四曲目:technical dance
ピョートル・チャイコフスキー作「『くるみ割り人形』より『行進曲』」が流れている。
軽快で楽しく、かつ、かなり有名なクラシックだ。
だが、次に始まるのはなんだろう?
同じ「『くるみ割り人形』より『花のワルツ』」か。
それとも、捻くれた発想で、「『眠れる森の美女』の『ワルツ』」か。
「何故、本日はその色合いなのですか?」
基本姿勢になった時に聞いてみた。
目の前にいる美青年は銀髪碧眼で、金色の仮面。
この雄也さんの色合いは初めてで、かなり緊張しているのが自分でもよく分かる。
九十九なら城下の森で見慣れたのだけど、雄也さんだと不意打ちすぎる!!
「貴女がお好きだと思って」
大好物です!!
いや、違う。
好きだけど! 確かに大好きなんだけど!!
「わたしは、いつものあなたの方が良いです」
雄也さんも九十九も黒髪、黒い瞳の方がずっと安心できるのだ。
「それは光栄なことですね」
ぐっ!?
仮面越しでもこの破壊力とな!?
口元ははっきり笑っているけど、目は細められたことぐらいしか分からない。
でも、その気配が実に嬉しそうだ。
「ところで、セカンドダンスのお相手は、前回もあのような感じだったのでしょうか?」
セカンドダンスと言うと……、アンゴラウサギ仮面さまか。
「そうですね。アンゴラウサギ仮面さまには、以前もあのように何度も振り回され、天井に向かって放り投げられました」
「アンゴラウサギ仮面様……」
どうやら、この御仁はそこに引っかかってしまったらしい。
「お名前を出すわけにはいかないので」
「そうですね。良い判断だと思います」
それでも、そう言ってくれたのでホッとした。
「貴女はデビュタントボールであのような扱いを受けたのですね」
「はい。そのためにせっかく専属侍女が整えてくれた髪も顔も台無しとなりました」
「今回はご無事のようで何よりです」
どうやら、髪の乱れはないらしい。
流石、ルーフィスさん特製ヘアセットである。
仮面で覆ってしまっているから顔の方は分からないが、恐らくこちらも大丈夫だろう。
でも、後でこっそり確認しておきたい。
「ところで、マスクドさん」
「はい、なんでしょう?」
わたしがそう呼ぶと、クスリと笑われる。
でも、なんて呼べば良いか分からないから仕方ない。
今のこの人は、雄也さんでもルーフィスさんでもない姿なのだ。
「口調だけでも戻していただくことは可能ですか?」
「キミが、それを望むなら構わないよ」
迷いもなく、すぐに戻すし!!
ああ、久しぶりの雄也さんの生の声が耳に心地よい。
ルーフィスさんはちょっと声が高いからね。
基本姿勢中だから、近すぎて耳が少しだけ擽ったい気もするけれど、そこは意識しては駄目だ。
「嬉しいです」
それは本当のことだから。
「キミも平語で話しても良いんだよ?」
「それはまだ勘弁してください」
どう見ても年上のこの人に、俗に言うタメ口でお話しするなんて、やはり、なかなか難しい。
「専属侍女に対しては少しずつ慣れてきたようだけどね」
「高貴な方々が度々訪問してくるので、どうしても、侍女に対する口調に改めないといけないと思いまして」
まあ、訪ねてくるのは基本的に第二王子殿下とその関係者なのだけど。
この国の第二王子殿下は、何度専属侍女たちに薙ぎ倒されても、従者たちによって檻に封印されてもけろっとした顔でわたしに会いに来る。
それが、人狼族の習性みたいなものらしい。
主人と見定めた相手、番いとしたい異性など、いずれも気に入った相手には献身的に尽くすとか。
若い……、いや、幼い女児を部屋に引き込むのは、その人狼族の庇護欲……らしいのだけど、わたしがどういった意味で気に入られているのかは今のところ周囲にも分からないそうだ。
番いも微妙だけど、庇護欲はもっと嫌だ。
わたしは幼い女児ではないのだから。
「そう言えば、その高貴な方々も、会場にはいらっしゃるのですよね?」
「ああ、いるみたいだね。王族は舞台上におられるようだから、婚約者のいない貴族令嬢は舞台の近くを歩いているし、貴族子息も舞台上の女性に誘いをかけているようだよ」
「それって……」
「仮面を付けている意味はないかな?」
わたしの言いたいことが分かったのか、雄也さんは楽しそうに笑っている。
「尤も、今回の舞踏会は、ボスが踊れたら良かったようだし、他の高貴な方々はそこまで関心がある催しでもなかったようだからね」
確かに、それぞれの気合の入れ方が全く違う。
国王陛下は装いだけでなく、魔力も抑えていた。
だけど、それ以外の王族たちはわざわざ舞台上で待機しているなんて、自分たちを見つけてくれアピールでしかない。
「そうなると、二番目に見つからないように気を付けないといけませんね」
第二王子殿下にしても、その妹の第二王女殿下にしても、見つかると碌なことにならない気がする。
「アンゴラウサギ仮面様と踊った時点で見つかっているよ」
「うわあ」
考えてみればそうだ。
あれは第二王女殿下からのお願いだった。
「あんな乱暴な踊りに耐えられる女性なんてそう多くないからね。あの日、デビュタントボールの場にいた貴族たちには、見つかっていると思った方が良いかな」
「わあ……」
嬉しくない。
でも、言われてみれば確かにそうだ。
これまで国王陛下と踊って、最後まで立っていた女性がわたし一人だけなら、誰だって気付きますね!!
