珍客襲来
「来てやったわ」
この城の、この契約の間で仕事するのは本日4回目。
そんなことを言いながら、その仕事場の扉の前でお待ちになっていたのは、第二王女殿下だった。
そして、その背後には第二王子殿下とその従者たち。
この人たちと会うのは実に3回目となる。
前回も現れたから、今のところ、第二王子殿下は初日を除いて皆勤賞となっているが、喜ばしくない。
その彼らも珍しいことに、いずれも困った顔をしていた。
だが、毎度、思う。
何がどうしてこうなった!?
そして、こうなる前に誰も止めなかったのか?
止まらなかったのだろうね。
でも、何の目的か分からないけれど、第二王女殿下はわたしたちに何か御用があることだけは分かった。
しかし、何度も、王族に待ち伏せされるなんてどんな状況?
そんな風に戸惑いながらもわたしたちは頭を下げ、アーキスフィーロさまが代表して挨拶を述べようとすると……。
「そ~ゆ~の、要らないわ。私にいちいち頭も下げる必要もなくてよ。時間の無駄でしょう?」
第二王女殿下は刺々しい口調で、アーキスフィーロさまに顔を向けずにそう言った。
だけど、舞踏会で会った時ほどの棘は感じない。
「ちょっと? いつまでレディーをこんな辛気臭い所に立たせておくの? とっとと案内なさい」
「案内……ですか?」
アーキスフィーロさまが戸惑った声を上げる。
「あんたたちの仕事場よ」
わたしたちの仕事場。
それはつまり……。
「『契約の間』ですよ?」
「知ってるわよ、そんなこと」
王族たちが忌避している「契約の間」。
そこに第二王女殿下自らが向かうと言っているのだ。
それはこれまでになかったことだったために、アーキスフィーロさまの困惑はよく分かる。
「あんたたちの従者が掃除してくれるなら、この部屋に入っても不調はないのでしょう? それぐらいは待つわ。だから、さっさとなさい」
その情報提供は背後にいる第二王子殿下だろうか?
いつもなら、わたしに向かって両手を広げてくるのにその様子が見られない。
いや、それが人として当然のことなのだけど。
だが、これまでずっと、「ヴィーシニャの精霊」と呼ばれながら抱き付こうとして来る姿しか見ていなかったので、酷い違和感だった。
「セヴェロ」
「ヴァルナ」
わたしとアーキスフィーロさまが同時にそれぞれの従者の名を呼ぶ。
『了解です』
「畏まりました」
そして、セヴェロさんとヴァルナさんがそれに応えて中に入っていく。
「アーキスフィーロの従僕? どこかで見たことがあるような……?」
だが、セヴェロさんを見た第二王女殿下が首を傾げた。
そのことは、これまで第二王子殿下とその従者たちや、第四王子殿下が全く気にしていなかったところだ。
それだけ、第二王女殿下はアーキスフィーロさまと昔から関わっているということだろう。
そして、昔から付き合いのある第五王子殿下ならば、もっとはっきりその違和感に気付いてしまうはずだ。
それだけ幼い頃から、ずっと側にいたはずなのだから。
まあ、その割に、今はほとんど交流がないようだけど。
それでも、セヴェロさんの顔を見れば、あることに気付くはずだ。
わたしも本人に直接確かめたわけではない。
だけど、間違いないと思っている。
セヴェロさんがわたしの記憶を読み取って中学時代の恭哉兄ちゃんの姿で、さらに性別変更をした姿を見た日に確信したのだ。
今のセヴェロさんの姿は、出会った時にアーキスフィーロさまの記憶を読み取って、再現された誰かの姿である。
だから、その容姿は幼く10歳ぐらいなのだろう。
本当なら、もっと近年の姿でも良かったはずなのに、10歳ぐらいである理由まではちょっと分からない。
だから、セヴェロさんがあの日、今の姿のまま、性別変更をしてわたしに付き添わず、わざわざ恭哉兄ちゃんの姿を映し取ったのも、その辺に理由があると思っている。
「まあ、いいわ。思い出せないなら、大したことではないってことだから」
第二王女殿下はそう結論付けた。
確かに姿かたちに大した意味はない。
セヴェロさんの本当の姿は分からないけれど、アーキスフィーロさまにとって数少ない味方であることに変わりないのだから。
「シオリ様、アーキスフィーロ様。終わりましたよ~」
