試しに挑戦!
「少年がやることは一つ。高田に魔気を通す。それだけだ」
水尾先輩が九十九に対してそう言った。
「魔気を通す?」
「込めるわけじゃないのか?」
水尾先輩の言葉に九十九と雄也先輩が同時に反応した。
「他者に魔気を込めるのは恐らく無理だ」
水尾先輩はきっぱりと言い切った。
「魔法の付加とは違って魔気はもっと曖昧なものだから、当人の意思に弾かれる。普通なら無理に通そうとしても弾かれるはずだ。だが、高田みたいに表層魔気が隠れているヤツなら、本来あるはずの表層部分を通過することぐらいはできるかなと思う」
そう聞けば……、魔気と魔法は似ているけど別物ってことなのだろうか?
「……通過できなければ?」
「表層魔気は外部に感じられないだけでしっかり体内の隅々まで浸透してるってことだな」
「その魔気を通過させた後、高田はどうなりますか?」
九十九はいろいろと確認していく。
「体内魔気の状態によるけど、少なくとも何らかの反応はあると思っている。無反応だったなら、想像以上に表層魔気は深層域まで隠れているということになるな」
「何らかの反応……、暴走の危険は?」
「さっきも言った通り、あるよ。他人の魔法でも反発することはあるからな。それが自分の中に侵食するんだ。普通の魔法ではなく、加工前の魔気を無理に通せば暴走する」
暴走って多分、良くないことだよね?
ゲームのキャラが我を失って、味方に襲い掛かるような場面を思い出す。
わたしが……そうなる?
「暴走の確率は?」
「……数値じゃわからないけどかなり高いと思っている。正直、止めたほうが良いんじゃねえかな? ってぐらい」
水尾先輩はそう言うが……。
「……やってみます」
九十九は覚悟を決めたような声で返答した。
「一応、私は止めたからな」
「話が再度まとまったところで、結界を張るぞ。半径3メートルほどだったな」
雄也先輩のそんな声と同時に風が吹いた気がした。
髪が少し揺れ、頬に空気の流れを感じる。
「風属性……。高田を中心に半径……マジで3メートル……の球形……。ちょっと待て、これ、転移系無効だけでなく、全属性に制限かかってねえか!?」
「魔法制限魔法だからな。全属性に効果がなければ意味がない」
「……何だ、ソレ。簡単に言ってるけど、全属性に作用するようなそんな万能感溢れる結界魔法、我が国でも聞いたことがねえんだが……」
「これは、俺独自の魔法だからな」
「「は!? 」」
水尾先輩と九十九の驚きの声が重なる。
それだけ、雄也先輩の発言は驚愕することだったらしい。
「せ、先輩って、魔法開発できんの!?」
「ちょっと待て、兄貴。そんなことできるなんてオレも知らねぇぞ!?」
水尾先輩と九十九が同時に反応するが……。
「既存魔法に手を加えただけだから、魔法開発とは違うな。無からは流石に作れないが、自分が使いやすいように改良することなら魔法国家でもできるはずだが?」
当事者はいつものように涼しい声で返答した。
「い、いや……多少ならできるけど……」
「尤も、この魔法の弱点は、大きくても上下前後左右10メートルの角柱。制限結界としてはかなり狭い。さらに時間も10分と短く、単独形成のためあまり実戦向きではないことだな」
「単独形成……重ねがけはできないってことか」
よく分からないけど、重ねて使う結界もあるってことなのかな?
