その曲の名は
「は~、ビックリした~」
わたしは夜風を全身に浴びながらそう言った。
「アイツらの視線に気付かないほど集中していたのか? あんなに突き刺さってくるほどだったぞ?」
紅い髪の青年は、そう言いながらホッケーマスクと呼ばれる仮面を外す。
その下からは予想通りの顔が出てきてホッとした。
相変わらず、目つきは悪いが、顔は良い殿方である。
そして、その髪型は初めて見た。
紅い前髪を黒いメッシュ部分だけ残して、全て後ろにやっている。
殿方の正装って、髪をオールバックとか七三分けとかにしなければいけないのだろうか?
さっき踊ったトルクスタン王子や雄也さん、九十九もそんな髪型だった。
普段隠されていて見えにくい部分が見えるって妙にドキドキするよね?
前回の「花の宴?」の舞踏会の会場にいた男性たちもそんな感じだった気がする。
今回は、被り物系の仮面の方が目立つから髪型までしっかりは見ていないけれど。
「うん。全く気付かなかった。初めて踊る円舞曲を口頭で指示されながら踊ったんだよ? そっちに集中して臨むに決まっているじゃないか」
おかげで音楽はリズムをとる意味でしか聞いていなかった。
せっかくのゲーム音楽を生演奏で聞く機会なんて、人間界でもそうあることではないのに。
「久しぶりだね、ライト。えんび服もその髪も似合ってるよ」
いつもと同じように黒い服なのに、正装というだけで雰囲気がこうも違うものなのか。
それに、顔が良い殿方は本当に何を着ても似合う。
長く紅い髪を一つにまとめ、その髪が風で踊っている姿はまるで、一枚の絵のようだった。
また場所が良い。
夜、お城の露台で正装した美形の殿方が立っている図なんて、漫画ぐらいしか見たことがない。
「お前は随分、色白な顔になったな」
「これが仮面だって分かってるよね?」
色白になったことは認めるけど、流石にこの仮面ほど白い肌ではない。
そして、褒めてはいないよね?
「その仮面を外せ。お前の顔がよく見えん」
「一応、今、仮面舞踏会に参加中なんだけど?」
「戻る時に付け直せば良い。その仮面の構造では、蒸すだろ? 汗で化粧が流れるぞ」
あまり蒸してはいないと思うけれど、汗って自分で分からない時がある。
仮面で隠しているとはいっても、化粧が流れるのは良くない。
「ふひ~っ!!」
白い仮面を外すと夜風が頬を撫でる。
自分では気付いていなかったけれど、やっぱりちょっと蒸していたのかな?
「淑女とは思えん声だな」
呆れたような視線と声がわたしに突き刺さる。
不特定多数のよく分からない好奇による注視よりも、知っている人の分かりやすく感情が込められている視線の方が、よっぽどか攻撃的だと思う。
「俄か淑女なもんで」
寧ろ、三年そこらで淑女の仮面を装着できるようになったわたくしを褒めていただきたい。
「まあ、俄かでも、あれだけ円舞曲が踊れたなら問題ない」
「円舞曲はこの数カ月で叩き込まれたので」
リプテラにいた期間と、この国に来てからだからまだ三カ月ぐらいだろうか。
「その前にストレリチアで『神舞』を踊っていただろう? だから、踊る下地はできているんだよ」
言われてみればそうだった。
しかも、「神舞」は今でも時々、忘れないように練習している。
円舞曲の難しい足捌きとかは、それでなんとかなっているかもしれない。
「だが、まさか、国王から誘われた上に、おおぞらをとぶとは思わなかったが」
「いや、空は飛んでないからね?」
宙を舞ったが、そこまで高くはない。
まあ、今のは、さっきまでの音楽に引っ掛けたのだと思うけど。
「並の女ならあの高さは十分、悲鳴モンだ」
ライトは苦笑するが、わたしもそう思っている。
「二回目だからね」
一回目は、あまりにも驚きすぎて悲鳴すら上がらなかった。
今回は、二回目だから心構えができていただけだ。
あの国王陛下は娘である第二王女殿下が認めるほどの絶叫マシンだと。
「二回目?」
ライトが不思議そうに問いかける。
これは知らなかったらしい。
「でびゅたんとぼーるでも、国王陛下が王族からの祝いとしてお相手してくださったの」
「そこで目を付けられたのか」
「いや、多分、目を付けられたのは、その前からだと思っている」
あの国王陛下は、でびゅたんとぼーるでわたしの名前を覚えていたから。
アーキスフィーロさまの所へ乗り込んできた女だから、興味を引いてしまったのだと思う。
それほどまでに、アーキスフィーロさまの周囲に人がいなかったのだろう。
「相変わらず、じっとしていられない女だな」
「当人は全力でじっとしているつもりなんですけどね? そんな話をするために、わざわざここに連れ出したの?」
そうだとしたら、物好きとしか思えない。
まあ、本当の用件はこれから言ってくれるのだろうけど。
「あのまま、あの場所にいたら面倒だっただろ? まさか、見慣れない円舞曲を一曲踊っただけで、あんなに周囲が注目するとも思っていなかった。ヒマなヤツらだ」
「知らない円舞曲だったから、その詳細を聞きたくなった人たちもいるだろうね」
この国の円舞曲の歴史はまだ浅い。
そこへ聞いたことがない音楽が流れてきた上に、それを最後まで踊り上げてしまった男女がいたのだ。
よく考えなくても、注目されるのは当然だろう。
先ほど、ライトと踊り終えた後、わたしたちは一斉に拍手の渦に包まれていた。
そして、何が何やら分からないうちに、わたしはライトから手を引かれ……、気付いたらここに連れ出されていたのだった。
拍手や、いろいろな人の賞賛のような感想が飛び交っていた中だった。
誰かが動き出す前の行動。
かなり、手際が良い誘拐である。
いや、本気で思っているわけではない。
彼が助けてくれたことは分かっているのだ。
本当に、わたしを誘拐するなら、こんなすぐ会場に戻れるような露台に連れて来る必要なんてないから。
あのまま円舞曲の余韻に浸りきって、ぼんやりとしていたら、あの仮面の集団に囲まれていたことだろう。
そうなると、一種のホラーだ。
いや、仮面の集団に囲まれるのはミステリーの方か?
