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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 弓術国家ローダンセ編 ~

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最後の戯れ

 何が起きたのか、理解できなかった。


 ライトの整った顔がもの凄く近付いたかと思うと、一瞬だけ唇に柔らかな何かが触れて、すぐ離れた。


「へ?」


 思わず、自分の唇に触れる。

 感触が残っているわけではないのに、その感覚が抜けない。


 わたし……、今……?


 ―――― ライトから、キス……、された?


 その事実を理解して、すぐに、()()()()をする。

 影も形も見えないが、動く様子はなかった。


 見ていなかった?

 いやいや、そんなはずはない。


 こんな状況で、彼らがわたしから目を離すことはないだろう。


 そうなると、見逃された?

 多分、こっちだと思う。


 後で、二人から、お叱りを受けることは間違いない気がした。

 完全なる油断である。


 わたしは自分でも呆れるぐらいあっさりと、ライトにキスされてしまったのだ。

 避けることも考えられなかった。


 ただに覚えているのは、紫水晶のような瞳が、わたしの目の前で閉じられたこと。


 ―――― ああ、絵に表せないほど綺麗な瞳なのに、閉じるなんて勿体ない


 そう思った瞬間、自分の唇に彼の唇が当たったのだった。


「いや、()()()()()()()が違わないか? 今のお前が立場上、気にすべきは()()()()()()()だろ?」


 そして、その相手はそんな呑気なことを口にした。

 わたしの唇に触れたその口で。


「いきなりキスしておいて、何を言う!?」

「好きな相手の唇を奪って、何が悪い?」


 悪びれた様子もなく、そんな言葉を返される。


「わたしは合意してない!!」

「キスの予告なんて、今時、中学生でもしねえよ」


 え?

 そうなの?


 その辺り、経験がないからさっぱり分からない。


「いや! 中学生はそう簡単にキスなんかしない!!」

「そりゃ、男に縁遠かったお前の体験談だろ?」


 どこか呆れたように言うライト。


「それにお前もキスぐらい初めてってわけではないだろ? それに舌を突っ込んだわけでもないんだから、軽い(Little)キス(kiss)ぐらいでいちいちグダグダ言うなよ」


 確かに初めてではない。

 初めてではないのだけど……。


「それでも、酷いものは酷い!! ぐだぐだ言って何が悪い!?」


 少し前ならともかく、今更、キスに憧れがあるわけではない。


 既に九十九と何度もしていることだし、ソウからもされたことはある。


 だけど、今、この人とするのはなんか、違う。


「あ~、悪かった」

「軽い!!」

「じゃあ、どうしろって言うんだよ? 責任取れってか!?」

「そうじゃない!! そうじゃないんだよ!!」


 自分でもどうしたいのか分からない。

 キスされて怒るよりも、もっと何か別の感情が渦巻いているような、そんな変な感覚がある。


「好きなヤツにキスして何が悪い? ここで犯そうとしなかっただけマシじゃねえか?」

「こんな所でそんなことされてたまるか!!」


 流石にそれは全力で抵抗させていただく。


「そうか? 休憩室とかで既にヤってるヤツらいるぞ。それ以外なら、中庭か? 随分、()()()()()()()がいるっぽいな。ボールガウンは脱がせにくいから、着衣系が多いようだ」

「そんな情報要らんわ!!」


 ……っていうか、見えているの!?


 王城の中庭はまだ行ったことはないが、少なくとも、ここから見えるものではない。

 この露台(バルコニー)から見えるのは、城下の明かりだけだった。


「それに、そんな所でそういうことをするのって……、多分、合意でしょう? 意味が違うよ」


 そんなことをしたくなる気持ちは分からないけれど。


 休憩する部屋は王城の一部なのだ。

 そして、中庭の方は……、うん、よくやるなと思う。


 そんなところでわざわざしなくても、別の日に別の場所に行けば良いと思うのはわたしだけだろうか?


「……まあ、確かに()()()()()な」


 ライトが城下の明かりを見ながらそう言った。


 今、その紫の瞳には何が映っているのだろう?

