それぞれの仮面
アーキスフィーロさまに手を引かれて、転移門を潜ると、見慣れた部屋に着く。
もう、ここに来るのも何度目だろうか?
転移門の部屋を通り抜けると、目元だけ仮面を付けた案内人がいた。
本日は仮面舞踏会。
だから、案内人も仮面を付けているってことなのかもしれない。
でも、やっぱり口元は出すよね?
ご飯を食べるわけではないのだけど、社交が目的ならば会話をする必要があるのだから、出ていた方が良いと思う。
そして、今日の案内人は、アーキスフィーロさまに対して変な顔をしない人らしい。
まあ、それも仮面のせいかな?
でも、わたしたちがそれぞれ招待状を見せても顔色を変えなかったから、これまでで、一番マシな人だと思う。
一ヶ月前の「花の宴」と呼ばれる舞踏会の時は本当に酷かったから。
扉を潜ると、その「花の宴」に勝るとも劣らないほどの光に照らされた。
他にも別の扉から同じタイミングで入ってきた団体もいたようだから、もしかしたら、人数によって案内される扉が違うのかもしれない。
既に、楽団は演奏を始めている。
だが、何故、アニソン?
いや、良い曲だと思うけど、今流れているアンパンのヒーローの歌は、人間界にいた時、母が何度も、ピアノで弾いていたので、聞き飽きた感が強いものである。
でも、その歌詞は意外と哲学的だったりするんだよね。
母が使っていた楽譜を見るまで、アニメで流れていたオープニングテーマは実は二番だったことや、一番があんなに切ない歌詞だとは知らなかった。
「今日はどうしましょう?」
わたしはアーキスフィーロさまに確認する。
本日は、個別に招待されているのだ。
そして、男女一組で来る必要はないらしい。
だから、アーキスフィーロさまが嫌なら、一緒に行動しなくても問題はないのである。
実際、会場入りをした後は、わたしたちのように手を添えたままどうして良いか分からず周囲を見ている人たちや、集団で固まって様子を窺っている人たち、自由に行動している人たち、と実にいろいろだった。
それでも、流石に女性が一人でいることはない。
貴族夫人っぽい人たちも、若い貴族令嬢たちも、同行者といるか、同じような集団で固まっているようだった。
「ご迷惑でなければ、このままでよろしいですか?」
「はい、心強いです」
アーキスフィーロさまがそう言ってくれたので、ホッとする。
知り合いが一人もいないような場所では、わたしも心細い。
知っている人が近くにいてくれるだけでも十分、ありがたいのだ。
「しかし、指定がなかったとはいえ、皆さま、いろいろな仮面を身に着けていますね」
「あれは、仮面と言って良いのでしょうか?」
若い人たちは、多分、「仮面舞踏会」という人間界にある催し物を知っているのだろう。
目元だけ隠すタイプの仮面が多い。
だが、殿方たちは少女漫画に出てくるタキシードを着てヒロインを助けるヒーローがつけていた仮面に似たものが多いのは気のせいか?
シルクハットは被っていないし、マントもつけていないけれど、赤いバラっぽい花がどうしても気になる!!
いや、タキシードではなく、えんび服だからセーフ?
まさかのえんび服仮面様量産計画!?
女性は飾り付けもして、キラキラしい。
今から、どこのカーニバルに参加するのでしょうか? ……と、お尋ねしたくなるようなデコレーションっぷりは、深夜の長距離トラックを思い出す。
少なくとも、若い貴族子女たちは、人間界に行った人から「仮面舞踏会」の情報を得ているのだろうなとは思った。
あるいは、事前に王城に問い合わせている可能性もあるか。
だが、そのツテがなかった人たちは実に激しい。
人間界の仮面に似たものを手に入れたことは褒めよう。
だが、能面、狐面はともかく、ひょっとこはあまりにもこの場の雰囲気に合わないだろう。
いや、確かにアレも踊る時に付けるものだけど。
それどころか、どこの部族だと突っ込みたくなるようなどでかい仮面まで装着している方までいらっしゃる。
そして、金曜日なホラー映画に出てくる仮面っぽいものはどうかと思う。
仮面舞踏会に血のりは要らないと思うのです。
さらには、被り物もいました。
SFに出てくる人造人間なんて、首に杭が刺さっている人と踊るのは難しいな~。
あれはゴムマスクってやつだよね?
だから、仮面と言えば仮面になるのだろうか?
それ以外では、銀河系を舞台にしたSF映画の悪役な方の生命維持装置のような仮面でしょうか?
でも、あの独特な呼吸音まで再現はしなくても良いと思います。
どんな仕組み?
