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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 弓術国家ローダンセ編 ~

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貪欲な人

「うわあ……」


 思わず感嘆の声が上がる。


 濃藍の髪がゆらりと揺れる。

 その姿は、まるで舞っているかのようだった。


 ルーフィスさんとは随分、違う戦い方だと思う。

 三日前のルーフィスさんは寸止めをしていたけれど、ヴァルナさんは容赦なく当てている。


 だけど、すぐに治癒魔法を使っている点が全然違う部分だろう。


 当ててふっ飛ばした直後に、移動魔法を使ってその相手の側に飛び、その身体に触れて治癒魔法をかけるのだ。


 だから、一歩も同じ場所から動かなかったルーフィスさんよりも、ずっと動いているように見える。


()()()()()ですね』


 わたしの側で、書類を推敲中のセヴェロさんが呆れたようにそう言った。


『自分で攻撃しておいて、その傷を治すなど、なかなか良い趣味です』


 殴打音、衝突音が聞こえてくる。

 それに第二王子殿下の従者たちの殺しきれない悲鳴とかも混ざって。


『それにしても、シオリ様は意外と平気なんですね。普通の御令嬢は、暴力沙汰など苦手だと思っているのですが……』

「直接、見ていないからでしょう」


 痛々しい声や物々しい音など聞こえてくるが、その現場を見なければゲームの効果音の方が激しかったりする。


 アニメとかもそんな感じだ。

 音響さんと声優さんは凄い。


 勿論、それだけが理由ではない。

 ヴァルナさん……、九十九はわたしを護るために、幾度となく、戦っている。


 それから目を逸らすことなどできなかったし、何より、彼が傷付くよりは相手がボロボロになった方がずっとマシだった。


 だから、殴る蹴るの状態を見るのも、そこまで抵抗はない。


 尤も、それは九十九も承知で、できる限り、わたしの前で暴力沙汰は避けていた気がする。

 ルーフィスさん……、雄也さんに至っては、その現場を目撃すらさせない。


 わたしは本当に気遣われている。


『それでも、ルーフィス嬢の時よりは見ていませんか?』

「そうでしょうか? 今日は少し、仕事に余裕があるからかもしれないですね」


 三日前よりも早く取り掛かることができた。

 それだけ、気分的にも楽なのだ。


「それ以外では、やはり音があると、見たくなるのかもしれません」


 時々、本当に思わず顔を上げたくなるような大きな音と震動が聞こえてくる。

 それを完全に無視できるほど、わたしに集中力はなかった。


『それは、まあ、そうですね』


 セヴェロさんがわたしの横を見る。


 そこには、三日前と同じように、刺々しい鉄球が刺さった檻が存在していた。

 今回も中身は当てていない。


 だが、ヴァルナさんによって、海より深い眠りに落とされているのは事実だ。

 第二王子殿下はやはり、アホなことを口にせずにはいられない人らしい。


 前回はルーフィスさんによって、今回はヴァルナさんによって、檻の側面に鉄球が激突している。


 仕事は本当に大丈夫かと心配になるのだが、こう見えても、人の使い方が上手いらしく、本日のお仕事は文官たちが、やっているらしい。


 重要、緊急性のあるお仕事なんかは、ちゃんとわたしが来ていない時にやっているとのことだから、そこまで心配しなくて大丈夫とのこと。


 寧ろ、これまでよりずっと正確性も上がって、良いこと尽くめと言われてしまえば何も言えない。


 従者たちも、前回のルーフィスさんとの模擬戦闘が刺激になったらしく、ここに来るのは抽選となったそうな。


 そして、そこにいたのは城下の人気者? である「濃藍」と呼ばれる少女だったわけで……。


『逆にアーキスフィーロ様は顔を上げませんね。ヴァルナ嬢、凄いですよ。様々な武器に持ち替えて、それらを使いこなしています』


 そうなのだ。

 ヴァルナさんは、打撃系の武器を中心に様々な武器を持ち替えて、従者たちと模擬戦闘を行っていた。


 恐らく、練習台なのだろう。

 そんな気がする。


 だが、従者たちも負けていない。


 全てのこの場にいる従者たちが、意識を失うことを含めた戦意喪失をするまでという条件の模擬戦闘なので、必死で食らいついていたのだ。


 身体は治癒されても、飛んだ意識がすぐに回復するわけではない。


 勿論、出血多量とかになれば、貧血を起こしたりもするだろうけど、ヴァルナさんは、そこまでするつもりはないようだ。


 できる限り、少ない傷で意識が飛ぶようにしている。

 だから、必然的に狙いは脳を揺らす方向になりがちだった。


 だが、それに気付いた従者たちは、できる限り頭を守っている。


 さらに、意識を飛ばしてしまった人たちをあらゆる手段で復活させることで、なんとか戦線を保っていた。


 水魔法の使い手が多いために、水をぶっかけるのはちょっと激しいとも思うが……。


『新たな武器が出てきましたね。不思議な形をしていますが、どう使うのでしょうか?』


 セヴェロさんの声に、どんな珍しい武器かとわたしとアーキスフィーロさまが同時に顔を上げる。


 それを見て、従者たちの動きが固まったのが分かった。

 その隙をヴァルナさんは、見逃さない。


 小気味いい音が、室内に響き渡る。


()()()()……」


 アーキスフィーロさまが茫然と呟いた。


 ヴァルナさんが次に手にしたのは、アーキスフィーロさまが言う通り、ハリセンだったのだ。


 ツッコミ魂を持つヴァルナさんには、実に似合っていると思ってしまった。


 そして、ああ見えても、意外と攻撃力が高いのか、従者たちは次々に横薙ぎにされてふっ飛ばされていく。


『あ~、あの武器。中に何か仕込んでいるみたいですね。なんだろう? しなりがあるから、魔獣の皮かな?』


 仕込みハリセンだったのか。

 中に鉄板を仕込むような感じかな?


