互いに転がされる
「『舌先三寸で殿方を転がす悪女』ってどうすればなれると思いますか?」
いきなり、そんなことを栞から問われて、思わず顔を顰めてしまった。
お前は何を言ってるんだ?
そんな疑問しか湧かない。
「ルーフィスさんに第二王子殿下のことを相談したら、完全排除か、接近防止か、悪女計画を勧められたのです」
オレが妙な顔をしたせいか、改めて冒頭の言葉の説明を始める。
なるほど、兄貴の入れ知恵か。
完全排除は……アレか。
命を奪うのは面倒なことになるから、王族として失脚させる方向だな。
身分がなければ、第二王子は何もできないだろう。
接近防止は、王命を使えば楽にいけるか。
物理的に魔力登録をした人間以外近寄れないような結界を常時、栞の周囲に張るという手段もあるが、不測の事態があった時に面倒になる。
一国の王に個人の結界のための魔力登録は頼めん。
だが、悪女計画ってなんだ?
それが一番分からん!!
「個人的には、それ以外の魔力制圧をお勧めしたいところですね」
兄貴との話に出たやつだ。
「あの第二王子殿下は勝負事がお好きだと聞いております。栞様が魔法で叩き伏せれば、大人しく従うかと」
オレがやるよりも、当事者がやる方がより効果的だと思うがどうだろうか?
「その手段は、却って付き纏われませんか?」
ああ、その可能性は高い。
例のキャッチコピーとやらが脳裏を過った。
栞の魔力が強く、魔法もかなり多いのだから、そっち方面でも興味を持たれてしまうのは確かに避けたいところである。
「それよりは精神的に優位に立った方が、後々問題ない気がするんですよね」
それと「悪女」の関係が分からんが……。
「完全排除や接近禁止は望まないのですか?」
それらの方が、手段としては無難ではないだろうか?
「ルーフィスさんは完全排除を勧めてくるのですが、多分、後処理が一番大変だと思いました。そして、接近禁止をとれば、アーキスフィーロさまの立場が悪くなる気がして……」
栞は迷いながらも言葉を紡ぐ。
「その点、悪女なら、アーキスフィーロさまに害はないでしょう?」
そうか?
まだ全容が分かっていないオレには、そう思えないのだが……。
「婚約者候補に『悪女』という悪評が立てば、それは十分、害と言えるのではないでしょうか?」
「はうあっ!?」
オレが普通に疑問を口にすれば、いつもの珍妙な叫びが返ってきた。
淑女教育、どこ、行った?
若宮の頭から角が生えるぞ?
「その、舌先三寸で転がす悪女というのは、具体的にはどんな手段なのですか?」
いずれにしても、そこが分からなければこれ以上、良いとも悪いとも言えない。
「えっと、色香で殿方を惑わせる……、的な……?」
先ほど以上に歯切れの悪い回答。
栞もよく分かっていないことが分かる。
兄貴の提案に変な計画名を付けたってことか。
だが、これだけは言っておかなければいけない。
「色香? 無理では?」
「ぐはっ!?」
栞に色気がないとは言わない。
目の前で奇声を上げていても、可愛いと思う。
だが、世間一般の男たちが追い求めている色気とは全く違う。
まあ、あのロリコンには通じそうで、そこも頭が痛い部分ではあるが。
「い、いえ……、分かっているんですよ。わたしにそんなことはできないって。わたしも無理だって言ったのにな~」
本人にも自覚はあるらしい。
そして、兄貴は詳しく説明していないということは、当人に結論を出させたいらしい。
出した結論を楽しみたいんだろうな。
……オレに相談する所まで予想しているだろう。
この手の話をできそうなのは、現状、オレぐらいだ。
そう考えるとニヤけたくなるが我慢して口元を引き締める。
「色香で男を転がす悪女なんて、悪評以外の何者でもないでしょう?」
さらに一般論を口にする。
同時に、無理は止めて欲しいとも思った。
栞が色香で男を……?
成功しても、失敗しても、碌な結果を齎さないだろう。
「舌先三寸……、つまりは男を言葉だけで翻弄しろということでしょうね。ルーフィスが求めているのもそっちじゃないですか?」
栞にできそうな手段としてはコレだろう。
オレがよくやられているやつだ。
現在進行形でやられている気がする。
多分、オレが知らないだけで、兄貴もやられているのかもしれない。
だから、手段として、それを提案したのだろう。
「言葉だけで……。言葉責め?」
「どうしてそうなる?」
思わず、素で突っ込んでしまった。
いや、普通は思わないだろう。
好きな女の口から「言葉責め」とか。
当人がどこまで考えての発言か分からんが、年頃の男なら、その単語だけで様々な方向性の妄想が選り取り見取りといった感じで脳内に満たされてしまうんだぞ!?