「素顔に被る物なので、『仮面』……、で良いと思います」
「仮面舞踏会というよりも、仮装行列に紛れ込んだ気分です」
そう呟いたアーキスフィーロさまの視線の先には、カボチャのランタンを模した仮面を被っていらっしゃる方がおりました。
あれは、トリックオアトリート! ……かな?
「素性を隠すと言う意味では、仮装してきた方が良かったでしょうか?」
それなら、正体はバレにくくなるよね?
「いえ、シオリ嬢はそのままで良いです」
だが、アーキスフィーロさまはそう言った。
どうやら、仮装はお好きではないご様子。
表情は見えないけれど、そんな雰囲気が伝わってくる。
あまり、悪ふざけに慣れていないようだからね。
いや、慣れているわたしの方がおかしいのか。
ストレリチア城でお世話になっていた時期に、わたしはかなり、王女殿下に装いで遊ばれていた。
その後も、わたしは「聖女の卵」になったり、港町で歌姫やったり……と、あまりにも変装が多かったのだ。
そんなわたしにずっと付き合ってくれている護衛たちは今も尚、変装を続けてくれているのだから、何も言えないのだけど。
でも、こんなにいろいろな仮面に囲まれていると、自分たちの仮面を気にする人はいないだろう。
気のせいかもしれない。
だけど……、多分、そう。
この仮面、内側に抑制石の粉がまぶされている。
補整下着にもその処理がされているから、それが分かったのだと思う。
アーキスフィーロさまは気付かれただろうか?
気付かないか。
魔石をわざと粉にして加工するって発想は、機械国家にいなければ知らない知識らしいからね。
魔法国家の王女殿下たちも知らなかったのだ。
魔石はその形のままで使うのが一番だとそう思っていたと言っていた。
雄也さんが言うには、天然魔石……、誰かが魔力付加、魔法付与したものでなく、その石自体に効果がある抑制石や魔封石のような魔石は砕いても、その効果は消えないとのこと。
勿論、石は小さくなってしまうから、大きな魔石ほど強くはない。
だが、例えば服に使う場合、粉にして使えば、魔石を縫い留めるよりは加工がしやすく、その数も多く使える。
結果的に、通常よりも効果が高い品ができるそうな。
カルセオラリアのあるスカルウォーク大陸は、6大陸中、天然魔石の産出率は低い。
そして、他大陸から輸入しても、不純物の多い魔石が来ることも珍しくない。
だからこそ、魔石に関して、試行錯誤してきたという歴史がある。
この仮面もその歴史の一部……、というのはちょっと大袈裟だろうか?
見た目はツルツルしているけど、触るとなんとなく柔らかい不思議な仮面。
「ところで、国王陛下はどんな形で入場されるのでしょうね?」
「一応、探しましょうか」
正体を隠すための仮面を付けているのに、堂々と、この前の舞踏会のようにファンファーレと共に現れては意味がないだろう。
こちらの方の目印は、以前、登城の印としてもらった魔石を付けることにした。
国王陛下なら分かることだろう。
そして、わたしの首には今、分かりにくいが、通信珠が二つ入った袋と、魔力珠の入った袋が二つ、そして、国王陛下から頂いた魔石が入った袋がぶら下がっていた。
そして、本日選んだドレスにはちゃんとそれらを纏めて収容できるようになっている。
しかも、外からは収容されていることが分からないのだ。
襟は開いているから、透明な紐を引っ張れば、取り出しも容易である。
その辺りも考えられているドレスの提供をしたルーフィスさんはやはり凄いよね?
まあ、それだけ、わたしは通信珠を手放さないようにってことなのだけど。
そして、ルーフィスさんはわたしが持っている魔力珠については何も言わないでいてくれる。
本来、三つの魔力珠がついたヘアーカフスも、ほんのり赤い魔力珠も、わたしが持ち歩く意味などないのだ。
それでも、わたしはこれらを御守りのように持ち歩いている。
誰かの魔力だけでできた……、魔力の結晶のような珠。
なんとなく、これを持っているだけで護られている気がするんだよね。
見ているだけで、ホッとするというのもあるだろう。
雄也さんが言っていた。
―――― 魔力珠は術者の生命が尽きても残り続ける残留思念の一種でもある
九十九がくれた魔力珠のヘアーカフスは、単純に目印のような意味があるのだろう。
通信珠に込められた彼の魔力よりは、魔力珠の方がずっと分かりやすい。
わたしの気配が分かる九十九だけど、自分の気配もあった方が、居場所を掴みやすいとも言っていた。
だけど、もう一つの紅い魔力珠。
これは、どう見ても、形見のつもりで渡されたモノだ。
だから、見るだけで切なくなってしまう。
それでも、持ち歩いてしまうのは、どこかでナニかを期待しているってことだろうか?
それはあり得ない奇跡。
でも、強い祈りが運命すら変えることがあるなら、願うことぐらいはしても良いのかな?
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




