三曲目:avoidance
サブタイトルで次の相手が分かる件について。
「これからそなたを誘う猛者がいると良いな、『紅き花』よ」
そう言って、アンゴラウサギのお面を付けた国王陛下は……、多分、ニヤリと笑っているのだろう。
確かに、普通に考えれば、国王陛下と思われる方を相手にダイナミックな円舞曲を披露し、さらに跪かせた上、手の甲に口付けられるような女に対して、次の円舞曲を誘う猛者などいるはずがないのです。
ええ、普通なら。
あのアンゴラウサギ仮面さまもそう思ったからこそ、駄目押しの意味で、最後に余計なことをしたのだろう。
わたしが新たに踊る相手がいなければ、またアンゴラウサギ仮面さまと踊る可能性もありますからね。
だが、陛下。
あなたさまの考えは甘いと言わざるを得ない。
―――― 何も考えない愚か者か、自分に自信がある強者だな
わたしの味方をしてくれる身内には、そんな人しかいないのですよ。
「次は私と踊ってくださいますか? 花のように可憐な御令嬢」
跪いて余計なことをしたアンゴラウサギ仮面さまが立ち上がると同時に、わたしに向かって新たな手が差し出される。
「なるほど。機械国家の王子がいたか」
仮面をしていても、その正体が分かったのか、アンゴラウサギ仮面さまがそう言った。
「何をおっしゃいます。私はこの可憐な御令嬢を気に入っただけの、通りすがりの……なんだ? 男? 間違っていないが、何か変だよな?」
そして、微妙に締まらないのもこの人らしい。
正体を隠そうとしているのなら、その意味が全くないようなことを口にしている。
「お誘いいただきありがとうございます。異国情緒あふれる紳士さま」
そう言いながら、その手を取った。
本日、琥珀の瞳をした機械国家のトルクスタン王子は、いかにも仮面舞踏会って感じの、目の周辺だけを隠した飾り気のない仮面を付けている。
でも、見えている鼻、口、顎だけでも、その相手が整った顔立ちって分かるのは凄いよね。
「お連れの花たちはどうされましたか?」
「今日は連れてきていない。アイツらも、特別、踊ることが好きなわけではないからな」
そう言っているトルクスタン王子も好きではないと知っている。
それでも、ここに来てくれたのは、わたしのためだと自惚れても良いのかな?
「それで? 私と踊ってくれるか? 異国の可憐な御令嬢」
トルクスタン王子は、ほくそ笑む。
顔の良い殿方は仮面を付けていても、絵になりますね。
「はい。頑張って回避しますね!」
「ああ、頼んだ」
回避が前提の円舞曲。
そして、それをトルクスタン王子も否定しない。
「どうやら、賭けはそなたの勝ちのようだな、『紅き花』よ」
「はい、当然です」
わたしがアンゴラウサギ仮面さまの言葉にそう返事をすると、頭に手を置かれて、軽くポンポンと叩かれた。
ルーフィスさん特製、簡単には崩れないヘアセットだから良いけどね。
「またな、『紅き花』」
「はい。お相手いただきありがとうございました」
そう言って、一礼すると、アンゴラウサギ仮面さまは背を向けて去っていった。
どうやら、邪魔をするつもりもないらしい。
「『紅き花』?」
トルクスタン王子が首を捻る。
「このドレスが濃い紅だからでしょうね」
「紅? その色は、ワインレッドじゃないか?」
「ワインレッドよりも黒みが強いですよ。多分、あのお面で見えにくいんじゃないですかね?」
濃く黒っぽい紅色に、さらに白く透ける素材の布を纏っている。
遠目にはこの色の通りには見えないだろう。
さらに、あのお面は周囲に白い毛がふさふさしていた。
あれでは、視界は狭いし、見えている部分にも白い毛が邪魔していたと思う。
それでも、わたしを放り投げ、しっかりと受け止めてくれたのだから、問題はない。
「賭けとはなんだ?」
「あのアンゴラウサギ仮面さまと踊った後、わたしの相手として立候補してくれる人がいるか、いないかです」
「いるだろう」
「いましたね」
ありがたいことに。
でも、普通はしり込みするだろうって考えるのが当然の話だった。
本来なら、国王陛下の方に分のある賭けだったことだろう。
まあ、特に何か賭けていたわけでもないのだけど。
「ヤツらが先の方が良かったか?」
「やっぱり来てるのですね」
会場に気配があったのは気のせいではなかったらしい。
「気付いていたのか?」
「会場に気配がありますので」
「こんなに隠しているヤツらの気配が分かるのは凄いな」