それから、数分もかからずに、セヴェロさんが顔を出した。
気のせいか、初日から少しずつ時間がかからなくなっている気がする。
「早いわね」
第二王女殿下も早いと思ったようだ。
尤も王女殿下の考えている部屋のお掃除って、もっと複数の侍女たちがやる大掛かりなものだろうから、それに比べたら格段に速いことだろう。
この契約の間には余計な物が置かれていない。
それだけ、片付けの意味での掃除はしやすいのだと思う。
ただ、六日前、気になる会話を聞いた。
―――― 俺たちが先に入ろうとした時は、噂通り、酷かったからな~
―――― まさに、怨念がおんねん
―――― やはり、悪意ある思念が多いのか
その漏れ聞こえた言葉だけでも、この部屋に悪い思念? ……みたいなものが籠っていることは分かった。
多分、それが三日ごとに溜まる大気魔気の正体なのだろう。
でも、ルーフィスさんもヴァルナさんも、いつもは軽口なセヴェロさんすら、そのことについてわたしには何も言ってくれない。
だから、今も、その扉の奥がどんな状態なのかが分からないままだ。
尤も、部屋に入った後のヴァルナさんもルーフィスさんも体内魔気が落ち着いている。
それが少しでも乱れることがあれば、慌てるしかないけど、その様子がないので今は何も言わない。
変に好奇心を出して、何かが起これば、二人が困る。
それだけはわたしが避けなければならない。
主人を護るために全力を尽くす二人の足をわたし自身がひっぱりたくはなかった。
「シオリ嬢。手を……」
そう言いながら、アーキスフィーロさまが手を差し伸べる。
だけど……。
「いいえ、アーキスフィーロさま。今回はトゥーベル=イルク=ローダンセ王女殿下の手をお取りください」
初めてこの部屋に入る王女殿下が本当に全く、不安がないとは思えない。
それなら、先導すべきアーキスフィーロさまが手を差し出す方が良いだろう。
そう思ったのだけど……。
「結構よ。私は、ゼルノス兄様にエスコートしてもらうわ」
意外にも第二王女殿下はそれを断った。
「は? 俺はベルより、『ヴィーシニャの精霊』の方を……」
「未婚の成人女性王族が円舞曲の先導役以外で婚約者以外の男の手を取られてどうするのよ? アホなの? それとも、ケダモノの兄様にはそんな道理も通じないの?」
さらに拒もうとした第二王子殿下に容赦なく言葉を投げ付ける。
「話には聞いていたけど、アーキスフィーロの連れの女に、気を違っているって本当だったのね。いくらケダモノの血が濃いからと言って、流され過ぎだわ」
ケダモノの血?
あれ?
第二王子殿下はもしかして、精霊族の血が濃いとかではないってこと?
精霊族の血が濃いほど、わたしの中にある神力に惑わされる可能性があることは、セヴェロさんの口から聞いている。
だから、そのせいだと思ったけど、違うの?
「第二王子殿下は、人狼族の血を引いていると言われています」
アーキスフィーロさまが小声でわたしにそう伝えてくれた。
人狼族……?
多分、人間界ではワーウルフ、ライカンスロープ、ルー・ガルーと呼ばれるモノのことだと思う。
日本語ならば、オオカミ男とも言う。
だけど、この世界の人狼、オオカミ男の扱いが分からない。
精霊族とは違うのだろうか?
でも、綾歌族の例もある。
綾歌族は、鳥に変身した。
それなら、人狼族は、オオカミみたいなものに変身する?
わたしの頭にある自動翻訳機能がどこまで、正確に訳してくれているかが分からないから何とも言えないところだ。
「ケダモノの兄様が本格的にその『白い精霊姫』に嫌われる前に私がちゃんと邪魔してあげるから、とっとと、その部屋に連れて行って」
ぬ?
それってわたしを庇っている?
それとも、第二王子殿下を貶めている?
これだけでは分からない。
だけど、はっきり分かることがある。
この王女殿下は、そんなに愚かな人ではない。
この前の舞踏会とは随分、雰囲気が違う気がした。
そうして、わたしはいつものようにアーキスフィーロさまが差し出してくれた手に自分の手を乗せて契約の間へと入っていったのだった。
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