黒い青年の企て
「「「ぐっ!! 」」」
瞬間的な爆風が周囲を襲った。
爆弾のような何かが破裂するような一瞬の風が起こり、私は自身の防御に徹する。
その風の勢いに押されてよろめき、後ろに二、三歩下がりはしたが、何とかその場に留まることはできたが、少しでもその反応が遅れていたら、後ろに吹っ飛んだ可能性はある。
私は自分を守るだけでよかったが、少年は爆心地に接触。
先輩は結界の維持をしつつ身を守らなければならなかった。
私は乱れた髪を、片手で整えながら、少年に向かう。
「…………少年、生きてるか?」
少女に覆いかぶさったまま、身動きもしない少年に思わず尋ねる。
言っておくが、私は冗談ではなく本気で聞いた。
魔法国家の聖騎士の意識を一発で刈り取るほどの強大な魔気の塊が見事に直撃したのだ。
それもゼロ距離から。
並の人間ならそのまま「聖霊界」行きになっても不思議はない。
「……生きてます」
兄が張った結界の効果か、当人自身の魔法耐性のおかげか、彼は身体を起こしながらもそう答えた。
気絶どころか、大きな怪我も負っていない。
驚くべきことに、少年はその魔気すらほとんど乱れさせていなかった。
「ひっさびさに、まともに食らった」
……久々?
「……初めてじゃないのか」
「ガキの頃からたまに……。最近では二ヶ月ぐらい前に、もっと激しいのを食らっています」
「なるほど……。少年が適役とされた理由も分かる」
これも感応性の一種だ。
同じ人間から魔法を何度も食らったりしていると、その人間からの魔法に耐性ができることがある。
勿論、誰でもそうなれるわけではない。
単に確率の問題ではあるが、少なくともこの少年には彼女の魔法や魔気などの自動防御などに対する抵抗力があるようだ。
「……で、先輩。案の定、失敗したわけだが?」
結界魔法を解除した先輩に声をかける。
「失敗? いや、これで十分だろう?」
しれっと……そんな答えが返ってきた。
「「は? 」」
私と少年の声が重なる。
「彼女が目覚めないことには確信できないが、恐らく、乱れた体内魔気の方は、これで落ち着く」
その言葉で……、私はなんとなく理解した。
「どういうことだ?」
だが、少年は素直に疑問を口にする。
「単純な話だ。彼女の自己防衛は魔気を利用したものだということが分かっている。本来は魔気の護りは表層魔気のみで護るが、彼女は自動防御後、さらに魔気を使って相手に攻撃を図る。これは、表層魔気のみで行えることではないだろう?」
そう説明されて思い当たる。
これまで、意識的に自分で上手く魔気を扱えていなくても、この少女は無意識に体内魔気を使っていたのだ。
それも外敵排除という分かりやすい行動で。
傍から見れば対象を絞っていないため暴走しているようにも見えるが、確実に風属性の魔気を大量に放っている。
それは表面上の魔気だけでできることではない。
つまり、それは自分で何も考えずに魔気を操っているに近しい。
そして……、、意識せず、深層魔気を扱うからこそ、王族に連なるものとしての誤魔化しができないということにも繋がる。
大気魔気など、別の要因による不純物が混ざらないのだ。
「転移門を通り抜けた後、すぐに休養するのも道理だ。魔法を使う時にしか意識しない体内の深層魔気のみを激しく乱されているのだからな。眠っている時に意識して魔気を操る必要はあまりない。だから、睡眠の最中、意識せぬまま深層魔気が自動調整されていくのだろう」
「……ってことは、魔気の存在を意識しやすいヤツほど、このよく分からん現象がおきやすいってことか?」
「そうとは言い切れない。その理論だと栞ちゃんより貴女の方が混乱が起きるはずだ。魔気という存在を俺たち以上に感じているはずだからな」
「……それもそうか」
確かにそれならば、聖騎士団はほとんど転移門を使うと暫くの間役立たずということになってしまう。
「国境を越えた時にこの症状が起こる条件下はもう少し調べてみないと分からないが、今、はっきり分かることは……」
「オレはイケニエにされたということだな」
先輩の言葉を遮るように少年が割り込んできた。
