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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 弓術国家ローダンセ編 ~

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跳ねる心

 ウサギ……。

 それは人間界にいる愛らしくてモコモコ、もふもふした存在である。


 違う。


 兎形目(とけいもく)、あるいは、ウサギ目ウサギ科の哺乳類の総称である。

 ノウサギ類とアナウサギ類に分けられ、体長40〜60センチのものが多い。


 一般に他の動物と比較しても耳介(じかい)が大きいものが多く、前肢は短く、後肢は長い。


 だが、その耳の長いウサギたちの写真を見ても……。


「これは、僕の知るウサギではないな」


 第四王子殿下は何故か、そんなことを言った。


 はて?

 第四王子殿下は人間界に行ったことがないのだから、何かと勘違いされている可能性がある。


 だが、「耳の長い小動物=ウサギ」の感覚が根強いわたしとしては、何と勘違いしているのかが分からない。


(わたくし)には話がよく分からないのですが、第四王子殿下がウサギの写真をご所望されているということでよろしいでしょうか?」


 ヴァルナさんが小声でわたしに確認したので、頷く。

 いや、先ほどのやりとりだけでよく分かったね?


「第四王子殿下はどちらでそのウサギの写真をご覧になったのでしょうか?」

「写真というよりも、初日にわたしが模写した絵だと思うのですが……」


 話を聞く限り、そんな感じだった。

 でも、この様子だと、別の生き物だったのかな?


「因みに、どの種類のウサギを模写されましたか?」

「名前まではちょっと……。数種類描いた覚えはあるのですが……」


 その場にいたルーフィスさんなら分かったと思う。

 わたしが描いた絵も、多分、複製していたようだから。


 そして、カタカナが多かった覚えはある。


「有名な絵本のウサギに似たウサギ……」

「日本の絵本ですか? 外国の絵本ですか?」

「確か、イギリス?」


 自信はない。

 だが、名前からして英語圏だとは思う。


「ネザーランドドワーフですね」


 そう言って、差し出された動物図鑑の写真は、確かにあのウサギだった。

 しかし、何故、分かる?


「いや、僕の知るウサギはこれではない」


 ヴァルナさんが広げた動物図鑑を横から覗き込んだ第四王子殿下はそう言った。


「それ以外なら、垂れ耳?」

「ロップイヤー・ラビットですね。ホーランド・ロップ、アメリカン・ファジー・ロップ、イングリッシュ・ロップなどいろいろ品種改良されていますが、多分、ホーランド・ロップでしょう。小さくて可愛らしい品種です」


 だから、何故分かる?


「そんな垂れた耳ではなかった」


 だが、第四王子殿下は首を振る。

 垂れ耳ウサギが全否定された。


「もさもさした……(たてがみ)ウサギ?」

「それならば、ライオンラビットでしょう。ロップイヤー系ではないようですから、これでしょうか?」

「いや、これでもない。だが、()()()()()()


 毛?

 そう言えば、ウサギを描いている時に毛と思ったヤツがいた。


 確か……。


「毛玉……、アンゴラウサギ?」


 何かの魔獣に似ているとセヴェロさんも言っていたウサギだ。


「ああ、アレは確かにウサギというよりも毛玉ですね」


 クスクス笑いながら、ヴァルナさんはそのページを開く。


「これだ! 毛むくじゃらの魔獣(リャーフ)のように毛しか分からないのに、何故か愛らしい! コレこそが、僕が求めて()まないウサギだ!!」


 第四王子殿下が叫ぶ。

 いや、その毛玉をウサギの基準にしてはいけないと思います。


「ふむ……、アンゴラウサギなら……」


 そう言って、ヴァルナさんは数枚の紙を取り出した。


「おおっ!?」


 それを見た第四王子殿下は歓喜のあまり叫んだ。


「ポストカード?」


 ヴァルナさんの手にあったのは、郵便はがきの裏面が写真になっているものだった。

 そんなものあったのかと思うと同時に、どこか懐かしく思えてしまう。


 この世界は「伝書」を含めた手紙というものはあるが、郵便はがきのような紙一枚だけで送る文化はない……多分。


「もしくは、こちらの方がよろしいでしょうか?」

「うおおおっ!?」


 さらに出されたのは、毛玉……もとい、アンゴラウサギのぬいぐるみと思われる物体だった。


 それを見て、第四王子殿下はこれまでで一番大きな声を上げる。


 しかし、何故、そんな愛らしいぬいぐるみを持っているのだろうか?

