珍客万来
今日は、このまま、何事もなく終わると思っていた。
第二王子殿下の後始末を、倒れているけど意識をなんとか保っている従者たちに任せて、契約の間から出ると……。
「は、初めまして、シオリ嬢」
扉を開けてすぐ傍にいた褐色の髪、瑠璃色の瞳の殿方から、そんな風に声を掛けられた。
わたしとアーキスフィーロさま、背後にいた従僕と侍女が同時に跪く。
「ああっ!? 何故!? 顔を!! 顔を上げてください!!」
何故も何も……。
「ロットベルク家第二子息アーキスフィーロ=アプスタ=ロットベルクが、ヴェルドロフ=バルダ=ローダンセ第四王子殿下にご挨拶いたします」
顔を上げることが許されると同時に、アーキスフィーロさまが挨拶をする。
「ああっ!? ロットベルク家第二子息まで!? 止めてください!! 僕はそんなに偉い人間じゃない!!」
いや、第四王子殿下ですよね?
十分、偉いはずなのですが?
しかも、この様子だと、わたしをお待ちになっていたご様子。
さらに言うと、たった一人だった。
第四王子殿下は、第二王子殿下のように従者を引き連れていなかったのだ。
城だということを差し引いても、不用心だと思うのはわたしだけだろうか?
そして、この時点で嫌な予感しかしない。
「ぼ、僕はただ……、『白き歌姫』と呼ばれるシオリ嬢と話がしたくて……」
やめてください、その渾名。
今は全く白くもないし、歌姫と呼ばれるほど、歌が上手いわけでもないのです。
そして、この王子殿下はその渾名を知りつつも、名前を呼んでくださるらしい。
「シオリ嬢は、ロットベルク家の客人です。第四王子殿下ともあろう御方が、その客人に対して、一体、どんな御用向きでしょうか?」
アーキスフィーロさまはそのまま、言葉を続ける。
ルーフィスさんからの情報では、第四王子殿下は女性が苦手だと聞いていた。
だから、話がしたいという手紙を貰ったことはあるけれど、本気で会いたいわけではないのだろうなと思っていたのだ。
その手紙も、あのでびゅたんとぼーるの次の日に届いた一度きりだったしね。
「やはり、ロットベルク家第二子息を通さねば駄目か」
第四王子殿下はそう言いながら、胸を押さえた。
「落ち着け、落ち着け。ロットベルク家第二子息も僕のことを取って食うわけではないはずだ」
聞こえていますよ、第四王子殿下。
その言葉も結構、酷くない?
「その前に、挨拶を返そう。ロットベルク家第二子息アーキスフィーロ=アプスタ=ロットベルク殿。よくぞ、ここまで参った」
参ったも何も、ここまで出向いたのは第四王子殿下の方である。
しかし、立場上、誰も突っ込めない。
王城ならば、王族に対してある程度のことが許されている専属侍女も、その近くにいる従僕も、何も言わずに下を向いている。
「突然で悪いが、そこのシオリ嬢と話がしたい。許せ」
「お断りします」
「そうか。では……って、え? 駄目なのか?」
アーキスフィーロさまから断られるとは思っていなかったらしい。
第四王子殿下は目を丸くする。
「シオリ嬢は私にとって、大事な客人です。そのため、仮令、王族であっても一歩も退くなと申し付けられております」
そう言いながらも再び頭を下げた。
強い人だと思う。
腕力とか魔力とかではなく、精神力……だろうか?
この人がわたしをそこまで守る必要はないはずなのに、それでも、一度守ると決めた以上、とことん、護ってくれるらしい。
王族に逆らっても良いことはない。
それが分かっていても、アーキスフィーロさまはわたしのために王族相手にも退かないのだ。
それだけの強さを持つ人が、この世界に一体、どれだけいるだろうか?
「無体なことをするつもりはない。僕はただ、この女性と話をしたいだけなのだ」
「それなら、ここでお話しください」
「いや、この場ではちょっと……」
第四王子殿下は周囲を見渡す。
ここは地下であるため、人目があるわけではない。
だけど、わたしたち以外に、誰も聞いていないとは限らないのだ。
あの国王陛下から渡された魔石に……、盗聴器のような機能がついていたように。
あの魔石を貰ってから、ロットベルク家に戻った後、わたしはルーフィスさんとヴァルナさんの前であの石を「識別」している。
勿論、声に出さないようにと指示があったので、無詠唱魔法となる。
だが、例のルーペを使ったので、問題なく識別は成功した。
その結果……。
【研磨後に割られた聴音石】聴音石をダブルカボション後に割った石。青色。
こんな記録が出たのだ。
わたしはその聴音石という魔石のことをよく知らなかったのだが、もともと一つの石を二つ以上に分けて使うものらしい。
割った後、小さい石が拾った音を、大きな石が放出する性質があると聞いている。
マイクとスピーカーみたいな関係……かな?