「自分で志願したことだろう?」
いけしゃあしゃあと、先輩は弟に向き直る。
「攻撃されるのが確実ならば、オレだってもう少し考えた」
「その辺りは結果論だな。お前の魔気調整で上手くいく可能性も皆無ではなかった。失敗しても彼女がお前に攻撃するだけのこと。それならば、俺としてはどちらに転んでも問題はないと思った。だから、止めなかっただろう?」
そう言いながら悠然と微笑む兄。
日頃からこれが彼らにとって日常的な会話だというのなら、この少年が逞しく育っていくのは自然な流れなのかもしれない。
個人的な考えを述べるなら、暴走ではなく、普通より少し強力な魔気の護りが発動しただけで済んで良かったと思っている。
だが、それをこの場で言っても、火に油を注ぐことになるだけだろう。
「……クソ兄貴」
これ以上の問答を避けるかのように、少年はそんな言葉を吐き捨てた。
「しかし、国境を通り抜ける度にコレでは厄介だな。特に海を渡るときなど、船上でこれだけの騒ぎを起こすわけにはいくまい」
弟の言葉など気にもせず、先輩は淡々と問題点を指摘する。
確かに定期船に乗っている時は他人の目もある。
わざわざこんな目立つことをするわけにはいかないだろう。
「放っておけば良いなら、今後はそうすれば良いだろ」
「彼女が人形ならそれで問題ないが、意識ある人間だ。見知った人間たちの前ならともかく、見知らぬ他人の眼前で先ほどまでの状態を披露したくはないだろうと思ってな」
確かに高田は無神経に見えて他人に酷く気を使う所がある。
今回の実験はその辺りを読んでのことだろう。
「休養……、正しくは睡眠時にちゃんと回復するなら眠らせれば良いんじゃないか?」
主人の精神に作用する魔法は、あまり気は進まないかもしれないが、この場合は治療のようなものだ。
割り切ってもらいたい。
「なるほど、一服盛れば良いのか」
だが、黒髪の青年は迷わず、そんなことを口にした。
「……いや、兄貴。その表現はどうなんだ?」
「……魔法を使わず薬で眠らせることは考えもしなかった」
その発想は魔法に慣れている自分にはないものだ。
やっぱりこの男は黒い。
「彼女に……、通常の魔法が効くかを試したことはあるか?」
そう言われて少し考える。
少なくとも、私は今のところ少年にも高田にも魔法を意識的に使用したことはない。
今後は分からないけれど。
「治癒魔法は何度かある。その時に変だとは思わなかったから、ちゃんと効いていたんだと思う」
「俺も補助魔法ならば道中に何度か使用している。だが、栞ちゃんの精神に影響を与える魔法……、つまり、彼女に対しては害を及ぼす魔法の使用経験はない」
その経験があったなら、それは既に護衛じゃない。
そんな言葉を私は飲み込んで、別の言葉を言う。
「……高田の精神に作用するような……、この場合、誘眠魔法や導眠魔法を使うと、さっきの少年の魔気調整みたいに反発作用の可能性があるってことか」
誘眠魔法や導眠魔法は、本来、攻撃魔法ではなく補助魔法とされている。
だが……、何を攻撃と判断するかは人によって違うのだ。
「確かめてはないが、その可能性は極めて高いだろうな。尤も、魔界人は魔法の耐性はあるが、薬品耐性はあまりない者が多い。だから、どく……、いや、薬物などはかなり有効なのだが」
「……物騒なことをさらっと言いやがった、この兄貴」
これだからこの人は信用できないと思うのだ。
「高田を眠らせるのに魔法を使うと、さっきのように自己防衛が働く可能性があるわけか。それなら、先輩の方法が一番無難かもな」
「ただし、彼女の体内魔気がそう言った薬物に反応しないとも言い切れないけれどな。どこかで試しておいた方が良いだろう」
一体、いつ、どこで、どんな場面で試すつもりなのか分からないが……この人のことだ。
気付くこともなく、一服盛られているのだろう。
そう考えると改めてとんでもない人間が近くにいると私はゾッとしたのだった。
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