二曲目:dynamic dance
音楽が終わる。
最後の静止。
アーキスフィーロさまとの円舞曲は邪魔が入ることなく、無事に終了した。
「「ありがとうございました」」
お互いに礼をする。
アーキスフィーロさまも楽しんでくれたかな?
顔一面を覆っている仮面越しでは分からない。
そして、ちょっとの余韻の後、また新たなクラシックが流れ始めた。
だが、明らかに選曲がおかしい!!
フレデリック・ショパン作曲「ピアノソナタ第2番変ロ短調『葬送』第3楽章」ってどういうこと!?
有名な曲名は「葬送行進曲」とも言う。
いや、名曲だよ。
名曲ではあるよ?
でも、暗いし、縁起でもないわ!!
ショパンなら、「夜想曲Op.9-2」とかもあるよね?
綺麗な曲だし。
それ以外なら、「別れの曲Op.10-3」でも良い。
練習曲として作られていても、名曲だ。
「幻想即興曲」とまでは言わない。
あれは、ピアノがないと難しいと思う。
もともとショパンの楽曲自体、管弦楽曲、吹奏楽用には作られていないのだから。
幸いなことに、周囲にこの音楽の曲名を正確に知る人がいないようだ。
暗い曲だってことは分かっても、クラシック音楽の正式な曲名って意外と知らないよね?
だが、わたしにはゲームオーバーになった時とか、アドベンチャーゲームの渋谷の爆破予告のイメージしかない!!
ああ!
恐らく、誰にも共感してもらえない!!
「さて、そろそろ良いか?」
そんな声によって、現実に戻される。
だが、「葬送」は行進していく。
アーキスフィーロさまはわたしの手を改めて、ぎゅっと握る。
「御武運をお祈りいたします」
うん。
それって今から他の殿方と円舞曲を踊る婚約者候補に向かって言う台詞じゃないと思うのですよ。
いや、気持ちは分かる。
分かり過ぎるぐらいに分かるのだ。
でも、「健闘」ではない辺り、アーキスフィーロさまにとってもいろいろ複雑なのだろう。
「ありがとうございます。役目を務めて参りますね」
同じように「武運」を祈るべきかと思ったけど、アーキスフィーロさまは別に戦いに行くわけではない。
だから、無難に御礼を言った。
だけど、何故か、握られた手が離されない。
「アーキスフィーロさま?」
「護られてばかりで申し訳ない」
さらに込められる力。
それは一体、どんな表情で言われたのか?
仮面越しでは分からない。
でも、この人は自分を責めているのだろう。
何一つとして悪くないのに。
「わたしも護られているので、お互い様ですよ」
これは本当のことだ。
わたしは、この人からも十分、気遣われ、護られている。
だから、わたしも自分が戦えるところでは戦わなければならない。
「それでは行ってまいります」
「はい」
わたしの声に応えてくれたアーキスフィーロさまは恐らく笑ってくれただろう。
その声はとても優しかった。
こんなにも良い人なのに、わたしが来るまで婚約者候補にすら名乗り出る人がいなかったなんて信じられないよね?
周囲を見ると、いろんな男性が女性を誘っている。
それが互いに未婚か既婚かは分からないけれど、実に楽しそうだ。
でも、アーキスフィーロさまは動こうとしない。
じっとこちらを見ていた。
「来たか」
「はい」
国王陛下から手を差し出されるので、それに乗せる。
その瞬間、何かの気配を感じた。
何の種類か分からないけれど、結界だろうか?
「あの視線に魔力が込められていたら、俺はどれだけヤツに射抜かれていたのだろうな」
どこか楽しそうに、国王陛……、アンゴラウサギ仮面さまはそう笑った。
「アーキスフィーロさまはそんな物騒な方ではございません」
こちらを見ているのは、わたしが心配なのだろうなと思う。
仮面を付けているからどんな表情をしているのかは分からないけど。
「そうか? 候補とはいえ、自分の女が他の男に攫われるのだぞ? 男として良い気分にはなるまい?」
そう言いながらも楽しそうですね、アンゴラウサギ仮面さま。
「わたしが本命ならばそうかもしれませんが、あくまで『候補』ですからね」
「ほう? 気付いているのか?」
「なんのことでしょう?」
アンゴラウサギ仮面さまからの問いかけは、どうとでも受け取れるものだ。
だから、あえてこちらから問いかけてみる。
「その口ぶりだと、あの男は別に好いた女がいることを知っているように受け取れるぞ」
「ええ、存じておりますから」
「ほ~う?」
さらに、面白そうですね、アンゴラウサギ仮面さま。
そして、この場所ってほぼ中央ではございませぬか?
周囲の方々も、わざわざ広く開けなくて良いのですよ?
まあ、知っている人なら、怪我の心配をするか。
少しでもこちら側に動こうとする人を止めている人がいる辺り、このアンゴラウサギ仮面さまの正体とその踊りっぷりをご存じの方がいらっしゃいますね?