「それに一度使用したら1日は使えん。これは魔法ではなく俺側の問題だが。魔法力がごっそり持っていかれる」
「……そりゃ、こんだけのものを使ったら、普通の人間なら魔法力はスカスカになる。……っと、10分しかねえなら無駄話してる時間もねえな。少年、とっととするぞ」
「はい! ……ってどうするんですか!?」
反射的に返事をしたが……、やり方は九十九も知らないらしい。
まあ、初めての試みらしいから仕方ないか。
「やることは単純だ。自分の所有物に魔気を通すように高田の身体に通すだけ。意識的な印付だな」
「所有物への印付《マーキング》。魔気を込めたことはありますが、通すだけというのをやったことがありません」
「魔力を込めた方が印付としては長持ちするからな。でも、それだと魔法具などでは本来の効果を変える恐れもある。魔気を通す方が早いし、消費も少ない。そして、付与された効果を変えることはない」
そう言いながら、水尾先輩は続ける。
「ここに私所有のクズ石がある。元々、別の人間のモンだから、私の魔気はあまり通っていない。試しにこれに通してみろ。魔気を込めるんじゃねえぞ。通すんだからな」
「『魔気を込める』と、『魔気を通す』の具体的な違いは?」
「込めたらクズの魔石が出来上がる。通せば、効果はクズ石のまま。要は中に集中させるんじゃなく、表面を撫でる感じだな」
「くっ! 掴みにくい」
「こんな感じだ」
シュボッとライターのような音が聞こえた。
「この通り、クズ石はクズ石のまま。無事、印付の完了だ」
「……魔法ではなく、魔気を通す?」
「ああ、それは分かりやすい考え方だな。石に魔力を込めるなら魔法の感覚に近い」
水尾先輩の言葉の後、そよそよとした風が吹き始めた気がする。
「少年、それじゃあ過剰だ。風じゃなく空気の流れ程度で……。そう、もっとイメージは曖昧で良い。……それじゃあ、まだ風魔法に近すぎる」
「てやっ!」
九十九の気合が入った声。
「気合が入りすぎ! 確かに通ったけど、半分は中に残ってるじゃねえか! これじゃあ、確実に反発が来るぞ」
「魔気の操作って……。思ったより難しい……。あの男……、よくできたな」
九十九が何やらブツブツと言っているのが聞こえるが、なんと言っているかまでは聞こえない。
「ああ、知り合いが使えたのか? それなら、やってみたくなるのは分かる気はする。少年の場合、風だから余計に難しいのはあるかもな。見えないから意識しすぎるのか。私たちなら温度のない火をイメージするだけでいけるんだが……」
「温度のない火?」
「そう見た目だけの幻みたいな火。魔気だからな。魔法とは意味が違うんだ」
「……幻? ああ、そういうことか」
ボフッと不思議な音がした。
「……なんでいきなりできたんだ?」
「いや、幻の風。幻影みたいな風って考えたら……なんとなく?」
「まあ、なんとなくでもできたなら良いか。それを高田にするだけだからな」
「は~、これが魔気の操作……か。兄貴もできるのか?」
「……魔力を込めることよりも印付は基本だからな。今までやったことがない方が不思議なのだが。お前、自分の所有物に対しての印付は今までどうやっていたのだ?」
「全部、魔法で印付してた。風魔法で軽く撫でたら大半のものは印付できるし」
「大雑把なやつだな」
「習ってないし、人間界では不要だったからな。でも、なんとなく掴めた気がする。これでいける!」
そう言いながら、九十九がわたしの近くに立った。
「肌に触れる方が良いから、手からかな。個人的には抱擁を勧めたいが……」
水尾先輩がとんでもないことを提案した。
「いや、それじゃあオレが直接、魔気の流れを見ることができないから難しいっス」
だけど、九十九は自然に返す。
「……少年は人前での抱擁に抵抗があるわけじゃねえんだな」
「その辺は今さらじゃないですかねえ……。もう散々、やってるんで」
「いやいやいや! その表現はどうかと思う! 確かにこれまで空中浮遊や移動魔法とかでくっついたことはあるけど! 散々ってほどじゃない!」
思わず声に出てた。
いや、そこははっきり訂正しておかないといけないよね?
わたしの名誉のためにも!
「ああ、なるほど。でも、移動魔法こそ手をつなぐだけで良い気がするんだけど……」
「どうでも良いが、まだ始まらんのか? 残り時間、あまりないのだが」
水尾先輩の思考は雄也先輩の声によって中断される。
「ああ、そっか。10分ぐらいだっけ。じゃ、少年、やってくれ」
「はい!」
そんな気合が入った声が聞こえた後、わたしの手に軽く何か触れた気がする。
多分、九十九の手かな。
少し、いつもよりひんやりしてるのは気のせい?
そう思った時だった。
「……あ」
なんとなく不安になるような声。
「……ああ、やっぱりこうなったか。先輩、この結界は王族にも有効?」
「彼女相手に試めす機会には恵まれてないな。俺がこの魔法を開発した時には、記憶が封印されていた後だったから。だが、王子殿下には有効だったと記憶してる」
「あ~、あの王子じゃ残念ながら基準にならねえな。……けど、自国の王子になんで結界、張ってんだよ。その状況の方が気になる」
何やら声がして……。
「九十九、彼女を抑えろ!」
そんなどこか切迫したような雄也先輩の言葉を聞いたところまでは覚えているのだけど……。
そこから先。
どうなったのかは、よく分からなかった。
王女が所有していたクズ石については、村で、隊長さんからいくつか分けて貰っています。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




