろう。


「分かったから、離せ」

『あんたを離すのは、もう少し落ち着いてからだ。まだその状態じゃ危険だからな』


 セヴェロは以前、シオリ嬢に触れたことがあった。


 そのために、俺よりもずっと彼女の事情を知っていることは分かっている。

 だから、あの紅い髪の男についても知っているのだろう。


『あの男のことがそんなに気になるなら、後からシオリ嬢に聞けば良いじゃないですか』


 そんなことができるはずがない。

 彼女の内面に踏み込む行為だ。


 俺にそこまでの権利はない。


『自分の事情はベラベラ喋ってるんですから今更でしょう?』


 呆れたようにセヴェロはそう言った。


 自分のことを知られても良い。

 シオリ嬢はそれぐらいでは離れることはないと分かったから。


 だが、彼女の()()()()()()()()()のだ。

 人間界で魔法を使うことができなかった少女が、たった三年で俺の魔法を凌ぐほどになった。


 そこに何もないとは思わない。


 俺が一人で家の地下に引き籠って自分だけの世界を作って満足していた間に、シオリ嬢は世界を広げたのだと思う。


 自国の王族に追われながらも、人間界という異世界で魔界人を襲撃しようとするような男とも笑い合えるようになって。


 あんなに強い輝きを放つ女性はそう多くないだろう。


 桜やヴィーシニャのように儚く散る花ではない。

 太陽(眩しい光)に向かって咲く大輪だ。


『まあ、本人の口から聞きたいなら、このまま会話を盗み聞きすることをお勧めしますね。どうも、あの男の事情も、複雑そうだ』

「いや、それは……」


 流石に失礼だろう。


『分かりました。あの男を()()()()()()()。その()()()()()()()()()()()()()()()()としても、それはあんな目立つ場所で()()()()()()()()()()()()()()()()です』


 あんなに目立つ場所。


 そうなのだ。


 だが、誰もあの場所に立ち入らない。

 あの二人の会話を邪魔する様子がないのだ。


 シオリ嬢があの紅い髪の男に手を引かれて、会場から出たことはあの場にいた人間たちなら誰もが目撃していたはずなのに、俺以外誰も、その後を追ってこなかったらしい。


 そこが不思議だった。

 舞踏会で、あれだけ注目されていたというのに。


 仮面をつけていたにも関わらず、国王陛下とのアクロバティックな円舞曲(ワルツ)、次々と誘いが途切れず、さらには誰も踊ったことのない円舞曲(ワルツ)をあの紅い髪の男と踊ったのだ。


 そんな女性に誰も目をつけないはずがない。


 だから、その後を追った。

 そんな不躾な視線から彼女を守りたくて。


 だが、俺以外にも追おうとしていた気配は幾つもあったのに、会場から出た途端、その気配は全てなくなってしまったのだ。


 それも不自然なほどに。


『アーキスフィーロ様はその辺りの感覚が鈍いですよね。これは他者と接していなかったためなんだろうな~』

「何の話だ?」

()()()()()()()人除けと、魔力漏れ防止の結界ですね。まあ、物理的に排除された男たちもいるようですが』


 セヴェロは少しだけ俺を押さえつける手を緩めながらそう言った。


 だが、視線はあの二人に向けられている。

 この精霊族にとって、興味深い話をしているらしい。


 物理的に排除されたということは、あの紅い髪の男の配下によるものだろうか?


 シオリ嬢の護衛として働いてくれている専属侍女たちは残念ながら、今日は連れてくることができなかった。


 そう言えば、あの紅い髪の男は、卒業式の時もかなりの人間に指示をして、あの場を元通りにしていた。


 どこの国かは分からないが、身分は低くないのだろう。


『あ~、あの男。アーキスフィーロ様のこと()、分かっているっぽいな』

「何の話だ?」


 この距離では聴覚強化をしない限り、俺には聞こえない。


 だが、そんな魔法を使えば、シオリ嬢に見つかってしまう気がする。

 俺と違って、彼女は鈍くないようだから。


『アーキスフィーロ様が、異性に慣れていないから、意地を張るのも難しいだろうなって話ですよ』


 異性どころか、他人に慣れていないことは認める。


 だが、意地とはなんだ?

 あの二人は何の話をしている?


 だが、聴覚強化を使う気にはやはりなれない。

 それでなくても、今の状況は覗き見行為のようなものだ。

 だから、余計なモノも見てしまうことになる。

 始めから何も見ず、何も聞かなければ、後悔することなんて何もないのに。


『ところで、タンポポって何ですか?』

「人間界の花だな」

『シオリ様に似ていますか?』


 どうやら、あの男はシオリ嬢をタンポポに例えたらしい。


 そう言われて考える。

 明るく元気なイメージは重ならなくもない。

 小さくて、逞しい花でもある。


『ああ、人間の男に対する考え方は理解できますね。ヤりたいと思った時に、そこに手頃な女性がいたら、大半、我慢しませんからね』

「何の話だ!?」


 何故、女性と話をしていて、そんな話題になるのか?

 しかも、相手はあのシオリ嬢だというのに。


『おや、シオリ様は、アーキスフィーロ様のことを信頼しているようですよ?』

「どういうことだ?」


 シオリ嬢が俺のことを信頼している?


『あの男が言うことに反論しています。こういう時、女性に本性を隠すムッツリ系の男は信用されやすいですね』

「だから、何の話だ!?」


 信頼、信用されていることは素直に嬉しいが、その話題の方向性が良くないことは分かる。


 これは罠だ。

 セヴェロはあの二人の話を俺に聞かせたいらしい。


 だが、ここで覗き見の上、盗み聞きまでしてしまったら、その信用や信頼を裏切ってしまう気がする。


『シオリ様は気にされないと思いますけどね。ボクが心を読むことも平気そうですし』


 確かにその辺り彼女は大らかだった。

 多分、裏表が少ないのだろう。


 話してもらっていないことは多い。

 だが、それは俺が聞こうとしないからだ。


 踏み込んで、彼女を知ると、逃れなくなる気がしているからだ。


 少しだけ。

 本当に少しだけ、()()()()()してみる。


 だが、俺はすぐに後悔することになった。


「わたしを抱けば、その命が助かるのなら、あなたはどうする?」


 聞き覚えのある声が、()()()()()()()()()()、そんな問いかけをしたのだから。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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