但し、ずっとその周囲の音を拾い続けるのではなく、魔石の気まぐれとなるため、通信珠がこの世界に現れてからはほとんど使われることがなくなった魔石でもあるそうな。
通信効果としても、盗聴効果としても、微妙な魔石ということになる。
なんで、そんな物をあの国王陛下がわたしとアーキスフィーロさまに渡したのかは分からないけれど、魔石だと通信珠よりは警戒されにくいからだろう。
寧ろ、その聴音石という名前の魔石を知っている方が珍しいらしいし。
実際、識別結果を伝えた時、アーキスフィーロさまとセヴェロさんは知らなかったと言っていたからね。
対策としては、その魔石の側で大事な話をしないこと。
範囲は石によって違うし、音が全く聞こえないのも怪しまれる。
普段は、収納していれば、言い訳もできるし、それは、あの国王陛下も想定していることだろう。
国王陛下から賜った魔石を、盗みの警戒もせず、外に出しっぱなしにしている方がおかしいのだ。
でも、まあ、そんな魔石の話はおいておいて、今は第四王子殿下のことである。
警戒しているってことは、こんな通路で話したくはないことなのだろう。
アーキスフィーロさまたちに場を外して欲しくないわけではないようだ。
そうなると……。
「わたくしも、ご挨拶をさせていただいてよろしいでしょうか? ヴェルドロフ=バルダ=ローダンセ第四王子殿下」
話ができないことには始まらない。
まずは、挨拶をさせてもらおう。
「許す」
「ヴェルドロフ=バルダ=ローダンセ王子殿下に改めてご挨拶させていただきます。ロットベルク家第二子息であるアーキスフィーロ=アプスタ=ロットベルクさまの補佐としてこの城に参上することになりましたシオリと申します。以後、お見知りおきください」
補佐と言うほどの仕事はしていない気がするけど、便宜上、そう名乗った。
「ヴェルドロフ=バルダ=ローダンセだ。ようやく、貴女と話ができそうでホッとしている。できれば、場所を変えたいがよろしいか?」
第四王子殿下は嬉しそうに言った。
あまり似ていないと思ったが、笑った顔は第二王子殿下に……、いや、国王陛下に似ている気がする。
決して断られるとは思っていないのだろう。
王族というのは本当に傲慢だよね。
全てが思い通りになると思っているのだから。
だけど、残念。
今回に限り、それは叶わない。
「御心に添えず、申し訳ございません。ヴェルドロフ=バルダ=ローダンセ王子殿下」
わたしは、そう言いながら頭を深々と下げる。
「わたくしは庶民の出でございます。そのため、国王陛下の御許しがない場所に出向くことを許されておりません」
「そうなのか?」
そうなのだ。
わたしが行けるのは、地下や目立たない場所。
侍女と従僕を連れて行く場所にそんな制限があるならば、同じく庶民であるわたしも同様と考えるべきだろう。
アーキスフィーロさまは貴族子息ではあるが、わたしはその連れでしかないのだ。
「そうなると、わたくしがこの場所から向かえるのは、背後にある『契約の間』ぐらいとなります」
城という建物は、どんな所でも人目があるものだ。
特にアーキスフィーロさまはその存在が目立つ人である。
ある意味、見張られていると言っても過言ではない。
だから、わたしたちが移動するのは最低限、転移門の部屋から契約の間までの人気が少ない通路を案内される。
そして、仕事が終われば、同じく人気の少ない通路を通って、城の通用門から出て、ロットベルク家へ戻るのだ。
まあ、あまり出歩きたい場所でもない。
そして、「契約の間」は、先ほどまで自分たちがいた場所である。
振り返れば、そこに扉があるほど近い位置にいるのだから、この提案はおかしなものではないだろう。
だが、この国の王族や貴族はこの部屋に入るのを忌避している。
入りたいとは言いにくいだろう。
さて、この王子殿下はどうなさいますかね?
そして……。
「分かった。シオリ嬢と話すために、その『契約の間』に…………、入らせてもらおう」
凄く悩みに悩んで、第四王子殿下はそう結論を口にしたのだった。
ダブルカボションとは、宝石のカットの一種です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




