黒と白のコントラスト
「シオリ嬢、第二王女殿下にあまり気を許さないようにお願いします」
ロットベルク家に帰って、夕食を共にしていた時、アーキスフィーロさまから、そんなことを言われた。
「そう見えました?」
「はい。貴女は誰にでも優しすぎます」
そうだろうか?
誰にでも気を配るつもりはないのだけど、アーキスフィーロさまにはそう見えるらしい。
「ぬいぐるみのことでしたら、第四王子殿下にお渡ししたのに、第二王女殿下に渡さないわけにはいかないと思ったのですが、いけなかったでしょうか?」
あちらに渡して、こちらに渡さないというのは、それこそ贔屓となってしまうだろう。
本来なら、全ての王族に均等に贈り物をするべきなのだろうけど、流石に数が多いし、あの毛玉を気に入るかも分からない。
ヴァルナさんは何も言わずに渡していたから、多分、複製品だと思う。
この世界の人間はそれがズルいよね?
欲しがっていた物を渡すこと自体が良くなかった?
でも、第四王子殿下の時にそんなことは言われなかったよね?
「あの第二王女殿下は、以前、貴女を公衆の面前で恥をかかせようとしたではありませんか。それなのに、今回も、そのことに対する謝罪はありませんでした。その上で、あちら側の要求を呑ませようとしたのです」
恥って……、あの歌姫な話?
まあ、迷惑だったとは思うけど、無茶な命令をするのが王族だ。
怒るほどのことでもない。
どちらかというと……。
「確かに、『白き歌姫』と呼ばれるのは、恥ずかしいですね」
自分で名乗ったわけではないのだけど、かなり恥ずかしい。
歌が上手いわけではないから。
まあ、「ヴィーシニャの精霊」も相当、恥ずかしいのだけど。
わたしはあんなに綺麗な花ではないのにね。
「いえ、それについてはお似合いですし、当然の賛美だと思っています」
あれは……、賛美なのか。
「ですが、ヴァルナ嬢のお菓子まで出して、歓迎する必要などなかったのです」
あ~、確かにアレはちょっと特別扱いだったかもしれない。
「歓迎したわけではないのです。ただ……、同年代の女性とお話できる機会に少しばかり、浮かれてしまったところはあると思います」
水尾先輩や真央先輩、ワカやオーディナーシャさま。
これまで、同年代の高貴な女性とお話する時は、必ずと言っていいほど九十九のお茶菓子がセットであることがほとんどだった。
だから、何も考えずにお茶の準備をお願いしてしまったのだ。
それは確かに失敗だったといえる。
そこにいたのが、ヴァルナさんではなくてルーフィスさんだったなら、ちょっと違ったかもしれない。
「申し訳ございません」
そう言って、頭を下げる。
これでは、確かに第二王子殿下から扱いが違うと言われても仕方がないだろう。
実際、扱いを変えてしまっていたのだから。
「いえ、シオリ嬢を責めているわけではありません。ただ、あの第二王女殿下をあまり信用しすぎると、貴女が傷付いてしまうかもしれないのです。私はそれが心配で……」
「信用はしておりませんが……」
「え?」
「あの第二王女殿下の言葉ですよね? 全部が嘘だと思っていませんが、その全てを信じたわけではございません」
城から、ロットベルク家に戻ってから、いろいろと考えてみた。
だが、やはりおかしいのだ。
舞踏会での言動、アーキスフィーロさまから聞いた過去の話、そして、ルーフィスさんから聞いた第二王女殿下のこと。
それらを書き出して、いろいろ頭を悩ませた結果、やはり、あれらを全て鵜呑みにしてはいけないということはよく分かった。
わたしにはヴァルナさんのように真偽を見極めるような能力はない。
だから、一つ一つについてじっくり考えるしかないのだ。
どこまで本当か嘘か。
どこまで思い込みか現実か。
民を思い遣る王女か。
人を侮る王族か。
「第四王子殿下は信用できる方だと思います。ですが、第二王子殿下は好きになれませんし、第二王女殿下は状況によって、すぐに言葉を変える人のようですから、その全てを信用するつもりはありません」
三つのお願いのうち、一つ目は、誰かから頼まれたのだろう。
国王陛下かと思ったが、それなら、あの方は直接、手紙にしそうだと思った。
だから、本当の依頼者は、多分、利害関係のある人。
何かの見返りに……なのだと思う。
