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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 弓術国家ローダンセ編 ~

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利己的な理由

 何が起きたか分からなかった。


 まるで、高熱に浮かされるかのように聞き覚えのある言葉を繰り返しただけ。

 それだけで、シオリから信じられないほどの神力が放たれた。


 ヤツらが周囲に頑強な結界を張っていたにも関わらず、それらをぶち破る勢いだった。


 いや、破れてはいない。

 どんな手段を使ったのか、あの気配は完全にこの場に封じ込まれていた。


 シオリを含め、その周囲は呆れるぐらい規格外が揃っていやがる。


 そして、黒髪の女が、俺の腕の中で崩れ落ちる。


「シオリ!?」


 それも、信じられないほど生命力が落ちた状態で。


「ごめん……。やっぱり、神さまには……、勝てない、みたいだ」


 俺の腕の中で、か細い息と声を吐きながら彼女はそう言った。


 少しでも勝とうと思っていた事実に驚く。

 何も知らなかった三年前ならともかく、いろいろな知識を身につけた後だというのに。


 俺は諦めたのに、彼女は諦めなかった。


 そんなシオリは、息も絶え絶えだというに、悔しそうに歯がみをしている。


 だが、息も意識もある。

 そのことが安堵させる。


「勝つつもりだったのか?」

「負けるつもりがあれば、絶対に勝てない」


 それは道理だ。

 僅かでも迷えば敗因に繋がる。


 だが、そんな盲目的な気持ちなど、並の人間が持てるはずがないというのに……。


「なんで、そこまで……?」


 そこが信じられなかった。


 あんなことをすれば、こんな状態になることはこの女自身も予想していただろう。

 そこまで愚かだとは思っていない。


 だが、その結果、魔法力の枯渇よりも酷い状態となっている。


 それも当然だ。

 アレは、()を削る行為だった。


 身体に宿る生命力を力に変えて、神に近付こうとする禁呪の域。

 

 だけど、そこまでしなければ、人類(只人)は、神にその手が届かない。

 聖女と呼ばれるような女でも、その身はただの人間なのだ。


 神の力の一部を分け与えられていても、それを扱うには(肉体)の強度が足りないのである。


 分不相応な力だということなのだろう。

 それを証明する出来事でもあった。


 そして、この女が俺に対してそこまでする理由などはない。


 キスした時に魔気の護り(自動防御)で拒絶されなかった時点で、嫌われてはいないことは間違いないが、命を懸けられるほど想われているかは疑問が残る。


「利己的な……、理由、だよ」

「あ?」


 利己的?

 この女が?


 自分のことでは滅多に動かないのに?


