段違い
セヴェロさんが丁寧にルーフィスさんの動きを伝えてくれる。
わたしにルーフィスさんの動きはほとんど目で追えないだろうから、それがすごくありがたかった。
しかも、仕事をしながらでも、ルーフィスさんの様子が分かるところも嬉しい。
顔を上げず、手を止める必要もないのだ。
アーキスフィーロさまは複雑な顔をしていたようだけど。
ルーフィスさんが第二王子殿下にパーフェクトK.O.勝ちをした後、一度退場した第二王子殿下は再度現れて、ルーフィスさんに挑戦状を叩きつけた。
本当に懲りない御人である。
ルーフィスさんは丁寧にその申し出を受け、やはり一方的になった。
これまで第二王子殿下の目標はわたしだったけれど、今度は真っ直ぐ、ルーフィスさんに向かって行ったのだ。
そして、予想通りその攻撃は当たらず、ルーフィスさんはそれらを華麗に躱した後、星球式鎚矛を鼻先に突き付けたらしい。
それを6回ほど繰り返した後……。
「後ろにいらっしゃる方々も見ているだけでは、退屈でしょう? 第二王子殿下のために、私をその逞しい腕で拘束してみませんか?」
などと、従者たちに向かって、挑発した。
これに従者たちが色めき立ってしまったのだ。
悪い意味で。
さて、忘れてはならないのが、今のルーフィスさんはわたしの専属侍女である。
そう侍女なのだ。
一見、女性なのだ。
それも素が良いのに化粧で強化されて、さらに美人さん具合が上がっている状態なのだ。
そして、13歳バージョンで、本来よりも華奢な仕上がりの身体となっている。
先ほどから、翻っている侍女服のロングな裾からチラリと見える足は実に蠱惑的である。
さらに、巨大な武器を持っているが、細く伸びた綺麗な腕。
それだけでも細身ではあるが、スタイルの良さが分かる。
あれ?
男性だよね?
幻術、幻覚魔法でも使っているのだろうか?
それに触れる許可を頂いた若く二十代の殿方たちの思考は……、十代ほどではなくとも、単純らしい。
分かりやすい欲望が見え隠れする中、ルーフィスさんに向かって次々と飛び掛かっていく様は、あまり見たいものではなかった。
この辺りは、相手の思考を読めるセヴェロさんの余計な解説を聞きながらだったこともあるかもしれない。
女性の胸や腰を目がけて飛び掛かるとか、犯罪一歩手前ではないだろうか?
しかも、始めは流石に遠慮がちだったのに、それでも捕まえられないと分かると、魔法を使うようにもなったのだ。
それでも、ルーフィスさんは捕まらない。
セヴェロさんの解説によると、寧ろ、魔法を使われるようになってからの方が、動きが鋭くなったらしい。
これって、多分、ストレスが溜まっていたんだよね?
ヴァルナさんはお出かけして、その先で魔獣退治の名の下に、魔法を使っている。
わたしの側にいない時は、ルーフィスさんも出かけているようだけど、ヴァルナさんのように派手に魔法を使うようなことはしていないと思う。
勿論、鍛錬は怠らないように、アーキスフィーロさまから許可を得て、弓道場で、ヴァルナさんと模擬戦闘はしているようだが、同じ相手との模擬戦闘が何度も続けば飽きるだろう。
今の相手は、第二王子殿下とそれに仕える従者たち。
城を歩き回るための従者ならば、武官ではなくても護衛はいるはずだ。
それはある意味、久しぶりの実戦とも言える。
相手にとって、不足なし……、とまではいかないようだけど、それなりに楽しんでいるご様子なのは、漂ってくる体内魔気の気配からも感じ取れた。
どうやら、ここにも、戦闘狂がいるらしい。
『シオリ様は見ないのですか?』
セヴェロさんが実況をしてくれながらも、わたしにそう声をかけてくれる。
わたしが顔を上げず、ずっと絵や文章を書き続けているため、気になったらしい。
「ルーフィスなら心配いりませんよ」
本当に何も心配していない。
当人は訓練感覚なのだろう。
実に楽しそうである。
そして、この様子だと、三日後にも、同じようなことが繰り返される気がする。
報告を受けたヴァルナさんも嬉々として得物を振るうことだろう。
流石に刃物ではなく、ルーフィスさんと同じように鈍器で。
ルーフィスさんがずっと寸止めしているのも、実力差を知らしめると共に、簡単に倒してしまっては、その後が楽しめないからだと思う。
先ほど、第二王子殿下は脳を揺らされた後、部屋から退室しているのだ。
そのことから、従者たちに治癒魔法の使い手がいないということだろう。
つまり、ルーフィスさんは暫く遊びたいのだから、仕事は自分たちで頑張れってことだと思っている。
「それに、たまには遊ばせてあげないと……」
