意外な接点
「第二王子殿下は、また来るのでしょうか?」
できれば来てほしくないけれど、また来る気がして、ルーフィスさんに確認する。
「間違いなく来るでしょう。その時は私がお相手致しますので、栞様とアーキスフィーロ様は気にせず、仕事を続けるようにお願いしますね」
わたしたちの中で、仕事で一番戦力になる人は笑顔でそんなことを言う。
正直、わたしが抜ける方が仕事の進みが早いと思うのだけど、あの第二王子殿下の相手はしたくなかった。
抱き締められるのも嫌だし、頬擦りなんかもされたくない。
なんでよく知らない人からそんな苦行を強いられなければならないのか?
「ルーフィス嬢。少々、確認してもよろしいか?」
「はい。なんなりとご確認ください」
アーキスフィーロさまも何か気になることがあったようで、ルーフィスさんに問いかける。
「先ほどの陛下からの許可というのは、一体……?」
「栞様がここに来ると決まった時に申請しました。身分がなければ、どうしても護れないものもあります。そのために、トルクスタン王子殿下を通して要請し、身分証代わりにといただきました」
ルーフィスさんは、書類を手に笑顔でそう答える。
言っていることは分かるのだが、本来、そんなに簡単に貰えるものではないだろう。
それだけアーキスフィーロさまを取り込みたいってことなのがよく分かる。
『因みにボクも持っています』
さらりとセヴェロさんもそう言って、ルーフィスさんが持っていたような紙を見せた。
「セヴェロ!?」
流石にアーキスフィーロさまも驚愕する。
『アーキスフィーロ様から何も聞かれなかったので、言わなかっただけです』
「まさか、お前がそんなものを持っているとは思わないからな」
それは確かに。
そして、それを持っていたからって報告の義務があるわけでもない。
セヴェロさんが言わなければ、彼がルーフィスさんと同じ許可証を持っている事実も露見することもなかっただろう。
口にしたのは、セヴェロさんが隠し事をしたくなかったからだと思う。
もしくは、このまま隠していても、いずれはバレると判断したか。
どうせバレるなら、早い方が良いからね。
そして、手配したのはルーフィスさんだろう。
セヴェロさんの許可まで取っているのは、自分たちだけだと、怪しまれるからかな。
身分から考えれば、世間一般では、何を置いても護られるべきはわたしよりもアーキスフィーロさまの方だから。
恐らくは城まで付き添うアーキスフィーロさまの従僕と、わたしの侍女用に一枚ずつ貰っているのだと思う。
「何も言わずに第二王子殿下を殴り倒しても良かったのですが、そんなことをすれば、栞様が悲しまれるかと思いまして……」
ルーフィスさんが困った顔をしながらそう言った。
確かに、知らない状態で、第二王子殿下がK.O.されていたら、困ったかもしれない。
『ルーフィス嬢がさらりと口にした「殴り倒す」の部分について、シオリ様が全く疑問を持たないところにビックリしてます』
セヴェロさんが呆れたようにそう言うが……。
「そこはルーフィスさんなので、『やろうと思えばいつでもやれた』と、言われても驚きません」
そんな言葉が似合う人だから。
『ところで、ルーフィス嬢の得物はあの……、モーニングスター? ……なのですか?』
セヴェロさんが興味深そうに尋ねた。
やっぱりモーニングスターで間違いはないのか。
「得意ではありませんが、この『ホーリーウォータースプリンクラー』は見た目でも、相手を怯ませる効果がありますので、威嚇の意味で今回は使いました」
その見た目なら、確かに怯むとは思う。
威嚇、牽制……、としても十分だっただろう。
あんな武器を至近距離で拝みたくはない。
でも、名称は「ホーリーウォータースプリンクラー」なのか。
直訳すると、聖なる水の散水機?
聖水を散布するのかな?
祓い給え、清め給えって?
なんか、武器というよりも、浄化用の道具みたいな名前だな~と思っていたら……。
『ルーフィス嬢はブラックジョークがお好きなのですね?』
「嫌いではありませんが、この名称は人間界でも使われていたものですよ」
セヴェロさんが問いかけ、ルーフィスさんが笑顔で応じる。
ブラックジョーク?
確かにルーフィスさんは好きっぽいけど、いきなり、何故?
「ああ、そういうことか……。だが、それはブラックというよりもブラッド……」
アーキスフィーロさまが何かに気付いたご様子。
ブラッド?
血液だよね?
