【第122章― 国の違乱 ―】巨大な武器
この話から122章です。
よろしくお願いいたします。
「ヴィーシニャの精霊!!」
あれから、三日後。
またわたしたちは登城すると、やはり、扉の前で待ち伏せておられましたよ、第二王子殿下が。
両手を広げてまた抱き付こうとしてきたから……。
「うっ!?」
今回、わたしを後ろに引いたのは、アーキスフィーロさま。
その前に両手を広げて庇う姿勢を取ったのは、セヴェロさん。
そして、誰よりも、早い動きで、第二王子殿下の行動を止めに前進したのが、わたしの専属侍女であるルーフィスさんだった。
その動きに見惚れてしまう。
長い侍女服の裾を翻し、踏み込む様は、まさに芸術的だった。
絵に残したい。
だが、その大きな武器はなんですの?
そんなのいきなり突き付けられたら、流石に、大半の人間はその動きを止めてしまうだろう。
えっと、多分、刺々しいものが付いているから戦棍の中でも、星球式鎚矛と呼ばれる武器だと思う。
RPGの攻略本や少女漫画で見たことがある。
今、ルーフィスさんが持っている武器は、長柄の先にトゲトゲが生えた大きな鉄球が付いているものだ。
攻略本の絵の方は確か、トゲトゲの付いた鉄球は鎖分銅のように、長柄の鎖の先についていた。
あれはファンタジーだから?
でも、少女漫画の方は、母親の自作武器だった。
専業主婦が武器を作って、自分の娘に突き付ける……、今考えると凄いよね?
ギャグだから許されたのだろうけど。
いや、そんな話はどうでも良い。
第二王子殿下も、その従者たちも動けなくなっている。
それほど、見事なまでの寸止めだった。
わたしに向かって、突進してきた第二王子殿下に合わせた位置調整なんて、最早、神業と言っても良いだろう。
変に声をかければ、そのまま、その棘が第二王子殿下に触れないとも限らない。
だから、誰も声を掛けるどころか、言葉を発することすらできないようだ。
「ルーフィス」
だが、わたしは知っている。
この人がそんなミスを犯すはずがない、と。
やるとしたら、わざとだ。
だから、わたしが声をかけるしかない。
余計な動きをさせないように。
「ご無礼致しました」
ルーフィスさんは、そう言いながら、その武器を下ろして、床に突き刺した。
ずうんと、石造りの床が少し震える。
どれだけ、重いの?
あの武器。
いや、振り回すことに意外性はないのだけど。
「主人に向かってくる不埒な人間は国王陛下でも殴り倒せと、トルクスタン王子殿下より強く命じられております。その貴き御身に兵仗を向けたこと、お許しくださいませ」
さらに、わたし以外の誰かが我に返る前に、その正当性を述べた。
相手の正体を知った上での行動だと言うことも添えて。
「そ、そなたは、一体……?」
ルーフィスさんが、言葉を発したことで、第二王子殿下も動けるようになったのだろう。
だが、信じられない者を見る目に変わりはなかった。
「トルクスタン王子殿下のご命令で栞様にお仕えすることになった者です。殿下に対して、このような形でのご挨拶となり、心苦しくはありますが、以後、お見知りおきくださいませ」
そう言いながら、優雅に一礼する。
その淑女の礼は、見事までに隙が無く、優美で、見慣れているはずのわたしでも、目を奪われそうになってしまう。
同じ動作でも、お辞儀って、かなり性格、癖が出るのだ。
その礼からは、先ほどまで凶悪な武器を持って突進した人と同一人物とは思えないが、真横にその武器が残ったままなので、間違えようもなかった。
そして、名乗るつもりはないらしい。
「まさか、『緑髪』か!?」
第二王子殿下の背後にいた人の一人が叫んだ。
ルーフィスさんの髪はエメラルドグリーンである。
水尾先輩とは色合いは違うが、緑の髪と言えなくもない。
「いいえ。申し訳ございませんが、人違いです」
だが、ルーフィスさんは否定する。
「城下で有名な『緑髪』と呼ばれる女性ほど、私は、魔法に長けておりません」
ああ、うん。
確か「緑髪」は水尾先輩のことだった。
魔法国家の第三王女殿下を相手に、魔法で勝てるような人はこの世界でもそう多くはないだろう。
でも、あなたはその水尾先輩と勝負して、勝ったことがありますよね?
