難題は、なんだい?
「ヴェルドロフ=バルダ=ローダンセ王子殿下は、わたくしにどのような話をお望みなのでしょうか?」
第四王子殿下が、部屋の外でわざわざ待ち伏せてまでわたしと話をしようとした。
だけど、わたしにはこの方がどんな話を望んでいるのか分からない。
だが、王族たちも苦手なこの「契約の間」に入ってでも確認したい内容なのだ。
どんな無理難題なのだろうか?
「それは……」
チラリと轟音が鳴り響く方を見る。
そこには濃藍の髪の侍女を囲んだ殿方たちの姿がある。
「あちらは大丈夫だと思われます。少しでも、こちらを気にする素振りがあれば、わたしの侍女が優先的に意識を奪おうとしているようなので」
それはこちらの話を聞かせないためなのか、戦闘に集中しろというお叱りなのかは分からない。
でも、少なくとも、わたしの侍女は邪魔をさせないようにしてくれているのは分かる。
ドッ!!
ほら、またこちらをチラ見しようとした従者が、ガラ空きだったそのお腹に拳を突き立てられている。
元空手少年ならば、本当は寸止めもできるはずなのに、それを一切していない。
そして、本来は使える蹴り技も一切使っていなかった。
まあ、ロングなスカートで蹴り技っていうのはどうなのかとも思うけれど、ルーフィスさんもヴァルナさんも必要とあれば、その御御足を振り上げることに迷いがないことを知っている。
「それとも、わたくしと話すことなど、本当は何もありませんでしたか?」
単に人気のないところに誘い出したかっただけ?
それでも、アーキスフィーロさまが同席を許されている理由には繋がらない気がする。
わたしを連れ出すことが目的なら、同行者なんて真っ先に排除したい存在だろうから。
「いえ、その、いや! 話そう!! この機会を逃せば、今以上に邪魔が入る気がする!!」
第四王子殿下は突如、そう叫んだ。
そして、別の場所から、連続で何かが弾き飛ばされていく音が聞こえる。
多分、先ほどの第四王子殿下の声に反応して、こちらに顔を向けてしまった従者さんたちが、次々にふっ飛ばされた音だろう。
気付けば、ヴァルナさんは武器を持ち替えていた。
分かりやすい大型ハンマー。
まさに鈍器である。
しかし、あんなのにふっ飛ばされても、大丈夫なのだろうか?
「話というのは他でもない」
第四王子殿下はそのまま、話そうとしている。
こんな状況でもおっけ~らしい。
ある意味、柔軟そうだ。
「シオリ嬢。貴女は今、そこのアーキスフィーロ=アプスタ=ロットベルク殿の仕事の補佐をしていると聞き及んでいる。それは間違いないか?」
「はい」
城内でどれだけその通達がされているかは分からないけれど、アーキスフィーロさまが登城するようになったことは既に広まっているだろう。
わたしたちが広めようとしなくても、転移門の部屋から契約の間まで案内する人だっている。
その間、人に出会うことはほとんどないが、第二王子殿下やその従者たちだって、登城する日に合わせて三日前に契約の間の扉の前で待ち伏せていたのだ。
他にも知っている人がいると思っている。
「その仕事の中に、絵があった。アーキスフィーロ=アプスタ=ロットベルク殿は絵を描くことが苦手だと聞いているから、その絵は貴女の仕事か?」
「はい」
あれ?
もしかして、絵を入れちゃダメだった?
でも、ルーフィスさんもヴァルナさんも止めなかったし、アーキスフィーロさまも特に何も言っていなかった。
だから、悪いことではないと思っていたのだけど、実は違ったのだろうか?
「やはり、貴女だったか……」
第四王子殿下は俯きながらそう言った。
その表情はよく見えない。
怒っているわけではなさそうだけど、震えている気がした。
「絵は、良くなかったでしょうか?」
「とんでもない!」
間髪入れずに答えられた。
「僕の言い方が悪かったね。王族からの問いかけなど、貴族であっても、脅しや詰問にしか聞こえないというのに……」
第四王子殿下はわたしに向き直って……。
「貴女の絵には何の罪も咎もない。我が心を揺さぶる素晴らしい絵だった」
そう褒めてくれた。
これは、貴族……、いや、王族の社交辞令だと思うけど、素直に嬉しい。
「そんな貴女の腕を見込んで、頼みがあるのだ」
ここまでくれば、鈍いわたしにも理解できる。
第四王子殿下は何かの絵を描いて欲しいのだろう。
だが、困った。
わたしは見本がないと、納得できる絵がなかなか描けないのだ。
想像だけで描けなくもないのだけど、なんとなく、イラストちっくというか、漫画的というか、どこか少しだけ違う中途半端なものしか描けなくなってしまうのである。
せめて、わたしが知っている物であって欲しい。
「わたくしにできることでしたら……」
そう答えたものの、心の中では知っている物であれと祈るばかりであった。
「貴女に是非! う……と呼ばれる生き物を描いて欲しい」
どうしよう?
