十分、凡人
「久しぶりに多対一をしました。やはり、少々、反応が鈍っているようですね」
どこがだ?
思わず、そう言いたくなってしまったのはわたしだけではないだろう。
そんなわたしの視線に気付いたのか……。
「ヴァルナだったら、それを見逃さないでしょうから」
ルーフィスさんはちょっと困ったようにそう言って笑った。
だが、それはルーフィスさんに慣れているヴァルナさんだからだろう。
初見で、あの動きに付いて行けるのは……、セヴェロさんなら解説していたのだから可能ではあるのかな?
「意外だったのは、誰も道具を使わなかったことでした。魔法だけだったので、大変、やりやすかったです」
いや、普通はそっちの方が大変だと思うのですよ?
だけど、それを口にする人はこの場にいなかった。
「それ以外では……、そうですね。複合魔法を警戒していたのですが、誰もその準備をしなかったのは驚きました」
「複合魔法?」
「合体魔法や融合魔法とも言いますね。複数の人間たちが集まって、より大きな魔法を形成するやり方です。王族に近しい者たちは、その王族の身や心を守るために身に付けると伺っています」
ほほ~、そんなものがあるのか。
「但し、複合魔法はそれぞれが放出する魔力の性質を近づけるなどの工夫が必要だと伺っております。そのため、二人ならそうでもないのですが、十人以上となればその指揮を執る人間も必要となるようですね」
「それは、アリッサムの聖騎士団や魔法騎士団が構築する集団で構築するという大規模魔法のようなものでしょうか?」
確か、以前、真央先輩がそんな話をしていた覚えがある。
あれは、魔獣退治の話だったかな?
いや、水尾先輩が人外って話だった?
「よくご存じですね。確かにアリッサムの聖騎士団や魔法騎士団が得意としていたことは、私も以前、トルクスタン王子殿下より聞いたことがあります」
おおっと?
わざわざトルクスタン王子のことを口にしたってことは、これはあまり、一般的な知識ではないってことかな?
ルーフィスさんのことだ。
トルクスタン王子から聞いたことがあるという言葉に嘘はないだろうが、それ以外からも聞いていると思っている。
特に、今は真央先輩と仲良しさんなのだ。
わたしがさらりと聞いているぐらいなのだから、真央先輩自身は、そんなに貴重な知識と思っていないのかもしれない。
『この国の貴族はその複合魔法と呼ばれる特殊な魔法は、二人で行うのも難しいかもしれませんね~。他者のことを思い遣る余裕のある人間がいませんから』
「複数の人間が集まり、魔力の質を近付ける……? そんなことが可能なのか……」
そして、セヴェロさんとアーキスフィーロさまもこの国の人間では難しいと判断したらしい。
「確かに難しいかもしれませんが、理論上は可能なことです。親子兄弟姉妹ならば、もともと質が近いので、やりやすいでしょうね」
「そうなると、ルーフィスさんはヴァルナさんとその合体……、融合魔法は使えるのですか?」
この人のことだから、絶対確かめているだろう。
「はい。ヴァルナは私よりも器用なので、ほとんどの属性魔法を合わせることができるようです」
あれ?
ルーフィスさんの方が調整するわけではないの?
「具体的にはどんな魔法なのか伺ってもよろしいですか?」
「単純に同一の魔法を威力増大させたり、複数の特徴を併せ持つ魔法などいろいろですね。例えば、私が水魔法を出し、ヴァルナがそれに治癒魔法を合わせると、その水魔法に治癒効果が生まれます」
おおう。
なるほど!
でも、それって、わたしがやる「風属性治癒魔法」と何が違うのだろうか?