「あなたが、いなくなれば、()()()()()()()()()()は、どう、なるの?」


 その言葉に電撃を浴びたような気分になる。


 ああ、そうだな。

 やはり、自分が理由ではない。


 そんな考え方は、利己的とは言わないのだ。


 そして、この女が言う通り、俺が消えたら、()()()()()()()()()()も無事でいられないのは確かだ。


 今はまだ肉体には手を出されていない。

 毎日のように異様な光景を見せられ、獣のような声を聞かされ続けても、その心が折れないのはそこもあると思っている。


 だが、それが我が身にふりかかれば、そんな目にあったこともない深窓の姫として育てられたアリッサムの女王陛下の心は、今度こそ壊されるだろう。


 尤も、同時に、その時は、()()()()()()()とは思っている。


 世界最凶の魔力暴走だ。

 それは神に手が届く魔力(ちから)であることは想像に難くない。


 だから、それだけは避けたかった。

 俺が、国の誰もがアリッサムの女王陛下に手を出せないようにしているのもそんな理由からだった。


 国の人間などどうでもいい。

 だが、あの地は壊したくない。


 聖女が神を封じるに相応しいと選んだ国。


 そこに何の意味もないはずがないのだ。

 だが、王たちも他のヤツらはそれを知らない。


 だから、平気で馬鹿なことをするのだ。


「もって、二年……なら、わたしが、動かなくても、先輩たち、動く」


 それも分かっている。


 アリッサム城をあんな状態にした国を許せるほど、お行儀の良い姫さんたちではない。

 必ずや突き止めて、焼き尽くすための牙を研ぎながら、その機を狙っている。


 そして、それをこの女は止めないだろう。


 友人ではある。

 だが、その行動を制限するような性格でもない。


 そうなれば、嫌でも関わってくる。


 そんな女だと分かっているから、止めたかった。

 それが無駄だと分かっているのに。


「だから、()()、抗って……」


 そんな勝手なことを言いやがる。


 だが、それを可能にしてしまった。

 先ほどまであった泥の気配が薄れている。


 完全に封印されたわけではない。

 しかも、器は俺自身の肉体である事実は変わっていない。


 だけど、影響力は確実に落ちている。

 少なくとも、数年は落ち着いてくれるような気がした。


 まあ、ただの錯覚かもしれないし、国に戻れば、また活力を取り戻しやがる気もするが。


「残酷なことを言っている自覚はあるか?」


 苦しみを先に延ばしただけだ。

 結局、いつかは訪れる未来は避けられない。


「自覚、ある……」


 声が萎んでいく。

 気分が落ちているのではなく、身体が休養を取ろうとしているようだ。


「だけど、諦めて、欲しく、ない」


 だから、抗え、と。


 本当に残酷な女だ。

 抗ったところで、この未来に俺が望むようなものは、何もないのに。


 腕が少しずつ重くなってくる。


 当然だ。

 この状況で会話を続けようとするこの女がおかしい。


 どれだけ精神力が強いのか。


 見た目はちっこくて頼りないのに、その実、何度言われても一歩も退かなかった。


 挙句、こんな状態だ。

 本当にアホとしか言いようがない。


 気付けば、あの犬たちもよく躾けられたものだ。


 少し前なら、最初のキスの時点で飛び込んできてもおかしくなかった。

 それなのに、主人がこんな状態になっても、まだ()()している。


 まあ、()()()()()()()()もあるからだろう。


 この周囲には、覗き見が好きな奴らが多くて本当に困るな。

 おかげで、微妙に本心を隠した会話を強いられることになった。


「そろそろ、意識を飛ばせ。お前の言い分は分かったから」


 俺がそう言うと、シオリは無言で首を振る。

 その顔色は酷く蒼い。


「返事、聞いて、ない」


 どうやら、それを聞くまで、意識を飛ばさないらしい。


 放っておいても飛ばしそうではあるが、そこまで、言われて応えないのも、どうかという話だ。


 これだけのことをされて心を揺らされないヤツなんていないだろう。


 本当に、どこまでも、残酷な女だ。


「抗うよ」


 自分から出たとは思えない種類の声が出た。


 それは、思わず前言撤回をしたくなるほど、どこかの護衛のような声だった。


「そっかあ……」


 たった一言だけだったというのに、それだけで満足したシオリは、あっさりと意識を手放す。


 ズッシリと人一人分の重さが、感覚のなかった左腕に圧し掛かる。

 それを支えるぐらいの力も感覚も戻ってきていることにも驚くしかない。


 どれだけ、信用されたのか。


 いや、何も考えていないだけだな。

 勝手に友人枠に入れられた気分だった。


 甘いことだ。


 自分の魔力も弱っているけれど、それでも、この女を攫うことぐらいはできるし、それ以外のことだってできると言うのに。


「仕方ねえな」


 それでも、救われた恩ぐらいは返すべきか。


 その前に……。


「ありがとう」


 ごく自然に、そんな言葉が口から紡ぎ出され、顔を近付けると……。


 ()()()()!()!()


 どこか懐かしい感覚をその身に浴びて、空中にふっ飛ばされる。


 どうやら()()()()()()()()()()()らしい。


 あんな状態で空気砲を放つほど拒まれるのは複雑だが、意識がないこの女の方が、警戒心も敵対判定も厳しいらしい。


 さらに、別方向から殺気を覚えた。


 どうやら、()()()()()()()()()()()()()()らしい。


 慌てて空中で身を翻すと、先ほどまで自分が舞っていたその少しだけ先に光速の何かが横切った。


魔法封じの矢(プファイル)……」


 しかも、その弾道的に、本気で中てるつもりだったようだ。


 相変わらず、あの番犬は遠慮と容赦という言葉を知らないらしい。

 だが、駄犬の方は今も動かない。


 その不自然さが気になった。


 先ほどまで自分がいた方向に目を向けるが、そこには黒髪の女が倒れているだけで、気配もない。


 いや、違う。

 ()()()()()()()()()()()があった。


 いつの間に……?


 だが、その正体に気付いて、納得したと同時に()()()()()()()()()()


 逃げられるわけがない。

 シオリがその人ではないモノの腕に抱かれていたのだから。


『全く、無茶が過ぎる』


 そんな声が聞こえた。


『悪いけど、二、三日預かるよ。死なせたくないなら、承諾しな』


 そんなことを言われて「承諾」以外の言葉を吐けるはずがなかった。


 恐らく、俺だけでなく、周囲にいる人間たちにも聞かせたのだろう。


 そして、言うことだけ言って、とっととその姿を消す。

 ……その腕に抱えた黒髪の女ごと。


 そして、後に残った奴らは後始末に翻弄されることになるのだろう。

 まあ、その点に関しては、俺の知ったことではないが。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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