それでも、わたしがライトから手を引かれる前、護衛たちも動いた姿が見えたから、足止めはしてくれたはずだ。
後は、彼らに任せ……って、もう、ちょっと離れた場所にその気配がある。
既にいろいろ終わらせてきたのかな?
それとも同じように抜け出してきた?
今回も、九十九と雄也さんはそれぞれ違う場所にいるようだ。
九十九は、城の屋根。
対して、雄也さんは、近くの木の上かな?
どちらも忍者とか暗殺者のような場所に潜んでいる。
今回、わたしがライトと一緒にいるのは黙認されているようだ。
そして、わたしたちが出てきた露台から会場に戻るための扉は、何故か開かれる様子がないから、何らかの処置をやっているのだとは思う。
それをしたのが、わたしの護衛たちなのか、ライトの手によるものかは分からないけれど。
そのために、周囲に人はいないという状況になっていた。
「俺はただ……、お前と一曲だけ踊りたかっただけなんだがな。どうも、お前と関わると予想外の結果になる」
「その一曲が問題だったんじゃないかな?」
あの曲は、これまでこの国で聞いたこともなかった曲の中の一つなのだろう。
恐らく、人間界に行ってこの国に音楽を輸入した人は、あまり、ゲームをしない人だったのだと思う。
舞台上にいた人間界を知る第二王子殿下と第五王子殿下は反応していた。
どうやら、あのゲームを嗜まれていたようだ。
特に第二王子殿下は、かなり目が輝いていたから間違いないだろう。
社交ダンスの円舞曲は、その手の教室に行けばいくらでも聴けるだろうし、CDを売っているお店に行けば、円舞曲だけでなく、クラシック音楽も多く溢れている。
始めに聞いたアニソンも、流行りのアニメではなく、多くの子供たちに長年ずっと愛されてきたヒーローの歌だった。
だが、ゲームの曲はこれまで聞いたことがないのだ。
しかし、楽団が弾けたなら、練習はどこかでしていたはず。
楽器はそんなにすぐに弾けたり吹いたりはできない。
つまり、思ったより、彼の手の人間はこの国の内部にいるってことにもなる。
「そんなこと、知るかよ。単に俺は踊るなら、あの曲が良かっただけだ」
「なんで?」
「あの5作目が好きだったってこともあるが……、お前、さっき踊った曲のタイトルを知っているか?」
ライトは少し迷って、わたしに問いかけた。
あの曲は確か……。
「『結婚ワルツ』」
そんなタイトルだったと思う。
作中で、主人公が妻となる女性を選んで、結婚する時に流れる曲だった。
割とそのまんまのタイトルである。
そして、エンディングでも流れる。
何故、わたしがその曲のタイトルまで知っているのかというと、昔、来島から、あのゲームのサントラを借りたことがあったのだ。
そう言えば、あの人も5作目が一番好きだとか言っていた気がする。
「……だからだよ」
「ほへ?」
どういうこと?
「惚けたツラしてんな~」
何故か、苦笑された。
「あの曲は『結婚ワルツ』。だから、俺はシオリと踊りたかったんだ」
「……はい?」
ちょっと待って?
それだけ聞くと、まるで……?
「シオリ」
だが、わたしの混乱を無視してライトは続ける。
「改めて言おう。俺は、高田栞を愛している、と」
さらに、その混乱に拍車がかかるようなことを。
今回、初めてちゃんと曲名を出してみました。
最近、3作目のリメイク版が出ましたね。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