ストレスの多い職場で申し訳ない。
『シオリ様には、アレが遊びに見えるのですね。……あ、一人、魔法力の枯渇で倒れました』
セヴェロさんが溜息を吐きながらも、解説を続けてくれる。
『因みに、アーキスフィーロ様ならどうです? あれだけの人数相手に立ち回れますか?』
「俺の場合は、魔法を使って意識を奪わなければ、無理だな」
まあ、普通は無理でしょうね。
それができてしまうほど実力の差があるのだろう。
『シオリ様は?』
「わたしは戦闘慣れしていないので、あの中の一人も倒せないと思います」
まず、あの動きに付いていける気がしない。
『そうなると、男たちの欲望に満ちた厭らしい手で、その全身を触られ放題になりますよ?』
そう言われるとゾッとする。
あの第二王子殿下の発言からもその可能性は否定できない点が恐ろしい。
「セヴェロ、品がない」
『でも、ルーフィス嬢に向かって行く男の半分はその意識しかなく、もう、気力だけで立っている状態ですよ。魔法力の枯渇だけは、精神論で何とかなる問題ではないので、そのまま倒れてしまうようですが』
ルーフィスさんからすれば、触れられたらその違いが分かってしまうために、触られないようにしているのだろう。
例の薬は年齢を変えるだけで、性別変更ではないらしいから。
「触られるのは嫌なので、そんな人たちが近付いてきたら、即座にふっ飛ばすことになるでしょうね」
『それは実にシオリ様らしい回答ですね』
わたしにできるのはそれぐらいしかないからね。
それは仕方ない。
『あ、後ろからルーフィス嬢の足に……、いや、読まれてました。あの方、実は背中に目が付いてませんか?』
わたしの専属侍女の気配察知能力は、精霊族も呆れるものらしい。
でも、あれは言うほど簡単なことではないだろう。
自分の周囲に体内魔気を張り巡らせて、レーダーのようにしているのだと思う。
一種の結界みたいなものかな?
その範囲に入った人だけ対応するのだ。
相手が自分を捉えるためなら、攻撃魔法よりも強化や捕縛などの補助魔法が主になりやすい。
万一、攻撃魔法に切り替えられても、魔力の流れが変わるし、無詠唱魔法を使う人は、この場にはいないようだ。
強化魔法すら、呪文詠唱をしていた。
あれでは、何の魔法を使うか、予告しているようなものである。
『何の魔法を使われるか分かっていても、普通は即座に対応なんてできないもんですよ』
「そうなると、わたしの侍女は普通ではないのですね」
それは知ってた。
だから、驚かない。
『あ、また一人、倒れました。いや、そう見せかけて……、飛びつこう……と、やはり、それも読んでますね』
半端な駆け引きはルーフィスさんに通じない。
意識があるかどうかなんて、相手の体内魔気で分かると思うのだけど……。
『分かりやすい魔獣ならともかく、体内魔気で意識の有無を確認するのは、普通の人間には難しいのでしょうね』
「意識をなくす時って、身体の周囲に出ている体内魔気の護りがより強まるから分かりそうなのですが……」
魔法力が枯渇して倒れている人を見ても思うけれど、倒れているのに、体内魔気の護りは強まっているのだ。
多分、無意識に、身を護ろうとするのだと思う。
九十九とかも、眠らせた後の方が、周囲の魔気の護りが強まっていた。
自分では分からないけれど、恐らく、わたしもそうなのだろう。
寝ている時の方が凶悪らしいからね。
魔法力が枯渇しても、その直後であっても、身体は魔法力を回復していく。
当人の意識がなければ、余計な動きもないために、魔法力の回復だけに専念できるのだ。
だから、魔法具や魔石などの外的要因で無理矢理、限界以上に吸い取られたわけでもない限り、完全になくなることはないと聞いている。
『意識を失う人間の姿を見る機会がそうないと思いますよ。特に他者の魔法力が枯渇する状態を見るのも、珍しいかと』
「なるほど」
限界まで魔法を使う人がいないってことか。
そう考えると、わたしの周囲には、限界チャレンジする人が多すぎるのかもしれない。
『とうとう最後の一人が倒れました。第二王子殿下しか立っていない辺り、腐っても王族……ということでしょう』
「セヴェロ」
『この距離で聞こえるのは、ルーフィス嬢ぐらいですよ』
そのルーフィスさんは、セヴェロさんのいる場所から一番、離れているのだけれど、納得はできてしまう。
そして、ルーフィスさんの一撃によって、第二王子殿下は再び、床に沈められたのだった。
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