王女殿下は魔法について考える
「……やってみます」
そう目の前の少年は覚悟を決めたような声を出す。
だが、そんな彼の思いとは逆に、正直なところ、私の気は進まなかった。
彼らが言っていることは、理論としては、納得できないわけではない。
魔気の調整が苦手な人間に対して、外部から体内魔気を少しだけ刺激する。
生物は基本的に自分の身を守ろうとするものだ。
感応性のような大気魔気に混じって体内に染み込んでいくような現象とは異なり、外から、無理やり自分に押し入ろうとする強引な魔力の気配を感じれば、自己防衛のための異物排除しようと、体内魔気を総動員して反発する可能性が高い。
そうすれば、確かに体内魔気の調整は自動的に行われるだろう。
魔法というのは大気魔気や体内魔気を利用して、自分だけではなく意識ある他者に対しても使うことを想定して作られたものが多い。
だが、魔気というものは、その魔法になる前の段階。
魔力が籠もった体内エネルギーと、魔力が含まれる空気の総称だ。それを何の手も加えない状態で使用することはほとんどない。
強いて言えば、自己所有物に対する印付くらいか。
魔法を使えば、対象を破壊してしまう可能性があるために、意図的に印付を行う時は、魔気を通す。
他国はどうか知らないが、我が国では一般的な考え方だった。
そこには明確な意思は込められていない。
少しでも自分の意思を込めると使用目的のある魔法になってしまうのだ。
逆に言うと、意思……何らかの思いが込められていない魔力……それが魔気と呼ばれるものなのだろう。
これまでそれらの違いについて、あまり深く考えたことはなかったけれど、魔気と魔法というものはそんな意識の差だと思う。
だから、魔気だけで何かしようとすれば、制御不能になりやすく、あまりにも危険な行為でもある。
まあ、普通は魔気だけで何かしようとする魔界人などいないのだが。
意識がない無機物相手ならともかく、生物。
それも、意識ある人間に他人の魔気を意図的に通すなんて発想は、正気の沙汰じゃない。
通常なら、確実に反発するため行う人間も、その相手もどうなるか予測がつかない。
だが、今回の場合は少しばかり特殊な事例でもある。
単純に魔法を使っても、表層魔気が完全に封印されているため、その奥にあると言われている深層魔気には届かない。
今回のことは、深層魔気の乱れによるものだ。
自動防御は表層魔気によって行われるとされているため、この前のように攻撃を防御させても意味がない。
だから、魔気を通して、身体の奥にある深層魔気を刺激する……。
ある意味、暴走を促して、当人に体内魔気の調整をさせるということでもある。
そんな危険を冒してまでしなければいけないものとは思えないことなのだが、当人たちが決めたことに反対しても仕方はなかった。
それにもしかしたら、私が知らない事情もあるかもしれない。
そして、単純な話、その結果にも興味はあった。
普通はやらないような身体を張った実験に、興味を持たない魔法国家の人間は少ないだろう。
「一応、私は止めたからな」
とりあえず、そう返事はしておく。
まあ、良い。
私の役目は、少年の指導と、高田が暴走した時に、その意識を奪うことだ。
高田の中に眠っている魔力がどれぐらいのものかはわからないが、この前、感じた限りでは、流石にマオほど強大ではなかったから大丈夫だろう。
「話が再度まとまったところで、結界を張るぞ。半径3メートルほどだったな」
先輩がそう言って、結界を張った。
「風属性……。高田を中心に半径……マジで3メートル……の球形……」
確かに範囲指定をしたが、そのとおりの範囲で結界をはるのはかなり難しい。
しかも円柱じゃなく、球形だ。
こんな形の結界はなかなか見ない。
丸く作るにしても、大半は半球だろう。
地面にまで結界を張る意識を持っている人間は少ない。
「ちょっと待て、これ、転移系無効だけでなく、全属性に制限かかってねえか!?」
さらに何気なく調べてみて驚く。
どれぐらいの抑圧効果があるのかは試してみなれければ分からないが、間違いなく、様々な属性魔法を制限している気配があった。
脱出方法を封じた上で、魔法制限とか魔法国家対策としか思えない。
物理攻撃は無効化されていないようだが、術者は外にいる。
対象が結界から出た後の対策をこの人が考えていないとは思えない。
「魔法制限魔法だからな。全属性に効果がなければ意味がない」
「……何だ、ソレ。簡単に言ってるけど、全属性に作用するようなそんな万能感溢れる結界魔法、我が国でも聞いたことがねえんだが……」
少なくとも、個人で契約できる魔法とは思えない。
唯一、心当たりがあるのは我が国にあった結界だが、それは個人で契約したものではない。
アレは、失われた古代魔法の一端であり、それも結界用宝具を使うことで長年、維持されていた伝説級のものなのだ。
それの類似魔法なんて現代魔法でできるとは思えない。
もしかして、私も知らない古代魔法の一種なのだろうか?
「俺独自の魔法だからな」
「「は!?」」
目の前の魔法使いはあっさりと爆弾発言を行う。
心なしか少しだけ得意顔になっている気もするが、それは当然だろう。
「せ、先輩って、魔法開発できんの!?」
思わず問いただす。
魔法開発は、我が国でも限られた人間しか行っていない。
新たに開発するよりも、既存魔法を使う方が無駄も少ないからだ。
それでも独自の創作魔法に浪漫を感じ、その執念を燃やすのは、魔法国家でも物好きで変わり者が多かった。
「ちょっと待て、兄貴。そんなことできるなんてオレも知らねぇぞ!?」
そして、弟も知らなかったらしい。
「既存魔法に手を加えただけだから、魔法開発とは違うな。無からは流石に作れないが自分が使いやすいように改良することなら魔法国家でもできるだろ?」
「い、いや……、多少ならできるけど……」
それでも、こんな魔法にも心当たりがない。
さらりと改良と言っているが、その基本となる魔法も読めないのだ。
何の魔法を、どう応用したら、こんな発想に繋がったのかも私には分からなかった。
「尤も、この魔法の弱点は、大きくても上下前後左右10メートルの角柱。制限結界としてはかなり狭い。さらに時間も10分と短く、単独形成のためあまり実戦向きではないことだな」
「単独形成……重ねがけはできないってことか」
通常の結界魔法は重ねて使うことが多い。
例えば転移無効と特定魔法の制限を別の結界で使用する。
でも、この魔法はそれができないということだ。
いや、この魔法なら一つで十分なんじゃないか?
確かに10メートルと範囲は狭いかもしれないけれど、使い道によっては、魔法国家の人間に対して莫大な効果が出ることだろう。
……私も、気をつけなければ。
「それに一度使用したら1日は使えん。これは魔法ではなく俺側の問題だが。魔法力がごっそり持っていかれる」
「……そりゃ、こんだけのものを使ったら、普通の人間なら魔法力はスカスカになる」
元がどんな魔法かは分からないが、これは魔法国家でも大魔法に匹敵するんじゃないだろうか?
そして、これを使用できるだけで十分な魔法力保持者だと思う。
もし、私が使用できたとしたらどうだろう?
やはり同じように一日一度限りが限度か?
そこまで考えて……、現状に気がつく。
「……っと、10分しかねえなら無駄話してる時間もねえな。少年、とっととするぞ」
制限時間は10分。
それも先輩の主観だとは思うが、自分を超えるほどの大きな魔力を抑え込むと、結界は緩みやすくなる。
状況によってはもっと早く効果が切れる可能性もあるのだ。
やると決めた以上は、できる限り早く終わらせてやる。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
 




