専属侍女は心配症
「シオリ嬢に頼みがあるのだ」
第四王子殿下は濃い青色……、瑠璃色の瞳をわたしに向けながらそう言った。
「わたくしに……ですか?」
王族からの頼み事……、それだけで厄介事の気配しかない。
だけど、断ることなんかできないよね?
幸いなのは、第二王子殿下のようなことを言い出す様子がないことだろうか。
「ああ、恐らく、貴女以外には頼めないだろう」
わたし以外には頼めないと来たか。
それは困る。
ある意味、逃げ場がない。
なんだろう?
魔力とかそんな話?
だが、第四王子殿下はチラリと周囲を見て……。
「その前に、兄上とその従者たちは何故、ここにいるのだ?」
そんな根本的なことを尋ねてきた。
「ここならば、あまり人が来ないので、ここで第二王子殿下と協議をしておりました」
黒板に書いてあることがその協議内容ならば、是非、止めていただきたい。
そして、第四王子殿下は人間界の文字……、いや、日本語が読めないのか。
確か、他国滞在期に選んだ国はイースターカクタスだったと聞いている。
ライファス大陸言語で書かれていたなら、その黒板に書かれていた文字が読めたことだろう。
「寧ろ、ヴェルドロフ=バルダ=ローダンセ王子殿下こそ、何故このような場所に?」
「内密の話だ。詳細は聞くな」
「「「「「内密!?」」」」」
従者たちが騒めいた。
まあ、王族が庶民に対して、「内緒の話」って言うのは普通ではないだろう。
「そのため、この場を使わせて欲しい。従者たちには悪いが……」
第四王子殿下はやんわりと、この部屋から、従者たちを追い出そうとしていた。
だが、その割にアーキスフィーロさまや、ヴァルナさんとセヴェロさんのことは気にしていない。
そうなると、兄王子には伝えたくないってことだろうか?
「それなら! 濃藍さんともう一戦!!」
「やっぱりそうだよな~。今日はもう無理って思っていたから」
「ヴィーシニャの精霊殿とヴェルドロフ=バルダ=ローダンセ王子殿下の話の邪魔はしませんので、是非!!」
「今度こそ一発!! 絶対に当ててやりますから!!」
そんなことを口々に言う従者たち。
いや~、わたしの専属侍女は人気者ですな~。
尤も、当の本人は気が進まないご様子である。
「疲れてますか?」
わたしがそう小声で話し掛けると……。
「いえ、大丈夫です」
澄ました顔で答える専属侍女。
それを少し、可愛いと思ってしまった。
そんなことを言ったら、本人も嬉しくないだろうけど。
「それなら、従者たちのお相手をもう一度、お願いできます?」
「一瞬で片付けて良いですか?」
できるだろうね、この人なら。
実際、ルーフィスさんも簡単にやってのけている。
それだけ、第二王子殿下の従者たちとわたしの護衛……専属侍女たちの力の差があるってことだろう。
「できるだけ長引かせてくれると嬉しいのですが……」
わたしがそう言うと、不機嫌な顔……にはなっていないけど、そんな気配が伝わってくる。
だが、何とか説得しなければならない。
「第四王子殿下との話の邪魔をさせたくないのです」
第二王子殿下はしつこい。
そして、その従者たちもしつこいのだ。
だから、一瞬で勝負を決めてしまえば、また食い下がってくるだろう。
「どんな話になるのかはお分かりですか?」
「いや、さっぱりです」
本当に分からない。
「貴女に危険があれば、一瞬で片を付けてよろしいでしょうか?」
「それは、勿論」
そんな状況でも遊んで良いとは言えない。
「アーキスフィーロさまもセヴェロさんも一緒だから、大丈夫だと思います」
「それでも何かしらやらかすのが、私の主人ですから」
「酷いことを言う侍女ですね」
思わず笑ってしまった。
本当に心配性で過保護な侍女だ。
この状況で、わたしが何かやらかすとしたら、第二王子殿下が覚醒した時だろう。
決して、自分に触れられることはないと分かっていても、あの執着、執念が妙に怖く感じる。
うっかり反撃をしてしまわないように我慢するのがやっとなのだ。
「それじゃあ、頼めますか? わたくしの侍女」
いつものようにそう声を掛けると……。
「承知いたしました。我が主人」
同じようにそう返ってくる。
「おお、まさに姫騎士」
「つまり、緑髪が主人ではないのか?」
「いや、緑髪は主従ではなく、実は、恋人という噂もあったぞ」
なんですと?
そんな噂が!?
だけど、今の見た目は、どちらも女性では?
いや、まさかの男女逆転系?