まあ、ちょっと特殊な関係ですからね。
二人は気配の隠し方が上手い。
それでも、わたしが彼らの気配が分かってしまうのは、ちょっとしたズルのようなものだ。
九十九とは乳兄弟の上、嘗血をされている。
雄也さんとは嘗血をし合っている。
その上、三年以上も感応症が働き合っているのだ。
それぞれの気配を覚えるには十分すぎるだろう。
「しかし、アンゴラウサギ仮面とは、あの珍妙な面のことか?」
「そうですね。人間界の生き物を模したお面でした」
本物は見たことはないけどね。
だが、この一ヶ月、変に縁があったウサギだと思う。
「人間界にも魔獣がいるんだな」
真面目な声でそう口にするトルクスタン王子がちょっと面白かった。
先ほど、流れていた曲はルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン作ピアノソナタ8番「悲愴」第二楽章。
以前の舞踏会では、この曲をアーキスフィーロさまと一緒に聴いていた。
それを顔のよく似たアーキスフィーロさまの親戚の王子さまと聴いているのは、ちょっと不思議な気分になる。
そして、次の曲が始まる。
流れてきた曲は、実は円舞曲ではなく宮廷舞曲だ。
だが、三拍子であるため、スローワルツとして振り付けは可能である。
いや、この曲はテンポ結構、速いけど。
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン作「ト調のメヌエット」と呼ばれているものだった。
ピアノでしか聞いたことがなかったが、もとは管弦楽らしい。
幸いにもリプテラに来たダンス講師たちはこの曲の振り付けも教えてくれている。
トルクスタン王子が一番、足を踏まなかったのは、この曲だった。
ひたすら回避、回避、擦過、回避!
ある意味、ダイナミックなアンゴラウサギ仮面さまと踊るよりも、気が抜けないのはどういうことでしょうか?
緊張しないのは幸いだけどね。
そして、微妙なテンポのステップの円舞曲が終わる。
短い曲だからあっという間だった。
それでも、一度だけ掠めてしまったのが悔しい。
「回避率が上がったようだな」
「回避させないでくださいよ」
「そこまで上手く避けられると、逆に当てたくならないか?」
「当てようと狙わないでください!! わたしはあの護衛たちとは違うのです」
掠めたのはそういうことだったのか。
どうやら、軌道がいつもと違ったようだ。
そんなの、戦闘民族のようなわたしの護衛たちでない限り避けられるはずがない。
「ヤツらは踏み抜きにくるからな……」
一緒に踊ったことがあるのだろうか?
「次からはそうしましょうか?」
避けるより当てる方が、わたしも楽だと思う。
当てて良いなら、狙いやすい。
「その発言は、ヤツらの影響を受けてないか?」
「どちらかというと、同じ顔した淑女たちの指導だと思いますよ」
「そっちもあったか」
トルクスタン王子そう言いながら笑う。
「さて、そろそろ貴女を返さねばな」
「返す?」
「いや、違うか。引き渡さねばな」
それも多分、違うと思います。
だけど、分かる。
近付いてくる気配があった。
その方向に顔を向けると……、そこには美麗な銀髪の青年……、って銀!?
あれ?
黒髪ではないのですか!?
しかも、その瞳はどう見ても青!?
何故、それを、あなたがしているのか!?
「凄いな。瞳と髪の色を変えているのに、お前のことが分かるらしい」
「そこは私の主人ですから当然でしょう」
金色の少しだけゴージャスな仮面。
そのデザインにも非常に見覚えがある。
会うのに苦労したから。
どう見たって、某落ち物ゲームに出てきたマスクドなんとかさんが付けている仮面じゃないですか~!!
それに、銀色の髪に、青色の瞳、黒のえんび服。
さらにそのマスクを外すと、わたしの大好きな系統のお顔があるわけですよね?
既に、弟でその破壊力は知っている。
だから、兄が仮面を付けていたのは幸いだったと思うことにしよう。
「今度は私と踊っていただけますか? 私のお嬢様?」
そう言って優雅な仕草で右手を差し出された。
仮面を付けていなければ、いろんなものをだだ漏れにしてしまった気がする。
仮面越しで助かったと言わざるを得ない。
落ち着け。
そして、できるだけ優美な仕草で応えよう。
「はい、喜んで」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