だけど、栞が嬉しそうに笑うから、オレも落ち着く。
今は、13歳の身体だからな。
ちょっとしたことでも反応してしまうし、何もしなくても反応があって困る年代だったことを思い出した。
気を付けよう。
まあ、女の服は男の服よりもいろいろ誤魔化しやすいから大丈夫だとは思うが。
「でも、それ以外ならばどうやって翻弄するのでしょうか?」
栞が真面目な顔で問いかけてくるものだから……。
「言葉だけで男を翻弄するのは、ケルナスミーヤ王女殿下がお得意でしょう? あれも十分、悪女と言えると思いますよ?」
そう言ってやった。
オレが知る限り、一番の悪女は目の前にいる女で、次点が法力国家の王女殿下だ。
十分、参考になるだろう。
「つまりは、女王さまタイプ!!」
「ケルナスミーヤ王女殿下は、『王女』ですよね?」
いきなり、即位させるな。
あの女にこれ以上権力を与えてはいけない。
「でも、ワカは、扇を手に、椅子で足組んで、意味深な笑みを浮かべながら『そこで立っていると目障りだから跪いて?』って笑顔で命じるタイプだと思っている」
「ご友人ですよね?」
理解できるけど、友人相手にその考え方はどうなのか?
いや、すっげ~、その絵面は想像できたし、脳内で音声の再現まで可能だったが。
「女王さまか~」
何故か、嬉しそうに言う栞。
だが、その単語だけ聞くと、鞭を持つイメージが強くなるからやめて欲しい。
「そんな形で納得されても困ります。そして、多分、ルーフィスが言った方向からはズレる気もします」
少なくとも、兄貴が求めている結論はコレじゃない。
「ズレるの?」
「栞様とケルナスミーヤ王女殿下は言動こそ似ているけれど、見た目は全く違うタイプですから」
オレがそう言うと、栞は下に視線を落とす。
胸か……。
普段はそこまで気にしていないようなのに、時々、妙に気にするよな?
オレはそれぐらいの方が好きなんだが、それをこの場で口にするのも問題だということは分かっているので余計なことは言わない。
「第二王子殿下は外見も栞様を好ましく思っているようですから、その辺を武器にして見ては?」
「あ~、そう言えば少女趣味……」
オレの言葉に納得しかかって……。
「もう少女じゃない。わたしはもう少女じゃない」
呪文のようにそう唱えだした。
胸の話以上に、子供扱いされるのは嫌らしい。
「18歳はギリギリ少女で通用しなくもないような……」
世間一般ではどうか分からないが、少なくとも、栞の見た目は少女で十分、通じるだろう。
あの第二王子もそう口にしてやがったし。
「わたし、そんなに女が少ないですか?」
「少な……?」
不思議な言葉を聞いた気がして、思わず、栞を見た。
女が少ない?
こんなにも女なのに?
寧ろ、これ以上の女なんて存在しないのに?
「いいえ? そんなことはないですよ」
オレは素直にそう口にする。
「栞様が女性であることは、恐らく、この私が一番存じておりますから」
本当に、これ以上の女なんていない。
笑った顔も、怒った顔も、泣いた顔も、困った顔も、驚いた顔も、落ち込んだ顔も、自信を持った顔も、その全てが可愛くて愛おしいオレの主人。
だが、オレの言葉に栞が珍しく顔を真っ赤にした。
ああ、照れた顔も可愛い。
違う!
今のは、何に反応した?
オレが知っているナニかを思い出したのか?
ああ、アレか……。
「まさか『止血栓』を見て『使ってみたい』とか、それを実際使ってみて『痛かった』とか……。女性でなければありえない発言の数々ですよね?」
「ふごふっ!?」
コレだと思ったが、この反応を見る限り、違ったらしい。
予想外のことを言ったのか、口と鼻から大量に空気を放出するような変な声を聞いた気がする。
だが、コレ以外で栞が、顔を赤らめること?
オレに対するセクハラじゃなければ、抱擁とか、キスとかか?
まあ、抱擁はともかく、口付けともなれば、同性にはしたいと思わんよな。
少なくとも、オレはそうだ。
だが、折角だ。
「ところで、先ほどの栞様はそれ以外のことを考えられていたということでよろしいでしょうか?」
「ほへ?」
当人に聞いてみよう。
そして、その桜色の唇を開かせて、愛らしい口から言わせてみようか。
「それ以外で何を考えてその可愛らしい御顔を赤らめたのかを伺ってもよろしいでしょうか?」
オレがそう尋ねると、栞の顔色が変わった。
どうやら、突っ込まれたくなかったらしい。
「何も考えていません!!」
見事に光り輝いた。
分かりやすい嘘だったからな。
それなら、もっと近くでその顔を見てやろうか。
「栞様?」
オレが耳元で囁くと……。
「はい!!」
耳が弱い栞から元気が良い返答が吐き出される。
既に耳がかなり赤い。
このまま、食いつきたくなる。
だが、どうせなら、もっと可愛い栞が見たい。
「貴女はそう言うところがお可愛らしいのですよ。自覚されてくださいね」
「ひぎょぉっ!?」
いつもの奇怪な叫びに、冷静になれた。
これまでのように栞を可愛がるのは良くない。
それが分かっていても、栞の反応が良いと思わず夢中になってしまう。
それは、オレの役目ではないのに。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