「それでもヤツの側にいたい、と? 健気なことだ」
「健気とは違いますね。単に契約なので。始めから『妻として愛することはできない』と宣言されておりますので、変に期待することもありません」
「なんだ? その城下で流行っている三文小説のような言葉は?」
アンゴラウサギ仮面さまの声に険が混ざる。
だが、そんな小説が流行っているのか。
内容はともかく、小説ならば、ちょっと読んでみたい。
そして、国王陛下ともなれば、そんな小説の存在まで知っているのか。
「誤解するな。妊娠中の側室の一人がそう言った小説を好むだけだ。俺は読まん」
「それは胎教に悪そうですね」
「男同士の恋愛モノを好まれるよりはマシだ」
それは例の「ばらとひなげしの会」の書物だろうか?
そんな雑談のような会話をしている時に、死出の旅路へと棺を運びそうな曲が終わった。
「さて、お相手願おうか、『白き歌姫』」
この国王陛下もあの呼び名をご存じらしい。
嬉しくはないんだけど。
「お手柔らかにお願いします、アンゴラウサギ仮面さま」
「あん?」
わたしの言葉に惚けた言葉を返すアンゴラウサギ仮面さま。
でも、この場で陛下と呼べないのだから、仕方ないと思う。
そして、円舞曲が始まる。
曲名は、フレデリック・ショパン作「華麗なる大円舞曲」。
もしかしたら、この曲は、国王陛下が好きなのかもしれない。
でびゅたんとぼーるでも、わたしが国王陛下と踊った曲だから。
そして、安定の大振りスタート。
だけど、この前もそうだった。
来ると分かっているなら、大丈夫!!
リフトでもないのに浮いているところも同じだ。
でも、始めから浮くと分かっていれば、心の準備はできる。
「羽のように軽いな、歌姫」
「褒め言葉として頂戴しておきます」
流石に羽のように軽いはずがない。
身長が低いから、普通の女性より軽く感じるだけだ。
同じ身長なら水尾先輩や真央先輩の方が絶対、軽い!!
「上げるぞ」
放り投げる、ですね。
承知しました。
この国王陛下のキャッチングが上手いことは知っている。
ドレスの裾だけ、気を配ろう。
これだけ注目されている状態で、スカートの御開帳は避けたい。
仮面付けているから良いというわけではないのだ。
あ……、でも、どうせなら、昔、少女漫画で見たジャンプの時に両手を広げるやつをやってみようか。
ピーターパンみたいでかっこよかったのだ。
あれは、フィギュアスケートのジャンプだったけど、スローイングジャンプでもやっていたと記憶している。
次の放り投げに合わせて……。
「もう一丁!!」
でびゅたんとぼ~るの時と同じタイミングだった。
だから、問題ない。
両手を広げて一回転する。
あの少女漫画のように三回転は無理。
あれは何度も練習して主人公が身に着けた技だから簡単にできるとは思わない。
そして、アンゴラウサギ仮面さまにしっかり受け止められる。
「見事だ」
「受け止めてくださると信じておりましたから」
あんな技、自分一人ではできないだろう。
「ほう。目立つのは好きではないと思っていたが、違ったか」
「苦手ですよ。でも、今は、仮面を付けていますから、アンゴラウサギ仮面さまに合わようと思いまして」
滅多に踊ることができない王さまを、ちょっとでも楽しませたいと思っただけだ。
「もう一曲、良いか?」
曲も終わる頃、そんな誘いを掛けられる。
「それは、勘弁してください」
二曲続けて踊る気はなかった。
大丈夫だと分かっていても緊張は避けられない。
先ほどから、かなり注目されていることも分かっている。
「だが、今日はこれから、そなたを踊りに誘う勇気ある人間など、そうおるまい」
ぬ?
どういうこと?
「俺とこれほどの舞を見せたのだ。それでも誘いがあるとすれば、何も考えない愚か者か、自分に自信がある強者だな」
でびゅたんとぼーるの時は、国王陛下との円舞曲を見ていた人が少なかった。
それでも、アーキスフィーロさまがいてくれたから、誘ってくる人もいなかったのだ。
離れた後も、トルクスタン王子が守ってくれたしね。
「大丈夫です。誘いのアテはありますから」
「それは残念。またもフラれてしまったか」
約束は踊ることだけだった。
既に果たしていると言えるだろう。
「アンゴラウサギ仮面さまが全力を出さなければ、付き合ってくださる女性もいると思いますよ」
この国王陛下は下手ではない。
力加減をしないだけだ。
そして、本人もそれに気付いている。
「やるからには全力で楽しまねば、相手に失礼だろう?」
もふもふな仮面の向こうで、不敵に笑うアンゴラウサギ仮面さま。
「ですが、紳士たるもの、淑女を楽しませる技術も大切でしょう?」
だから、わたしも笑う。
先導者だけが楽しむだけでは円舞曲は成り立たない、と。
「違いない。今後は努力しよう」
ほえ?
「我が夢は叶った」
そう言って、アンゴラウサギ仮面さまはわたしに跪く。
え?
ちょっと待って?
一国の王が何、やってるの!?
「以降は、加減を心掛けると、『紅き花』に誓おう」
そして、手の甲に手袋越しとはいえ、口付けられた。
ちょっと待て~~~~っ!?
あのダイナミックな踊りで、この方が国王陛下って気付かれたと思う。
さらに、こんなことをされては……って……。
「これからそなたを誘う猛者がいると良いな? 『紅き花』よ」
このタヌキ国王~~~~~っ!!
サブタイトルは「survival dance」と迷いましたが、そこまで生存は掛けていないので、ここに落ち着きました。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