「斬撃武器、刺突武器よりは打撃武器を好みます。手応えが分かりやすいので」
手応えって何!?
いや、これがブラックジョーク?
「武芸十八般の中からならば、『砲術』、『銑鋧術』、『杖術』など、距離を取る武術に興味がありました」
武芸十八般って何!?
いや、確か、柔術とかの基になったとか昔、少年漫画で読んだ覚えが……。
でも、その中身までは知らない。
砲術は分かるけど、センケン術って何?
先読みでもするの?
ジョウ術ってどの文字!?
「武芸十八般で距離を取る武術ならば、弓術も該当すると思いますが、弓術はお嫌いですか?」
そして、ルーフィスさんの言葉に、アーキスフィーロさまが食いついた!?
いや、弓術、弓術か~。
弓道少年でしたものね。
だが、これにはセヴェロさんもビックリしているから、予想外に思ったのはわたしだけではなかったようだ。
「射術の祖とも呼ばれる日置流も好きですが、人馬一体の武田流が私は、好きですね」
「人馬一体ならば、小笠原流の方はいかがですか?」
「小笠原流は『弓』、『馬』、『礼』なので、少々、苦手なのです」
「分かります。個人的には、武田流の矢を帯に挟んでいる所が……」
さらに、何やら、盛り上がっていらっしゃる。
アーキスフィーロさまがここまで饒舌に語るのはかなり珍しいのではないだろうか?
そして、セヴェロさんも口を挟む隙がないようだ。
しかし、ルーフィスさんは弓道ではなく、野球だったはずなのですが?
「まさか、ルーフィス嬢が弓道にまで精通しているとは……」
元弓道少年が感心している。
「精通しているというほどでは……。単に人間界の知り合いの中で、弓道がお上手な方がいたために、興味があっただけです」
「人間界のお知り合い……ですか?」
「はい。栞様たちが通っていた南中学校ではなく、中央中学校に通っていたと伺っております。確か、栞様たちと同じ学年ではなかったでしょうか?」
ちょっと待って?
中央中学校に通っていたわたしと同じ学年の弓道少年ってそれは……。
「中央高校……? まさか、来島創のことですか!?」
アーキスフィーロさまの口から飛び出した旧友の名前に、思わず、胸が痛んだ気がした。
「来島様のことを、アーキスフィーロ様もご存じなのですか?」
「ご存じも何も、来島創は、中央中学校の中でも、際立っていました。彼が弓道場に立つだけで、場の空気が変わるほどで……。あれだけの実力者を私は、見たことがありません」
でも、来島も、階上くんのことを知っていた。
しかも、わたしの知らない来島の姿を。
―――― 誰もが息を呑むほどの姿だった
―――― 弓道経験者であれで印象に残すなってのが無理だな
人間界で、来島はアーキスフィーロさまのことを、確かにそう言っていたのだ。
記憶に残っているのは、再会した時よりも少し高い声だった。
なんで、こんな時に思い出すのだろう?
彼には、もう、会えないのに。
なんで、あの頃をもっと大事にしなかったのだろう?
彼は、あの頃のわたしのことも大事にしてくれていたのに。
―――― もう会えない?
―――― ホントウに?
ナニかが胸の内でそう訴える。
会えるわけがない。
ライトだって、そう言っていた。
あの人がわたしに全てを言ってくれているとも思っていないけれど、わざわざ嘘を吐く理由もないのだ。
「栞様」
そんな呼びかけで、わたしは呑まれかけていた思考から、戻される。
「お疲れのようですね。少し、休まれますか?」
考え事に没頭してしまったために、作業の手まで止まっていたらしい。
アーキスフィーロさまの心配そうな眼差しが目に入る。
そんな顔をさせたいわけじゃないのに。
先ほどまで、笑ってルーフィスさんと好きなことを語っていたのに。
わたしは、今、どんな顔をしているのだろう?
酷い顔だと思う。
だから、「大丈夫だ」といつも口にしてきたはずの言葉すら、言えない。
そんな風に、自分の気持ちを持て余していると……。
「ヴィーシニャの精霊!!」
またも、あまり聞きたくない種類の声が聞こえてきたのだった。
ファンタジーでおなじみの「星球式鎚矛」は、別名「ホーリーウォータースプリンクラー」とも呼ばれます。
聖職者が持つ殴打用棍棒全般に使われる言葉らしいでのすが、キャラクター的に似合うので聖職者ではありませんが、持たせました。
そして、「星球式鎚矛」であることも実は、否定しておりません。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




