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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 弓術国家ローダンセ編 ~

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人間界に行った王女さま

「ちょっ!? 何、これ!?」


 第二王女殿下が叫び声を上げる。


「なんで、こんなところで()()()()()()()()()()なんかが出てくるのよ!?」


 わたしが好きだからですね。

 いや、ヴァルナさんが作ってくれたお菓子で好きじゃない物なんて、これまで一度もないのだけど。


 そして、これはベイクドチーズケーキではない。

 よく似た「ベイクドチーズケーキのような菓子」である。


 以前、識別したから名前に間違いはない。


 そして、恐るべきことに、乳製品が一切使われていないのだ!!

 それなのにしっとり、濃厚でクリーミーな不思議。


 わたしは何度も食べているからその味が、人間界のベイクドチーズケーキと変わらないことを知っている。


 だが、第二王女殿下は違うのだ。


「トゥーベル=イルク=ローダンセ王女殿下は、このお菓子がお嫌いですか?」


 念のために、確認してみる。


「大好きよ!! だから、驚いているんじゃない!! なんで、この世界でチーズケーキなんか……、食べて良い?」


 わたしの質問に対して、噛み付くような返答があった。


 さらに、そのまま少しずつ語尾が小さくなるかと思えば、許可を取る時だけは、はっきりと主張される。


 だけど、命令形ではなく、問いかけであった。

 強く主張すると、断られるかもしれないと思ったのかな?


「その前に、安全性を主張させていただきますね」


 ヴァルナさんが作ってくれた物に外れはない。

 そして、毒を入れる理由もないが、体面は大事なのだ。


「必要ないわ」


 だが、第二王女殿下はわたしがベイクドチーズケーキのような菓子を口にする前に、とっとと、フォークを刺して食べてしまった。


 いや、どの国でも、王族は毒見役が必要じゃないですかね?


「ふうううううっ!!」


 そして、口に入れた途端、第二王女殿下は口を押さえる。


「ベル!?」


 その様子を見ていた第二王子殿下が金属製の格子を両手で掴んだ。


「ちょっと待って? この世界で、こんな……」

「トゥーベル=イルク=ローダンセ王女殿下!?」


 そのまま、ボロボロと涙を零し始めたので、流石にわたしも慌ててしまった。


「も、もう、お菓子なんて、食べられないって……。あんなに好きだった、ケーキも、パイも、クッキーも、タルトも、マカロンも、シュークリームも、キャンディーも、ワッフルも、カステラも、お饅頭も、羊羹も、お煎餅も、スナック菓子も、絶対、食べられないって……」


 和洋問わず、結構な種類のお菓子が出てきたが、そう言いたくなる気持ちも分かる。

 この世界ではそれらがほとんどないのだ。


 つらつらと淀みなく、お菓子の種類が出てくるあたり、本当に好きだったのだろう。


 わたしは、護衛が料理どころかお菓子作りまでできる人だったからその辺の苦労を知らない。


 でも、これまで当たり前に食べることができていた物が食べられなくなるなんて、ちょっと考えたくない。


 ロットベルク家のお食事もその……、そこまで好みではないので、ヴァルナさんとルーフィスさんの存在は本当に有難い限りなのである。


「ううっ! 食べると終わっちゃう……。でも、食べなければ、勿体ないし……」

「その通りです、トゥーベル=イルク=ローダンセ王女殿下。このような御菓子に対して、お残しは許されません」


 わたしは思わず、そう口にしていた。


 この様子だと残すという選択肢はなさそうだが、念のためにそう言っておく。

 第二王女殿下は、思わず……というように顔を上げた後、目を伏せた。


「そのフレーズも、懐かしい。(アタクシ)が知っているのは、もっと迫力あるオバチャンで、訛りがあったけど」


 わたしが知っているのもそうだ。

 だが、仮にも王族に対して、あの言葉は無理だろう。


「白き……いえ、シオリ()は、いつもこんなのを食べているの?」


 ぬ?

 シオリ……様?


 第二王女殿下がわたしの名前を覚えていたことよりも、そちらの方が気になった。


「トゥーベル=イルク=ローダンセ王女殿下、わたくしに『様』付けなど必要ございません」

「じゃあ、シオリ……()()()?」


 吹くかと思った。

 一気に距離を詰められた感が凄い。


「呼び捨てで結構です」


 悪気はないと分かっていても、一国の王女殿下より「ちゃん」付けで呼ばれるのはいろいろとおかしい。


 ……あれ?

 そう言えば、わたしのことを「ちゃん」付けで呼ぶのって……。


「でも、あんたは一応、お父様の客人なのでしょう? 呼び捨てるわけにはいかないわ」


 ぬ?