「無礼を許せと言ったな。それなら、俺と勝負は可能か?」
この王子殿下は、何故、勝負を挑もうとするのか?
先ほどの動きで、明らかに勝てないと思わなかったのか?
反応すらまともにできていなかったと言うのに。
「栞様、アーキスフィーロ様。少しだけ、外してもよろしいでしょうか?」
そして、あなたは受ける気満々ですね?
それならば、主人としてかける言葉はただ一つ。
「信じています、ルーフィス」
負けるとは思っていない。
問題は勝ち方だ。
アーキスフィーロさまのように、一瞬で終わらせるならそれでも良い。
その辺りは、わたしよりもルーフィスさんの方が分かるだろう。
「ルーフィス嬢、その……」
アーキスフィーロさまは、ルーフィスさんが戦う姿を見たことはない。
だけど、自分より魔力が強いことは知っているだろうし、先ほどの動きで十分すぎるほど戦闘慣れしていることにも気付いただろう。
だけど、なんと声をかけて良いのか分からないようだ。
相手は王族。
下手なことができない。
「栞様のことをよろしくお願いいたします」
だから、ルーフィスさんはそう言って微笑んだ。
「場所は、この部屋で問題ありませんか? 私は、このように大きな武器を振り回すものですから、普通の場所では床や壁を傷めてしまうことでしょう」
ルーフィスさんはそう言いながら、第二王子殿下に声をかける。
「そ、その部屋か? いや、俺としては、中庭を……」
だが、何故か、第二王子殿下は戸惑った。
前回も契約の間でアーキスフィーロさまと勝負をしているのだから、今回は前よりも抵抗がないと思ったけれど、違うらしい。
またも中庭の方が良いと言い出した。
寧ろ、前よりも拒絶しているような気もする。
「中庭では、穴がいくつもできてしまいます。その衝撃で、庭木も損傷する可能性がありますし、大きな破壊音により騒音として城下より問い合わせがくるかもしれません。中庭の結界では、防音、震動、衝撃防止の効果がございませんからね」
どれだけ暴れる予定でしょうか?
そして、それだけ激しい音を出せることも知っている。
逆に、音を出さない方法があることも知っている。
自然結界の中に、さらに結界を張る。
ルーフィスさんはそれができる人だ。
「しかし、この部屋は……」
第二王子殿下は目を泳がせながら、そう言った。
なんか、様子が変?
三日前に、一度、入った部屋なのに、入りたくないという気配がひしひしと伝わってくる。
「勿論、先に片付けをしてからになります。殿下は先にこの部屋へ入られたご様子。片付いていない状態をご覧になって、さぞ、驚かれたことでしょう」
「そなたは、この部屋の状況をっ!?」
「三日前も片付けをしてから、ご入室されたでしょう? この部屋は、入室前に、片付けが必要な部屋なのです」
そういえば、毎回、先に専属侍女たちがお掃除してくれてから入っている。
それはこの部屋の大気魔気が濃すぎるためだと思っていたけれど、第二王子殿下が顔色を悪くしているから、それだけではない?
「セヴェロ様、やりましょうか」
『はい、承知いたしました』
人前であるためか、セヴェロさんがルーフィスさんに向かって手を差し伸べる。
「私に対して、介添えは不要です」
ルーフィスさんはあっさり断った。
『それは残念です。貴女のことをもっと深く知る機会だったのですが……』
ああ、そっか。
セヴェロさんに触れると、いろいろバレちゃうからね。
凄く自然に、仕掛けられて忘れていた。
そして、流石、ルーフィスさん。
こんな所も隙が無い。
「それでは、殿下。御前、失礼致します」
そう言いながら、翠玉のような髪色の専属侍女と、黒髪の従僕は、扉の向こうへと消えて行ったのだった。
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