舞踏会の会場で周囲の目も気にせず、国王陛下や正妃殿下にも敬意を払わなかった。
自分の評判を下げてでも隠したい何かがある可能性もあるが、どちらかといえば、周囲を気にしない人なのだと思う。
二つ目の願いは、想像がつく。
もともと可愛い物が好きな王女さまだという話は聞いていたのだ。
だから、第四王子殿下が持っていた可愛らしいぬいぐるみを見て、単純に欲しくなったのだと思う。
人間界の物だからダメだよね? ……という雰囲気ではあったけれど、断られるとも思っていなかったのだろう。
あの力強い瞳から最後まで光が消えなかった。
それに、人間界の物であっても、複製魔法の使い手がいれば渡すことに抵抗がない人も多い。
第四王子殿下に渡したぐらいだから問題ないだろうと思ってお強請りされた可能性は高いと思っている。
三つ目の願いはよく分かっていないけれど、多分、わたしを利用したいとかそんな感じなのだと思う。
新聞を作りたいっていうのは本当かもしれないけれど、その前の質問がやはり、あまりにもブレ過ぎていた。
多分、あの中に本当に描いて欲しい絵があったのだけど、それを誤魔化すためにいろいろ取り繕ったらまとまりがなくなったのだと思う。
それをさらに誤魔化そうとしたから、新聞の話を出すしかなくなったのだろう。
新聞なら、多種多様な絵があっても、不自然ではないから。
わたしは人間界の新聞しか知らないけれど、写真も絵もいろいろあった。
そして、小説を書きたいからその挿絵をお願いしたいと言われるよりは、具体的な例がなくとも、納得できる。
「本当に、気を許していたわけではないのですね?」
「はい」
「それなら良いのです。あの方は、貴女が言うようにすぐに意見を変える人ですから」
ここまではっきり言うのは相当なことがあったのだろう。
「何より、今日、聞いた話も一切、信じない方が良いでしょう。本当に何もできない令嬢ならば、顔合わせの貴族子息に対して、あのようなことを言うはずがありません」
アーキスフィーロさまから聞いた過去の話を思い出す。
散々、文句を言って、顔を見た途端、態度を変えて……、自分の婚約者候補としたら犬のように扱う発言をしたと言う第二王女殿下。
そんな発言をされていては、確かに信じられないのも無理はない。
そして、過去のことだから、幼かったからと笑って流せるものでもないだろう。
「大丈夫ですよ、アーキスフィーロさま」
不機嫌というよりも不安そうな顔をしているアーキスフィーロさまに向かって笑いかける。
「わたしは、あなたのことを一度でも、『黒公子』と呼んだ方を簡単に信じるつもりはありませんので」
いや、「白き歌姫」よりはかっこいい異名だとは思う。
でも、そこの込められた感情が、侮蔑からきているものなら話は別だ。
本人も嬉しくはないだろう。
仮令、本人の前で言い淀んでも、言いかけたってだけで許せるはずがない。
少しでも悪いと思うのなら、始めから口にしなければ良いのだ。
「私もその呼ばれ方は好きではなかったのですが、最近ではそこまで気にならなくなりました」
「そうなのですか?」
嫌な気分になっていたと思っていたのだけど、違うの?
「どうやら、城でも城下でも、シオリ嬢のことを『白き歌姫』と呼ぶ者が増えているようなので」
「え……?」
何故、そこで、その恥ずかしい名前が出てくるのか?
「黒と白なら、一緒にいてもおかしくはないでしょう?」
そう言いながら、アーキスフィーロさまは柔らかく微笑んだ。
黒と白なら一緒にいても良い?
「それは素敵ですね」
そんな考え方もあるのだと感心してしまった。
どこまでも前向きで、無理のない考え方だ。
わたしは嫌いじゃない。
同時に、アーキスフィーロさまの側にいることが許されている気がして、ちょっと嬉しい。
半ば、強引にこの場所に入り込んだのだ。
どうせなら、やはり良い関係を築きたいと思っている。
「貴女もそう思ってくださいますか? 白き歌姫」
おおう。
美形が言うと、どこか恥ずかしい異名も綺麗な響きを持つね。
「はい。一緒にいられることを嬉しく思います、……黒公子さま」
ここはそう言う場面なのだろう。
少し迷ったけど、わたしはそう口にしたのだった。
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