 第二王女殿下の父君は、当然ながらローダンセ国王陛下のことである。


 だけど……。


「畏れながら、わたくしは国王陛下の客人ではなく、アーキスフィーロさまの補佐としてこの城に来ております」


 国王陛下の客としてこの城に来ているなら、確かに王族でも気を遣う必要があるというのは分かる。


 でも、そうではない。

 実際は、ただのお手伝いにすぎないのだ。


 この認識の違いは大きいだろう。


「それでもあんたがお父様によって、この城に来ている事実が変わるわけではないでしょう? でも、『様』も嫌、『ちゃん』も嫌なら、残るのは『さん』ぐらいしかないわよ」

「『さん』でお願いいたします」


 流石に王女殿下から「様」付けされたくはない。

 でも、「ちゃん」もないだろう。


 正直、「さん」も微妙ではあるのだが、この三つの中から選ぶなら、これが一番マシなような気がした。


「それでは、改めて……、シオリさんは、いつもこんなお菓子を食べてるの? すごく羨ましいんだけど……」

「わたくしの侍女が、美味しい料理を作る趣味がございまして……」


 本来、こんなお菓子の再現なんて容易ではないはずだ。

 それなのに、ヴァルナさんは何度も試行錯誤を繰り返して再現してしまう。


 単純に料理の才能だけの話ではない。

 ヴァルナさんが失敗しているところも見てきた。


 わたしが見ているだけでも結構な数なのだから、陰ではもっと失敗していると思っている。


 だけど、それでも諦めず、失敗しても成功しても、自分が納得できるまでは挑戦し続けるのだ。

 そんなところは、本当に努力の人だと思う。


「その侍女って、さっきからそっちで飛び回っている女?」

「はい」


 そうなのだ。

 ヴァルナさんは、お茶とお菓子の準備をすると、第二王子殿下の従者たちのところへ行ってしまった。


 そして本日は、六日前のように武器で従者たちを攻撃してはいない。

 その手には武器を持たず、魔法も使わず、ただ従者たちの攻撃を避けるだけだった。


 徒手空拳のまま相手からの攻撃を回避しているだけだから、その動きが飛び回っているように見えるのだろう。


「ゼルノス兄様のお供たちが言っていたけど、『濃藍』って何?」

「わたくしもよく存じませんが、城下で有名な魔獣を退治している濃藍の髪の女性のことらしいです」


 ヴァルナさんのことならよく知っている。


 でも、城下で有名な「濃藍」さんのことなんて知らない。

 わたしは城下にほとんど行かないから。


 ヴァルナさんが魔獣を退治するところを見たこともないし、今後も、わたしには見せようとしないだろう。


 漫画やゲームならともかく、現実での命のやりとりなど、わたしに耐えられるとは思えないから。


 それでも、万一、見ることがあるとしたら、それは不可抗力な場面だと思っている。


「魔獣退治なんて、まるで、()()()()()


 第二王女殿下はヴァルナさんを見ながらそう言った。


「それは、シルヴィエ=ペスラ=ローダンセ王女殿下のこと……でしょうか?」


 この第二王女殿下が「姉様」と呼ぶなら、第一王女殿下であるその人しかいないだろうと分かっていても、そう尋ねてみる。


 魔獣退治をする王女さまらしい。

 妹としては姉のことが心配なのかもしれない。


「ええ、(あたくし)と半分だけ血の繋がっている()()()よ」


 だが、違った。

 第二王女殿下が憎々し気にそう吐き捨てたから。


 勿論、そんな考え方もあることは理解している。


 女性が戦うことを良しとしない人だっているし、それを野蛮とか、野性的とか、野獣みたいだって感想を抱くもいる。


 単にわたしがそう思わないだけだ。


 魔獣と戦うためには、どれだけの勇気を持てばいいのだろうか?

 どれだけの自信が必要なのだろうか?

 どれだけの決意を秘めてその場に立つのだろうか?


 その第一王女殿下は、既にそれらを全て乗り越えているのだ。

 それだけでも尊敬できると思う。


「言っとくけど、女が戦うなって話じゃないのよ。戦える女は凄いって思う。でも、シルヴィ姉様は違う。単に魔獣を従えたいだけ。周囲を屈服させたいだけ。自分が強いって思いたいだけ。そんな考え方を野蛮と言うのはおかしいかしら?」


 第二王女殿下はヴァルナさんを見ながらまるで独り言のように問いかける。


 明確な答えを欲しているわけではない。

 多分、本当に理解できないのだろう。


「だけど、周囲は姉様を褒める。お父様以外で唯一、城下から出て魔獣退治をする王族だからって理由だけで。一緒に行ったお供たちが姉様を守って死んでも、生き残った姉様だけが称賛され、死んだ人は謗られ、貶められる」


 その声には苦渋の色があり……。


「下の者を犠牲にして上に立つ。そんな考え方が正しいとは、どうしても思えないのよ」


 同時に、王族としての矜持を滲ませるものだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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