その反応こそが
一瞬で、頭が真っ白になった。
え?
今、目の前の紅い髪の青年はなんて言った?
―――― 俺は、高田栞を愛している
……?
…………??
………………!?
「え?」
「聞こえなかったか?」
「い、いや、聞こえてた……けど……」
なんで!?
意味が分からない。
だけど、顔だけは妙に熱い。
頭はまだ整理できていないのに、どこかで受け入れているような……、そんな変な感じ。
「ああ、そうだ。その反応だな」
「え?」
「いや、俺が知る『高田栞』の反応だと思ったんだよ」
ど、どういうこと!?
え?
知らない「高田栞」の反応もあるの?
訳が分からない!!
「お前そっくりな女に同じ言葉を告げた時は、無感情な言葉が返ってきた」
「いや、そっくりな女って何!?」
しかも、同じ言葉って、さっきの!?
わたしのことを好きってやつ?
それとも、その相手には単に好きとしか言ってない!?
「まあ、気にするな。アレは確かに俺も悪かった」
「凄く気になるんですけど!?」
寧ろ、自分に関する話で気にするなという方が無理ではないですか!?
「そんなことより、返事を寄越せ」
「はい?」
「俺はお前に好きだと告げた。その返事だ」
「いきなり過ぎませんか!?」
告白の返事ってそうすぐできるものなの?
「俺には時間がない」
そう言いながらライトは、自分の左腕を捲る。
「あ……」
そこには…………、黒い蛇が巻きついたような、黒い炎のようなよく分からない刺青に似た模様が刻み込まれていた。
「これは……?」
そう尋ねる自分の声が震えてしまったのはよく分かった。
「こんな事情だ。今後、会えるとは限らん。この模様は既に、俺の左半身を染めている。直に右半身も染まるだろう」
「そんなっ!?」
もし、染まったら……?
わたしの脳裏に何か黒い影が浮かんだ気がした。
―――― 悍ましい気配を放つ死の影が、次々に、生きている人間たちを呑み込んでいく。
―――― 弱き者、倒れた者を食らい、育ち、やがて…………。
「シオリ!!」
強く肩を掴まれた。
「お前まで、アレに呑み込まれるな」
「あ……? なんで……?」
「ヤツは魂を泥に染めるために思考を侵す。胸糞悪い映像を何度もその頭に叩き込んで、心を折ろうとしやがるんだ」
その言葉で、ライトがそんな目に遭ってきたことも理解する。
それでも、この人は折れなかった。
「やはり、今の俺が人間に近付くのは良くなかったな。だが、単純に近付いた人間を泥に落とそうとしただけなら、まだ大丈夫だ」
さらに続けられた言葉で、今、この人の側には誰もいないことを知る。
「いつから?」
「あ?」
「いつから、あなたの側には誰もいないの?」
もう互いに仮面は外している。
周囲は暗いが、それでも、近くにいる相手の表情が分からないほどではない。
だから、ライトの顔が驚きに染まったことまでよく見えてしまった。
「もう覚えていない」
以前、「ゆめの郷」で会った時はまだ大丈夫だったと思う。
少なくとも、わたしが寝ている横で、九十九と二人で酒盛りをした話を聞いている。
だけど、あれから何カ月経った?
「時間の感覚があまりなくてな。お前と最後に会ったのが、いつだったかももう分からない」
「そんな……」
前からそれとなく聞かされてはいたのだ。
彼の身体には、わたしと同じように「神の執心」に似たモノがあることを。
だけど、わたしの進行は止めることができているのに、ライトの方は直接、入り込んでしまったために、大神官でも、止めることができないらしい。
「お前がそんな顔をするな。お前は何も悪くない。悪いのはクソ親父だ」
「でも……」
「それに、偶々、俺の方が取り込んだから、ここまでお前を守ることができたんだ。親父に入り込んでいたら、今頃、お前はヤツに魂を染められていたと思う。そういった意味では親父に感謝していると言えなくもない。言いたくもないがな」
それは、彼がずっと抗っていたから。
「だから、もう、お前は俺の国を探そうとするな」
「――っ!?」
思わぬ言葉に、わたしは何も言えなくなってしまう。
「あの建物が見つかった時点で、情報国家が探し出すのに時間はかからん。もって二年だ。だが、見つけても、知人からその詳細を聞き出そうとするな」
「それは、できない…………」
「身近な友人たちの無事を喜べ。それ以上を願うな。求めるな」
この人が本当に伝えたかったのはこっちではないだろうか?
