わたしの侍女
「ヴィーシニャの精霊よ。先ほどの女はそなたの侍女だろう? 何者だ?」
第二王子殿下がそう言いながら、わたしに手を伸ばそうとするものだから、アーキスフィーロさまが間に入って庇ってくれる。
「第二王子殿下」
そして、鋭い声でその行動を咎めた。
「邪魔だ」
「邪魔をしているのです」
「お前にそんな権利はない」
「シオリ嬢は、我がロットベルク家の客人です。不快な思いをさせられないのは当然でしょう」
アーキスフィーロさまがそう言うが、第二王子殿下はアーキスフィーロさまを見ていない。
ずっと、わたしにギラギラとした視線を向けている。
その執着心が怖い。
思わず、このままアーキスフィーロさまの背中に隠れたくなったが、我慢する。
逃げても意味がない。
「第二王子殿下。申し訳ございませんが、少し、離れていただけますか?」
だが、思わず、そう口にしていた。
「何故だ? アーキスフィーロにはそんなに近しい距離だというのに」
「アーキスフィーロさまは信頼のおける友人ですから」
この距離でも拒否反応はおきない。
わたしの「魔気の護り」は発動しないのだ。
「それならば! 俺とも友人に! いや、友人では足りない。ああ、俺はどうしたら……」
友人で足りないとか。
そんな発言をされるから警戒してしまうのです。
従者たちも止めるかどうか判断に困っているご様子。
できれば、止めてください。
いっそ、魔気の護りでふっ飛ばそうか?
そうすればいろいろとスッキリしそうな気がする。
そんなことを考えている時に……。
「準備が整いました。もう、入室に問題はありません」
そんな天の声が聞こえた。
「そ、そなたたちは何事もないのか?」
第二王子殿下はルーフィスさんに向かってそう言った。
「はい。この通り、全く問題はございません」
ルーフィスさんは先ほどと同じように、笑みを浮かべながら、綺麗な礼をする。
「そんな……。何故……?」
第二王子殿下が茫然としたまま呟いた。
それほどショックだったらしい。
いや、よく考えれば、ここに初めてきた時のアーキスフィーロさまも同じような感じだった。
入るのを躊躇った上、従者たちが先に入ろうとするのも止めるような素振りを見せた覚えがある。
これは単純に大気魔気が濃いという話ではないのかもしれない。
「殿下。この部屋に入られないのなら、私は勝負をお受けすることができません。私事で主人から離れることは、許されておりませんので」
そう言いながら、中へ迎え入れようとするが、第二王子殿下の足は完全に止まっていた。
だけど、わたしとアーキスフィーロさまは気にせず、その横を通り、中に入る。
第二王子殿下の様子が気にならないわけではないが、ルーフィスさんが大丈夫だと判断しているのだ。
それならば、絶対に大丈夫だと言う確信がある。
「ヴィ、ヴィーシニャの精霊!!」
背後から、そんな声が聞こえたが、無視をした。
いずれにしても、わたしたちが仕事をするのはこの部屋なのだ。
ここに来なければ、何もできない。
入った契約の間はいつものように、ひんやりとする水属性の大気魔気で満たされた部屋だった。
何も変わらない。
だけど、変わらないようにしてくれているのはこの微笑んでいる専属侍女だろう。
「さて、始めましょうか」
その侍女はいつものように場を仕切ってくれる。
机の上には既に、いくつもの書類の束が分けられていた。
この仕事の早さが素敵だ。
わたしもアーキスフィーロさまも椅子に座って、作業を始めること数分。
「そろそろ……、ですか」
ルーフィスさんがふと呟いた。
『ルーフィス嬢、心は読めないんですよね?』
それに対して答えたのはセヴェロさん。
わたしとアーキスフィーロさまが揃って首を傾げていると……。
「ええい! 儘よ!!」
そんな声と共に、扉が開け放たれる。
「ヴィーシニャの精霊よ!! 大事ないか!?」
先ほどまでは平和だったんですけどね。
そう言いたくなった。
そして、またも、第二王子殿下はわたしに向かって突進してきて……。
どごんっ!!
その近くにかなり重たい物が叩きつけられる音がする。
風圧によって、机に置かれていた書類の束が次々と舞い上がったが、それらは全て、有能なる侍女によって回収された。
風で書類が舞うことはあっても、武器を振るった後の衝撃で書類が吹き飛ぶ図というのはなかなか見ることができないだろう。
自分に向けられた攻撃ではないためか、近い距離ではあったが、わたしの魔気の護りは発生していない。
「最後の警告です。次は当てます」
先ほども見た巨大武器の先が、わたしに近付こうとした第二王子殿下の真横に落とされている。
その長柄を左手のみで振るった後、残った右手には書類を束ねた侍女は妖艶に微笑んだ。
美人さんが凄むと怖いよね?