ヴァルナさんはその外見だけなら可愛らしい少女に見えるし、「緑髪」と言われている水尾先輩は綺麗系な男性に見えなくもない。
だが、それはいろいろ困る。
何が困るって、お似合いだと思ってしまう自分の想像力だろう。
二人のことを何も知らない人たちが流した無責任な噂だと分かっていても、二人を知っている自分としては、ありえない妄想ではないって思ってしまうところも嫌だった。
本来の二人は本当にお似合いなのだ。
美味しい料理を食べることが大好きな女性と、美味しい料理を作ることが大好きな男性。
まさに、割れ鍋に綴じ蓋カップルだろう。
身分や血筋だって全く問題がないだろう。
今はどちらにも公式的な身分は、カルセオラリアの王城貴族しか持たない。
アリッサムが復活すれば分からないけれど、現状としてはそうなっている。
だが、その身に流れる血は、間違いなく魔法国家と情報国家の王族のものなのである。
だから、ルカさんは火の大陸神の加護を持っていて、ヴァルナさんは風の大陸神だけでなく、光の大陸神の加護も持っている。
いやいや、噂だ、噂。
それなのに、過剰反応してどうする?
これはあれだ。
その噂が真実になれば良いって思っているからだろう。
どちらも、わたしにとって大事な人たちだから。
どちらも、幸せになって欲しい人たちだから。
だから、そう願ってしまうのだろう。
「それでは、遊んできてください」
「行ってまいります」
ヴァルナさんは一礼した後、その濃藍の髪を靡かせて、わたしに背を向ける。
見慣れた背中より、小さいその姿は未だに慣れない。
それも当然か。
わたしは、九十九の背中を三年も見続けて、ヴァルナさんの背中はまだその十分の一にも満たないのだから。
「ヴェルドロフ=バルダ=ローダンセ王子殿下。お待たせして申し訳ございません」
わたしは第四王子殿下に向かって頭を下げる。
「いや、それはこちらの我儘なので問題ない。だが、あの侍女は本当にたった一人で大丈夫なのか? 相手は兄上の従者たちだぞ?」
第四王子殿下は、ヴァルナさんが城下で有名な「濃藍」さんだと知っても、そんな心配をした。
そのことが少しおかしい。
わたしの専属侍女は強いのだ。
セントポーリア国王陛下相手でも、イースターカクタス国王陛下相手でも、後ろに下がらず、前に踏み込むほどの人なのだ。
でも、そうだね。
知らない人からの評価なんて、そんなものなのだろう。
「大丈夫ですよ。あの方々の模擬戦闘の目的は勝ち負けではありませんから」
勝ち負けが目的ならば、彼らはヴァルナさんに挑戦する意味がなくなるだろう。
午前中の模擬戦闘だけで、十分すぎるほど実力の差が分かったはずだ。
寸止めのルーフィスさんと違って、ヴァルナさんは直撃させる人だから。
その速度も威力も身に染みていても、尚も挑戦するのはきっと……。
ゴッ!!
ゲームに使われるSEよりも、低くて鈍い音が部屋に響き渡ると、第四王子殿下の顔色が変わった。
「まだだ!!」
「囲め!!」
「魔法であの足を止めろ!!」
8人の従者たちがそれぞれ動いてヴァルナさんの動きを止めようとするが、ヴァルナさんは動じることなく、ふっ飛ばしていく。
素手で殴っているようにも見えたけど、両拳に何か付けているようだ。
あの様子だと大丈夫だね。
「大丈夫そうでしょう?」
「え? あ、そのようだな」
第四王子殿下は、目の前の光景が信じられないようだ。
従者たちの魔法も武器も全く当たらない。
だけど、ヴァルナさんの攻撃は当たる。
その動きが見えていたら信じられないだろうし、見えてなかったら何が起きてるのかも分からないだろう。
華奢な女性が瞬時に懐に入り、男性をふっ飛ばす様は豪快の一言である。
「シオリ嬢、あの侍女は何者なのだ?」
「トルクスタン王子殿下がわたくしに付けてくださった侍女の一人です」
第四王子殿下は改めてわたしに確認してきたので、無難な答えを返す。
中心国の王族が手配した侍女ならば、有能すぎてもおかしな話ではないから。
「先に入室して、この部屋の掃除まですると聞いた。並の侍女ではあるまい」
「この部屋の掃除については、わたくしもよく分かりません。極秘事項のようで、掃除前の部屋がどんな状態かも教えてもらえないのです」
嘘は言っていない。
これはルーフィスさんもヴァルナさんも教えてくれないことだから。
「極秘事項……」
第四王子殿下は呟いた。
「そのため、確認が必要ならばトルクスタン王子からの許可が必要だと思っております。機械国家の機密となれば、転移門同様、門外不出の可能性もあるので、わたくしも無理に聞き出そうとは思っておりません。お役に立てず申し訳ございませんが、ご承知おきください」
尤も、セヴェロさんは知っているから、機密というほどでもないとも思っている。
多分、掃除のやり方は知識があれば、誰でも気付くようなことなのだろう。
そして、この国はその知識を持っていない。
それも、分かっていることだった。
「その上で、ヴェルドロフ=バルダ=ローダンセ王子殿下は、わたくしにどのような話をお望みなのでしょうか?」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