 少なくとも、町の明かりを楽しんでいるようには見えなかった。


「先ほどのキスも、俺にとっては()()()()()だ。少しぐらいは見逃せ」

「最後って……」


 そんな縁起でもない。

 戯れという言葉よりもそちらが気になって、怒る気が完全に失せてしまった。


「最後だ。さっきの腕を見ても、俺にまだ時間があると思うか?」


 そう言われると、言葉が続けられなくなる。


 さっきまでは分からなかったけれど、左腕を見せられたことで意識してしまったのだろう。

 今、ライトからはその全身から変な気配が漂っているのが視えるようになってしまった。


 多分、そのえんび服か、下に着ている服に封印系のモノが施されているのだと思う。

 魔法ではなく、法力系っぽいから、その詳細はわたしには分からない。


 だけど、それも時間稼ぎにしかならないようだ。


 黒い蛇のような、炎のような気配は、彼の全身を内側から蝕んでいる。


「左半身は既に浸蝕は完了し、右半身も結構な状態だ。見た目が無事……と言えなくもないのは、このツラぐらいらしい」


 ライトは自分の頬を軽く叩きながら自嘲気味にそう言った。


「もう少し見てみるか? お勧めは下半身だ。かなり黒々してるぞ?」

「いや……、見たくない」


 見ると認めるしかないから。

 彼がもう駄目だって分かってしまうから。


 そんな状態だって分かっているのに、どうして、わたしは後、一歩が踏み出せないのだろう。


 知っている人に会えなくなる辛さはもう知っているのに。


「もし、ソウなら、お前はそんな顔をしなかったか?」

「え?」


 不意にそんなことを言われて顔を見た。


()()()()()()()()、俺ではなくソウだったなら、お前はもう少しマシなツラを見せていたか?」

「どうだろう? それは分からないかな」


 そこにどんな事情があるかは知らないけれど、ソウは消えて、ライトが残った。


 だから、ここにいたのがソウだったとしても、どんな顔をしているかは自分でもよく分からない。


「そうか……」


 また沈黙。

 だけど、じっと見つめられている。


 その赤紫の瞳がわたしを捉えていた。


 この人はいつもそうだ。

 何かを言いたそうにわたしの顔を見るのに、結局、いくら待っても何も言ってくれない。


 どうでもいい話はいっぱいするのに、その本音は隠そうとする。

 そんなところは、ソウとよく似ている気がした。


()()()()()よ」

「へ?」

馬子(Clothes)にも( make )衣装(the man.)だな」

「よく分からないけれど、馬鹿にされたことはよく分かった」


 一瞬、褒められたのかと思ったけど、それならそんな表情にはならないだろう。

 明らかに揶揄われたのだと思う。


「お前、本当に文字は読めるし書けるのに、ヒアリングは駄目だな」


 わたしに通じていないことが分かったのか、ライトは肩を竦めた。


「いきなり自動翻訳を切り替えられたら分かんないよ」


 それだけヒアリングは脳内翻訳に頼り過ぎているってことだろう。


 大陸言語自体は読めるようになったし、書けるようにもなっているけれど、彼らのように意図的に、言語を切り替えられる人たちの言葉は相変わらず分からないままだ。


 発音が良いってことしか分からない。


「『馬子にも衣装』って言ったんだよ。『Clothes make the man.』。直訳すると、『服が人を作る』。まあ、見た目がよければそれなりに見えるって意味だな」

「それはどうもありがとう」


 なるほど、実に彼らしい言葉だと思った。


「何故、礼を言う? 日本語の方は意味が分かっているよな?」

「うん、分かる。でも、すっごく、遠回しだけど、あなたなりに褒めてくれたんでしょう? 今日のドレスは和風っぽくて綺麗だからね」


 くるりとその場で一回転すると、円舞曲(ワルツ)映えするドレスは綺麗に花開いた。


「いつの間にか、そんなボールガウンも着こなす女になったんだな」

「ぬ? これは侍女たちの努力の賜物ですよ」


 わたしだけではこんなに素敵な仕上がりになっていない。


「それは侍女たちに臨時ボーナスをやるべきだな。見事なものだ」


 ライトは改めてまじまじと見る。

 今さらながら、ちょっと気恥ずかしい。


「わたしもそう思うけれど、あまり受け取ってもらえないんだよね」

「褒美はやっとけ。対価がなければ、人間、動かん」

「だよね~」


 それは分かっているのだけど、あの侍女たちに何を上げれば良いのだろう?


「駄犬や番犬なら、それこそお前の口付けだけで喜びそうだが、女にそんなモノあげても喜ぶのは、リプテラにいるお前の後輩ぐらいだ」


 おや?

 この口ぶりだと、もしかして、彼は知らない?


 わたしの侍女たちがあの護衛たちだってことを。

 まあ、話を聞いた限りでは、それどころではなかっただろうからね。


 そして、どうやら、リプテラにいるアックォリィエさまのことはご存じらしい。


 いや、アックォリィエさまもそういった対象としては見ていないって言ってはいたから喜ばないとはおもうけどね。


「まあ、侍女たちに直接、聞いてみる。やっぱり、お仕事でも御礼は必要だよね」


 遠慮されるかもだけど、やっぱりわたしは二人に何かしたいと思っているらしい。


 でも、護衛たちなら口付けって……、どれだけ尊大なご主人さまなんだろうね?

 彼らはそんなもの望まないと言うのに。


 愛されている自覚はあるが、わたしがそういった対象ではないことをわたしは嫌というほど知っている。


 でも、それはそれとして、改めて、侍女たちに御礼をしなければと思うのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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