そして、わたしを知らなかった人も、目につくはずだ。
あんな豪快な円舞曲を踊るのは国王陛下しかいない。
じゃあ、あの女は誰だってなるよね!!
そして、始まったのは、同じピョートル・チャイコフスキー作「『くるみ割り人形』より『花のワルツ』」。
可愛くて好きな曲が来て嬉しい。
自然と笑顔になる。
相手がちょっといつもと違う容姿だから、緊張するけど。
ただでさえ、好みの顔なのに、この色合いとか、狙われ過ぎだよね!?
「それを想定して、今回のボールガウンと仮面なんだけど」
踊り始めると、雄也さんがポツリとそう言った。
「ほえ?」
「そのボールガウンも仮面も色を変えることができるんだ。そして、それは魔法じゃないから、城の警備にもかからないようになっている」
「そ、そんな仕掛けが……」
このキラキラしいドレスにあったなんて……。
「選ばれなかったボールガウンもそうだったよ」
「あっちもですか!?」
「国……、いや、アンゴラウサギ仮面様と踊ることが決まった時点で目立つことは避けられないと思ったからね」
何も考えていなかったわたしと違って、なんて用意周到な護衛たち。
「あともう少し踊ったら、会場を出て色を変えようか」
「今すぐじゃない方が良いんですね?」
できるだけ早く、姿を変えた方が良いのではないだろうか?
トルクスタン王子と踊っている時は気にならなかったけど、確かに視線が集まっているのは分かる。
いや、トルクスタン王子との円舞曲は、最早、攻防だったから、そういった意味で注目されていたと思っていたのだけど、雄也さんとの話でそれが違うことが分かった。
「もう少し会場に印象付けてからの方が良いだろうね。それに、俺だけじゃなく弟とも踊りたいだろう?」
「それはもう!!」
堂々と踊れるなら、九十九とも踊りたいのは当然だ。
雄也さんが銀髪碧眼仕様だから、九十九も色を変えている可能性はあるけれど、それでも見慣れた高さなら安心できると思う。
最近はヴァルナさんなので、これまでより少しわたしに目線が近いのだ。
いや、ルーフィスさんも近いのだけど、ヴァルナさんはもっと近い。
わたしが知らなかった13歳の九十九。
「栞ちゃんは素直だね」
だが、何故か笑われた。
「だけど、今はこちらを見て欲しいな」
「ふえ?」
「後1分だけ、俺との円舞曲に集中してくれるかい?」
ふごぉっ!?
ひ、久しぶりに超至近距離で雄也さんの色気を浴びてしまった。
これは誤解する!!
揶揄われているって分かっているけど、普通じゃなくても誤解する!!
「承知しました」
でも、確かにこんな話ばかりして、今を楽しまないのは申し訳ないかもしれない。
こんな話なら、後からでもゆっくりとできる。
それならば、集中!!
わたしが集中し始めたのが分かったのか、雄也さんの足捌きも変わった。
複雑なステップ。
わたしはなんとか、懸命について行く。
足を踏まないように。
でも、顔はしっかり上げて!!
だから、わたしは知らない。
その円舞曲が、これまでとは別の意味で注目を浴びるものとなったことを。
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