聞こえなかった。
え?
今、第四王子殿下は是非の後に何を描いて欲しいと言った?
思わず、側にいたアーキスフィーロさまを見るが、アーキスフィーロさまも無言で首を振った。
聞こえなかったのはわたしだけではなかったらしい。
だが、そこは喜べない。
王族の言葉を聞きとれなかったのだから。
もう一度、言っていただくことはできるだろうか?
流石に無礼?
『ウサギ……ですか?』
そこへ天の声!
いや、セヴェロさんの声がそう言った。
「あ、ああ。そのウサギ? と、呼ばれる生き物を是非、描いて欲しくて、僕はここに来たのだ」
今日、描いた絵の中にウサギはなかった。
ウサギは確か、初日だったか。
ルーフィスさんが持っていた様々な動物図鑑から描いたのだった。
そして、そのルーフィスさんは本日、ここに来ていない。
そうなると……。
「アーキスフィーロさま。ウサギが載っている書籍は何かお持ちでしょうか?」
「ウサギ……ですか。申し訳ないですが、ちょっと覚えがありません」
そうだよね?
普通は、人間界の動物図鑑や植物図鑑を今も持っている方が不思議なのだ。
わたしの侍女たちは、どうして、今も尚、持ち続けているのだろうか?
人間界にいた記念だったとしても、そんなに量はいらないだろう。
よくよく考えれば、かなり謎である。
そして、第四王子殿下は何故、ウサギを求めるのか?
初日の絵を見て、それが欲しいのなら、その絵を複製すれば良いだけだと思う。
わざわざ新たに描かせる理由が分からない。
「やはり、無理か?」
第四王子殿下は「やはり」と言った。
断られることを覚悟の上での申し出らしい。
王族として命令することもできるのに、それをするつもりはないようだ。
「申し訳ありませんが、現状では難しいです」
「そうか……」
分かりやすく肩を落とされた。
「ヴェルドロフ=バルダ=ローダンセ王子殿下は、わたくしが描いたあの絵を気に入られたということで間違いございませんか?」
「ああ、あのウサギという動物の絵を見た時、自分のこの辺りがぎゅっと掴まれたようになったのだ」
そう言いながら第四王子殿下は胸部を撫でている。
ウサギの絵に胸を鷲掴まれたということか。
そこまで喜ばれると、素直に嬉しい。
だが、そうなると、やはりイラストを描くよりも、写真の模写の方が良さそうだ。
「今まで、どんな小さな魔獣を見ても、こんな気持ちになったことはない。トゥーベルが持っているぬいぐるみとやらも何度か見せられたが、それらを見てもなんとも思わなかったのだ」
もともと、小動物や可愛い物好きってわけでもないらしい。
「だが、あの絵は違った。陛下がお持ちになっていたあの絵は、見ているだけで表情が緩み、胸を掻きむしりたくなるほどの衝動に駆られたのだ」
うぬう……。
そこまでの感情ですか。
そうなると、手段はたった一つになる。
「ヴァルナ」
わたしは、濃藍の髪の侍女の名を呼ぶ。
「終わらせてください」
そう一言告げただけで、これまでで一番大きな音と、ここまで伝わってくる衝撃があった。
見ると、奥の壁や床に縫い留められた従者たちの姿があった。
従者たちの意識は、あるっぽいけど、完全に張りつけられているのが分かる。
「今のは……?」
いつの間にか、わたしの前にいた専属侍女に確認する。
ここからでは何をしたかがさっぱり分からなかった。
「重圧魔法です。手と足だけ限定的に使ってみました。部分的に使うのは初めてでしたが、意外と使えますね」
「手足の血液の流れを止めることにはなりませんか?」
頭の中に「圧迫止血法」という言葉がよぎる。
いや、こんな使い方ではないと分かっているけれど、なんとなく。
「そこまで強く圧し付けてはいないので大丈夫かと。……多分」
その「多分」が怖いのですが?
「私を呼び戻したならば、お話は終わりということでしょうか?」
「いえ、話をするために、呼び戻しました」
わたしがそう答えると、ヴァルナさんは不思議そうな顔をした。
「ヴァルナも、動物図鑑は持ってますよね?」
資料を纏める時に、ヴァルナさんも動物図鑑や植物図鑑を出してくれたから、持っていることは間違いない。
「どれがよろしいですか?」
そう言いながら、数種類の動物図鑑が出てきた。
「ウサギが載っている物を……」
「それなら、これとこれがお勧めですね」
お勧めまであるらしい。
写真が綺麗な方と、写真が大きい方の二種類だとか。
「ヴェルドロフ=バルダ=ローダンセ王子殿下。この中にお好きなウサギはありますか?」
どうせなら、好きなウサギの方が良いよね?
だけど、第四王子殿下はその写真を見るなり……。
「これは、僕の知るウサギではないな」
何故か、そんなことを言ったのだった。
たまにアホなサブタイトルを付けたくなります。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