「それは魔法付加とは違うのでしょうか?」
アーキスフィーロさまはわたしと違った観点から意見を出す。
「他者が施した身体強化などの補助魔法の上から別効果の魔法を重ね掛けはできても、魔法そのものに付加することはできません。水魔法で出した水に対して、別の人間が治癒魔法を付与しようとしても、治癒効果は得られないのです」
そうなのか。
確かに治癒魔法は人間の自己治癒能力の促進だと聞いている。
水にそれを付与しようとしても難しいかもしれない。
つまり、そんな形でRPGによくある「治療の水」みたいなものは作れないってことなのか。
「でも、魔石には魔法の付加できますよね?」
わたしも気になったので尋ねてみた。
例の「止血栓」には九十九の治癒魔法が施された魔石の粉が付いていたはずだ。
つまり、魔石には魔法付加ができるということである。
「それは、魔石自体が人間の魔法を受け入れる性質を持っているためでしょう。但し、石と魔力の相性は当然、ありますので、魔石なら何でも魔法の付与ができるというわけでもありません。魔石以外にも魔法付加、魔力付与ができる道具もあります」
わたしが持っている通信珠が魔力付与できる道具の代表例だろう。
これには、九十九の魔力が込められている。
「尤も、先ほど申しました通り、融合魔法は緻密な計算と互いの意思を基に創り上げられるものです。上手くいけば、相乗作用が働き、本来の魔法よりもその効果が倍以上になることもありますが、互いの魔法が打ち消し合ってしまうことも珍しくはありません」
上手い話ばかりではないってことらしい。
「魔法国家のように天賦の才を持った人間の集まりなら、時間を掛けずとも質の摺り合わせや威力調整も可能でしょうが、慣れていないと時間もかかることでしょう」
それだけ聞くと、あまりメリットがない気がする。
複数の性質を持った魔法なんて、個人でもできる。
魔法の効果を上げたいなら、補助魔法や道具を使うことで、威力倍増も可能だろう。
『それなのに、ルーフィス嬢は何故、そこで魔力枯渇によって、倒れている人たちが使えるかもと思ったのですか?』
セヴェロさんも同じ疑問を持ったらしい。
「私共のような凡人が、王族の近くに行く時、最も警戒すべきは、魔力の暴走、魔法の暴発です。栞様ほど魔力が強く、魔法耐性もあればそれらは気にならないでしょうが、普通は、それを常に頭に入れておく必要があるのです」
「「『凡人?』」」
わたしだけでなく、アーキスフィーロさまやセヴェロさんの声が重なる。
「あらあら? 私は栞様に比べたら十分凡人ですよ?」
ルーフィスさんはコロコロと笑うが、わたしは認めない。
あなたが「凡人」なわけないでしょう?
『ルーフィス嬢。それは比べる基準がおかしいだけで、貴女は十分、凡人枠から外れています』
ちょっと待って? セヴェロさん。
その場合、比べる基準ってわたしのことですよね?
少しばかり、扱いが酷くないですか?
『普通の女性はアーキスフィーロ様から魔法を向けられても平然と対応しませんからね? ほとんどの魔法を体内魔気の護りだけで耐えきってしまう異常なシオリ様と比べるのはおかしいでしょう?』
さらに異常とか!?
いや、あの時、アーキスフィーロさまもわたしの魔法耐性が異常に強いって言ったけど、わたし自身を異常とは言っていなかったよ!?
「そうですね」
いや、あっさり肯定しないでくださいよ。
しかも笑顔で。
わたしの専属侍女は、時々、敵になる気がします。
「その栞様に近しい異常さを秘めた王族と呼ばれる者たちの魔力の暴走、魔法の暴発を止めるために、その融合魔法が有効になるということです。個々では勝てなくても、従者たちが魔法を融合させる技術があれば、その時、その瞬間だけは勝る可能性があります」
おおう、なるほど。
一人一人では勝てなくても、集団で火力を上回ればあるいは……、って考え方だ。
でも、水尾先輩はたった一人で、その聖騎士団が集団で構築する大規模魔法に勝ってしまうという話だった。
それならば、その融合魔法だけで王族に勝てるとは思えない。
しかし、わたしに近しい異常さを秘めた王族って何?
『アリッサムの王族たちが、魔力の暴走をしたら、多少、人間が集まったところで止められないと思いますけどね~』
セヴェロさんがどこか小馬鹿にしたように言う。
でも、わたしもそう思っていたから、なんとも言えない気分になる。
「アリッサムの王族たち相手に真正面から止めようという愚か者はいないでしょう。融合魔法は一瞬だけの足止めに使うそうです。アリッサムの王族たちは強い魔力、魔法に反応する性質があるため、その融合魔法で引き付けておいて、本命の魔法を投下するらしいですよ」
一瞬だけの足止め。
そのために集団で魔法を使わなければならないのだ。
だけど、その価値はある。
魔法国家の王族たちの気を少しでも逸らせれば、後は誘眠魔法などの精神に作用する魔法でなんとかなるのだ。
『ルーフィス嬢は、随分、詳しいのですね?』
「融合魔法については、私を指導してくれた教師から学びました。アリッサムの王族の魔力の暴走した時に聖騎士団が使ったことは、トルクスタン王子殿下から伺っております。なんでも、幼い頃、目の前で暴走されたことがあるため、知ったそうですよ」
幼い頃、アリッサムの王族が目の前で魔力の暴走……。
幼かったトルクスタン王子は心に傷を負ったのではないだろうか?
負ってないか。
どちらが暴走したのかは分からないが、今でもトルクスタン王子は二人の側にいるから。
それにしても、時々あるこの違和感はなんだろう?
わたしは、自分の胸を軽く押さえて考えるのだった。
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