『従者たちも身体強化していますが、勢いよくふっ飛ばされていますね。攻撃力なら、ルーフィス嬢よりヴァルナ嬢の方があるかもしれません』


 そうなのか。

 二人を比べたことがないから分からない。


 でも、考えてみれば、九十九が前衛、雄也さんは後衛のイメージはある。

 いや、それは九十九が遊撃型、雄也さんがそれを囮にする暗躍型だからだろう。


「ヴァルナ嬢も魔法をほとんど使わないのだな」


 それまでずっと黙っていたアーキスフィーロさまがポツリと呟く。


 ルーフィスさんも分かりやすい魔法はほとんど使っていなかった。

 今、ヴァルナさんが使っているのは、治癒魔法と身体強化、そして、武器の収納と召喚だ。


 分かりにくいのは、周辺に探知魔法に似たものを使っているところだろう。


 ルーフィスさんも使っていたが、ヴァルナさんの方がわたしにとっては分かりやすい。


『魔法を使うと、勝負が一瞬で決着してしまうからでしょう。ヴァルナ嬢も遊びたい人のようですし』

「遊び……」


 セヴェロさんの言葉をアーキスフィーロさまは繰り返す。

 ヴァルナさんは魔獣退治をしているはずだが、それでもストレスが溜まっているのか。


『ヴァルナ嬢は()()()()のようですからね。魔獣と違った実戦形式を修練の場としたいのでしょう』


 ルーフィスさんの模擬戦闘とは異なる実戦。

 しかも多対一だ。


 ヴァルナさんにとっては好都合だったのかもしれない。


 でも、それならなんで、始めは嫌がったのだろう?

 始まったら、表情は変わらないのに、かなり楽しそうに立ち回っているのに。


「ヴァルナ嬢は貪欲なのか?」

『貪欲でしょう。現状では満足できずに、より多くを求めようとする人間はそう呼ばれるでしょう?』

「それは単に努力家なだけなのではないだろうか?」


 セヴェロさんとアーキスフィーロさまの会話を聞いて……、なんとなく納得する。


 ヴァルナさんもルーフィスさんも自己の研鑽を怠らない。

 今の自分では満足しない。

 そのために多くの努力をして、成長しようとする。


 それは貪欲と言えなくもないのか。

 でも、欲が深いかと問われたら、やはり、アーキスフィーロさまのように首を捻りたくもなる。


 二人とも、欲しい物は自分で手に入れているっぽいし、世間一般で言う分かりやすく見える欲みたいなのはあまり感じないから。


『「()()()()()、「()()()()んですよ』


 セヴェロさんはそう言いながら薄く笑う。


『その辺り、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でしょうけどね』


 それは誰に対して向けられた言葉だったのか、わたしにも分からない。


 だけど、アーキスフィーロさまは自分に向けられたものだと判断したらしい。

 その綺麗な顔の眉間には、深い皴が刻み込まれている。


 でも、わたしはそうは思わない。

 アーキスフィーロさまは好きなだけ与えられてきた人だとは思えなかったから。


 寧ろ、奪われる側だったと言っても良いだろう。


 そんなことを考えていると……。


『そんな与えられてばかりの人間は、貪欲な人間を羨むか、妬むか、嘲るか、蔑むかとなります。決して、自分も同じ場所に立とうとは思わない。それはとても浅ましく、みっともないことだとシオリ様も思いませんか?』


 そんな言葉を投げかけられる。


 確かに努力もせず、誰かを羨んだり、妬んだり、嘲ったり、蔑んだりする人間は結構、いると思う。

 もっと酷い人になると、蹴落としたり、罠に嵌めたり、最悪、相手を害したりもする。


 なかなか、努力して同じ場所に立とうなんて前向きには考えられないものだ。


 わたしだってそう。


 努力はする。

 でも、同じ場所に立てるとは思っていない。


 それまで積み重ねてきた努力の厚みが違うのだから。


「そんな人間がいることは否定しませんが、そのことについて、浅ましいとか、みっともないとはあまり思いませんね」


 そんな人になりたくはないけれど。


「でも、その人は勿体ないとも思います」

『勿体ない……ですか?』


 セヴェロさんは不思議そうな顔をする。


「はい。自分の努力で手に入れた物、身に付いた能力が、どれだけ得難く、素晴らしいものなのかを知らないということでしょう?」


 わたしはそう言い切った。


 既に努力している人たちと同じことをしてこの手が届くはずもない。

 だから、別方向の努力をして、他の部分で並び立つしかないのだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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