 単なる趣味?


「こ、これを! これを是非、売ってくれ!! 言い値で買おう!!」


 さらにはとんでもないことを言い始めてしまった。


 もし、ヴァルナさんが悪い人だったらどうするのか?

 王族ともあろう者が随分、迂闊な発言をなさるものだと思ってしまう。


 まあ、逆に言えば、王族だからこその発言なのだろう。

 自分にとって不利なこと、悪いことを相手から言われるとは思っていないのかもしれない。


「ヴェルドロフ=バルダ=ローダンセ王子殿下」


 ヴァルナさんが妖艶に微笑む。


 それは、本人が意識していないほど自然すぎて、思わず目を奪われてしまった。

 いつもよりも幼いのに、いつもよりも可愛らしいのに、だけど、いつもよりもずっと強い光。


「このような物でよろしければ、どうぞ、お納めくださいませ」


 だが、ヴァルナさんは意外にも、素直にぬいぐるみを差し出した。


 何か苦言を呈するとか、一言ぐらいあるかと思ったのに、拍子抜けするほどあっさりと、第四王子殿下にその毛の塊を渡す。


「良いのか?」

「はい。高貴なる方に受け取っていただけるなら、そのアンゴラウサギも本望でしょう」


 ぬいぐるみにそんな感情があるかは分からないが、第四王子殿下は嬉しそうに受け取り、締め付け……もとい、抱き締めた。


「有難い。大事にしよう」

「末永く可愛がってくださいませ」


 まるで、第四王子殿下へお嫁入りするかのようだ。

 相手はぬいぐるみだけど。


 でも、本当に、なんで、あんな可愛らしい物をヴァルナさんは持っていたのだろうか?


 いや、殿方が可愛いぬいぐるみを持っていることを否定しているわけではない。

 だが、ヴァルナさんはシンプルな物を好むため、可愛らしい私物を持っているイメージがないのだ。


 わたしに手渡してくれる日用品も、可愛いよりも飾り気がなくスッキリした物の方が多い。

 本や紙、筆記具はよく貰うけれど、あんな可愛らしいぬいぐるみなど貰ったこともなかった。


 尤も、それはわたしが望んでいるからなのだけど。

 だから、あのぬいぐるみの存在がちょっと不思議だったのだ。


 聞いたら、答えてくれるかな?


「そ、それと、先に見せてくれた本と、このウサギが載っていた紙も欲しいのだが……」


 わたしが抱えている動物図鑑と、ヴァルナさんが出したポストカードを交互に見ながら、第四王子殿下はさらにそう言った。


 どうやら、好きな物は全て手に入れたい人らしい。

 その気持ちは、分からなくもない。


 だけど、ちょっと厚かましいなとも思ってしまう。


 王族だから、家臣から献上されることが当然なのかもしれないけれど、ヴァルナさんは、第四王子殿下の従者ではないのだ。


 しかも、第四王子殿下が欲しがっているのは、恐らく、人間界で手に入れたこの世界では非売品の貴重な物である。


 それを簡単に貰おうなんて……。


「このような物でよろしければ、いくらでもお納めください」


 簡単に渡しちゃうんだ。


 いや、ヴァルナさんのことだから、複製はしていると思う。

 だけど、こう、モヤリとしてしまうのは何故だろう?


「実に素晴らしい」


 第四王子殿下がぬいぐるみを抱き締めながらそう言った。


 この王子殿下の年齢は確か、トルクスタン王子や雄也さんと同じだったはずだけど、まあ、可愛いものは抱き締めたくなるから仕方ないか。


 趣味、好みに年齢、性別は関係ないよね。

 可愛い物は可愛いし、好きなものは好きなのだ。


 これは当人にもどうしようもない感情だとわたしも思う。


「人間界はこのような生き物で溢れているのだろうな」


 いや、そのウサギはかなり特殊だと思われます。


 わたしもルーフィスさんから動物図鑑で写真を見せられるまで、アンゴラウサギという名前のウサギがあんなに毛玉だとは思いませんでした。


 だけど、この割とどうでも良いような出来事が、別の王族を引き寄せることになるとは、この時のわたしは思ってもいなかったのだった。

今回は、「心がぴょんぴょんする」とサブタイトルを付けようと思いましたが、踏みとどまりました。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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