離れているのに、第二王子殿下の背後にいた従者たちが唾を呑み込みこんだ音を聞いた気がした。
「殿下に向かって、無礼な!!」
一人の従者がそう叫んだ。
「無礼だと言うなら、如何されますか?」
だが、ルーフィスさんは怯まない。
書類を机に置いた後、床に叩きつけた星球式鎚矛を左手だけで再度持ち上げ、従者たちに向かって両腕で構え直す。
「貴方方にとって、殿下の御身を護ることが絶対であるとともに、私にとって、主人の身を護ることこそ、至上でございます。この国の国王陛下より、主人に害なす者は、例外なく打ち捨てを許されておりますので、遠慮する理由もございません」
「「「なっ!?」」」
え?
そうなの?
「お疑いならば、この書状のご確認をお願いいたします」
そう言って、どこからか一枚の紙をルーフィスさんは取り出した。
第二王子殿下はひったくるように受け取り、中を読む。
「『この書を持つ者。ローダンセ王城内に限り、主人を守るためならば、王族に弓引くことも許す』……だと?」
第二王子殿下は震える声でそう言った。
え?
本当に?
そして、いつの間に?
「「「そんな!?」」」
「「「馬鹿な!?」」」
「「まさか!?」」
従者たちも驚きの声を上げて、第二王子殿下が持っている紙を覗き込んでいる。
「ご承知のように、我が主人たちは第五王子殿下の補佐であるととも、偉大なるローダンセ国王陛下の客人でもあります。そのため、良からぬ輩に害されることのないよう、トルクスタン王子殿下を通してご認可頂きました」
いや、頂きましたって、普通はそんな簡単に貰えるものでもないよね?
それだけ、国王陛下にとって、アーキスフィーロさまがこの場所に来ることが大事だってことだろうか?
ああ、大事だ。
この大陸の存続がかかっている。
それに比べれば、王族たちの身が軽いわけではないけれど、それらによって侵害されることは国王陛下も望まないだろう。
「勿論、全てにおいて暴力が許されるわけではありません。様々な約束事はございますが、今回に関しては、主人に断りもなく触れようとした異性に対する措置を適用しました」
おおっ!?
それは、例の王命による接近防止というやつではなかろうか?
「触れることも許されないのか!?」
「どの国でも、妄りに異性の身体に触れることは許されないかと存じます。そうですね。この主人に関しては、他国の女性王族と同じようにご対応願えればよろしいでしょう」
おおう?
それって、かなりの扱いなのではなかろうか?
「それでは、抱き締めて頬ずりすることも許されないではないか!!」
「「当然でしょう」」
第二王子殿下の言葉に対して、ルーフィスさんだけではなく、アーキスフィーロさまの声も重なった。
いや、何をするおつもりでしたの?
王族ならば、それが許されるって怖くない?
「但し、それは無許可の時のみでございます。主人自身が許せば、適用はされません」
「なるほど!! ヴィーシニャの精霊よ!! 是非、その身体に触れる許可を!!」
ルーフィスさんの言葉に、即、反応した第二王子殿下は……。
どたーんっ!!
とうとう、床に沈められた。
両手を広げた無防備な第二王子殿下に向かって、振り下ろすではなく、振り上げられた星球式鎚矛。
それにより、第二王子殿下の身体は一瞬、上空に跳ね上げられ、そのまま落ちたのだ。
「「「「「殿下!!」」」」」
従者たちの悲痛な叫びが辺りに響く。
どうやら、この第二王子殿下は学習能力がないらしい。
そして、それを止めることができなかった従者たちも、同じようなものだろう。
そして、第二王子殿下は、ピクリとも動かなくなってしまった。
流石にちょっと心配になる。
「あ、当てました?」
再三に亘る警告無視だ。
最後通告も行っている。
今度こそ、当ててもおかしくはない。
「直撃はさせておりません。スパイクの先端が、顎先を掠めただけですね」
それって、ボクシング漫画でよくある、脳が揺らされるやつではないでしょうか?
しかも、身体、浮いてましたよね?
「つまり、脳震盪を起こしているだけです。直に回復するでしょう。寝心地の良い場所にて休ませるようお願いします」
そう言いながら、第二王子殿下の身体を抱えて、従者の一人に渡す。
「は、はい、了解しました」
王子殿下の身体を抱えさせられた従者も複雑な面持ちで、ルーフィスさんを見たが、逆らうことなく、そのまま、他の従者たちと共に退室する。
「ああ、伝え忘れておりました。ドルーク=スカヤ=ターヴァリシュ様」
「はいっ!?」
ルーフィスさんの言葉に、第二王子殿下を抱えたまま、従者が叫んだ。
「私は、先ほどの挑戦もお受けしますので、またおいでくださいと、第二王子殿下にお伝えくださいませ」
「は、はい!! 承知しました!! それでは、これにて失礼致します」
まさか、名前を知られているとは思っていなかったのだろう。
先ほどよりも丁寧な言葉で、第二王子殿下の従者は返答して、今度こそ退室したのだった。
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