なんとなく、そう思った。
情報国家の国王陛下と手紙のやり取りをする際、アリッサムのことが分かったら少しでも良いから教えて欲しいとお願いしたのだ。
最近のアリッサム城だった建物が大聖堂によって発見されたことも、情報国家の国王陛下からも伝えられている。
その文章がどこか含みのあるものだったから、もしかしたら関わったことはバレているかもしれないのだけど。
「ああ、友人の無事と言えば……、あなたが、その友人を守ってくれたんだってね?」
「あ?」
「例の建物で会ったんでしょう? そして、守ってくれたって聞いたよ。わたしからも御礼を言わせて。ありがとう」
本当なら、顔を見て最初に言わなければいけないことだった。
でも、なんとなく、どこかで御礼を言っている気がして、先ほどの言葉を聞くまで忘れていたのだ。
わたしは、恩知らずなのかもしれない。
「あれは偶々だ。それに、実質護ったのは俺ではなく……、駄犬だ」
「でも、あなたが助けなければ、間に合わなかった可能性もあったんでしょう? それなら、やっぱり御礼は言わせて?」
水尾先輩の話では本当に間一髪だったらしい。
九十九は確かに来たけれど、ギリギリ間に合わなかった可能性はあったとも言っていたのだ。
「本当にありがとう、ライト」
わたしがそう言うと、彼は顔を逸らした。
素直に聞き入れてもらえないと思ったけど、思ったよりはちゃんと受け入れてくれたようだ。
その証拠に、耳が少しだけ、髪の毛の色に近くなっている。
ちょっと珍しい。
激レアな表情だ。
「俺はちゃんと警告したからな? その無事だった友人たちを護りたいなら、近付くな」
横を向いたまま、夜の闇を見つめながら、ライトは小さくそう言った。
「でも、あの人たちのお母さんはまだ生きているのでしょう?」
だから、先輩たちもまだ探している。
このローダンセに来てからも、それ以前からもずっと、僅かな手掛かりを求めているのだ。
「俺のコレが本格始動したらそれも分からん」
「そんなことを聞かされて探すなって無理じゃない?」
水尾先輩がこの人から聞き出した話では、あまり良くない環境に置かれているらしい。
そんな話を聞いたなら、助けたくないはずがない。
「百歩譲って、お前の友人たちが探すのは理解できるが、お前が関わる必要はない」
「でも……」
わたしがさらに反論しようとすると……。
「じゃあ、こう言えば理解できるか? それでお前に何かあったら、その友人たちが傷付く。それ以上にあの犬どもがその矛先を友人たちに向けないとも限らない。ヤツらは、お前が最優先で、他者はどうでも良いんだからな」
あの護衛たちが、そこまで極端な思考をしているとは思っていないけれど、ライトの言い分は理解できる。
アリッサムの手掛かりを得れば、水尾先輩も真央先輩も喜んでくれるだろう。
だけど、そのために、わたしが怪我をしたりすれば、確かに先輩たちは気にしてしまうかもしれない。
「少しは考える」
「少しじゃなくて、止めろって言ってんだよ。分かるかい? お嬢ちゃん」
先ほどまでと違って明らかに不機嫌さを隠さない。
いや、この雰囲気は間違いなく怒っている。
「それは、あなたの国のために?」
「アホか。俺は、あの国なんざ大陸だけ残して滅べと思っている」
国を見つけて欲しくないというわけではないらしい。
それについてはどうでも良いと思っているようだ。
どちらかといえば、わたしが国に関わろうとすることが反対ってことなのだろう。
じゃあ、どうするのが正解?
どうすれば、皆、笑える?
「分かった。自分から行動はしない」
「そうしてくれ。これ以上、俺に負担をかけるな」
負担……。
それは確かにそうなのだろう。
でも、既に賽は投げられている。
わたしは情報国家の国王陛下に話した以上、あの人は動いてしまうだろう。
仮令、わたしが「もういい、止めて」と言っても。
だから、ここから先は、わたしは自分から行動する必要がないのだ。
それが、この人の負担になると分かっていても……、割と、今更だろう。
「それよりも、返事はくれないのか?」
「ひぃっ!?」
話が戻ってきてしまった。
いや、時間がないことは理解できた。
だけど、そんな簡単に答えなんて出せない。
「えっと……、あの……」
嫌いではないのだと思う。
でも、多分、同じ熱は返せない。
それも分かっている。
だけど……。
―――― わたしが、ライトに抱かれたら……、彼は助かりますか?
―――― その可能性はあるとだけ言っておこうか
いつかしたモレナさまとの会話。
―――― 同情や、魂の汚染の治療目的だと言うのなら、それは意味がない
それでも、可能性があるのなら?
これだけ苦しんでいる彼が助かる道が僅かでもあるなら?
皆が笑うためにはそういう道もある?
だけど、そう思いつつも、やっぱり迷ってしまう自分は本当に弱いのだろう。
九十九の発情期の時も思った。
わたしはやっぱり、目の前で苦しんでいる人よりも自分の方が大事らしい。
「迷うとは思わなかった」
ライトはポツリと口にした。
「お前は迷わず、俺を拒絶すると思っていた」
「あなたのことは嫌いじゃないから」
ただはっきりと応えられないだけ。
「そうか……」
紅い髪の青年は少しだけ淋しそうに……。
でも、不敵に笑って……。
「拒まないならそれで良い」
そう言って、わたしの唇に自分の唇を軽く当てたのだった。
今回出てきた「顔がそっくりな女」については、第97章後半辺り(1820話~1829話)を思い出していただければ、なんとなく分かるかと。
……どれだけ昔の話でしょうか。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




