舌先三寸で男を転がす悪女計画
「『舌先三寸で殿方を転がす悪女』ってどうすればなれると思いますか?」
わたしがそう言うと、最近、無表情が多いはずの専属侍女は、珍しく露骨に顔を顰めた。
そして、体内魔気の方は、より雄弁に語る。
―――― お前は何を言ってるんだ?
そう言われている気がした。
「ルーフィスさんに第二王子殿下のことを相談したら、完全排除か、接近防止か、悪女計画を勧められたのです」
改めてそう話すと、濃藍髪のヴァルナさんは少し考えて……。
「個人的には、それ以外の魔力制圧をお勧めしたいところですね」
何故か、そんなことを言った。
しかし、魔力制圧とはなんぞや?
武力制圧みたいなもの?
「あの第二王子殿下は勝負事がお好きだと聞いております。栞様が魔法で叩き伏せれば、大人しく従うかと」
「その手段は、却って付き纏われませんか?」
アーキスフィーロさまは、それをやったのに駄目だったのだ。
寧ろ、第二王子殿下の鬱陶しさは悪化した。
わたしもそうなる気がする。
勝負事で相手が強いと思っても、立場的な強さが変わるわけではないのだから。
「それよりは精神的に優位に立った方が、後々問題ない気がするんですよね」
「完全排除や接近禁止は望まないのですか?」
「ルーフィスさんは完全排除を勧めてくるのですが、多分、後処理が一番大変だと思いました。そして、接近禁止をとれば、アーキスフィーロさまの立場が悪くなる気がして……」
手段としては、接近禁止が一番良いのだと思う。
だが、それでは虎の威を借りる狐だ。
第二王子殿下自身だけでなく、周囲からも良く思われないだろう。
「その点、悪女なら、アーキスフィーロさまに害はないでしょう?」
わたしの評判が下がるだけである。
それ自体は問題なかった。
「婚約者候補に『悪女』という悪評が立てば、それは十分、害と言えるのではないでしょうか?」
「はうあっ!?」
淡々と返されたが確かにその通りだ。
ぐぬぬ……。
盲点だった。
わたしの振る舞いは、アーキスフィーロさまに直結する。
いや、無理矢理結び付けようとする人は必ずいるろう。
わたしの行動はわたしだけの問題ではないのだ。
「その、舌先三寸で転がす悪女というのは、具体的にはどんな手段なのですか?」
ヴァルナさんがそう確認するので……。
「えっと、色香で殿方を惑わせる……、的な……?」
なんとなく、そう答えた。
そう言えば、ルーフィスさんから具体的な方法は何も聞いていなかったのだ。
「色香? 無理では?」
「ぐはっ!?」
専属侍女の無慈悲な攻撃
わたしは大打撃ぃ!
「い、いえ、分かっているんですよ。わたしにそんなことはできないって。わたしも無理だって言ったのにな~」
それでもルーフィスさんはわたしならばできると言ったのだ。
何の根拠もなく、あの人がそう言うとは思えない。
「色香で男を転がす悪女なんて、悪評以外の何者でもないでしょう?」
さらに追加攻撃!!
言われなくても確かにそうだ。
じゃあ、ルーフィスさんが求める悪女とは一体……。
「舌先三寸……、つまりは男を言葉だけで翻弄しろということでしょうね。ルーフィスが求めているのもそっちじゃないですか?」
「言葉だけで……。言葉責め?」
「どうしてそうなる?」
あ。
ヴァルナさんの素が出た。
当人も口を押さえている。
今は、二人だけなのだから、気にしなくても良いのにね。
ルーフィスさんもヴァルナさんも、周囲に人がいなくても、わたしに丁寧な言葉を使うようになっているのだ。
それがかなり淋しい。
でも、今回みたいにチラリと見えると、それだけでご褒美気分になってしまう。
我ながら単純だ。
「でも、それ以外ならばどうやって翻弄するのでしょうか?」
「言葉だけで男を翻弄するのは、ケルナスミーヤ王女殿下がお得意でしょう? あれも十分、悪女と言えると思いますよ?」
ワカが得意?
確かにワカは色香で殿方を釣るタイプではない。
やろうと思えばできるだろうけど、そんなことをしなくても、言葉だけで十分、わたしの護衛が振り回されている図を見ている。
なるほど。
あんな感じなのか。
「つまりは、女王さまタイプ!!」
「ケルナスミーヤ王女殿下は、『王女』ですよね?」
「でも、ワカは、扇を手に、椅子で足組んで、意味深な笑みを浮かべながら『そこで立っていると目障りだから跪いて?』って笑顔で命じるタイプだと思っている」
「ご友人ですよね?」
改めて、確認されるまでもない。
わたしはワカの友人である。
オーディナーシャさまも似たようなところはあるが、あの方は雄也さんに似て、時々、色香も放出するからちょっと無理。
ワカに色香がないわけではないけれど、わたしはこちらの方が参考にしやすい。
伊達にあの娘は見てねぇぜ!! ……ってやつだ。
いや、このフレーズだけだと、ちょっとストーカーっぽいな。
「女王さまか~」
「そんな形で納得されても困ります。そして、多分、ルーフィスが言った方向からはズレる気もします」
「ズレるの?」
「栞様とケルナスミーヤ王女殿下は言動こそ似ているけれど、見た目は全く違うタイプですから」
ぬう。
この様子だと、ヴァルナさんはルーフィスさんが求めている「悪女像」が掴めているっぽい。
確かにわたしとワカでは外見的なタイプが違う。
まず、無駄な肉がわたしには少ない。
主に胸元。
「第二王子殿下は外見も栞様を好ましく思っているようですから、その辺を武器にして見ては?」
「あ~、そう言えば少女趣味……。もう少女じゃない。わたしはもう少女じゃない」
「18歳はギリギリ少女で通用しなくもないような……」
それでも、ギリギリって言われているし。
「わたし、そんなに女が少ないですか?」
「少な……? いいえ? そんなことはないですよ」
ヴァルナさんは不思議そうな顔をした。
これは意味が通じていないのではなく、本当に疑問に思っている顔……かな?
「栞様が女性であることは、恐らく、この私が一番存じておりますから」
その言葉で顔から火が出るかと思った。
確かに!!
目の前にいるこの人からは、「発情期」の時に、女としてのわたしも見られているのだ。
今更ながら、そのことを思い出して、恥ずかしくなる。
恐らく、現時点で世界中の誰よりもきっと、この人が一番、わたしの性別が女であることを知っているのだろう。
いろいろなことをされて、甘えるような高い声を出してしまったわたしを……。
「まさか『止血栓』を見て『使ってみたい』とか、それを実際使ってみて『痛かった』とか……。女性でなければありえない発言の数々ですよね?」
「ふごふっ!?」
予想外の言葉に自分でも珍妙だと思える奇声が出た。
そっちだった!?
確かにそれも女ならでは発言だ。
そして、遠い目をされている。
本当にセクハラ主人で申し訳ない!!
「ところで、先ほどの栞様はそれ以外のことを考えられていたということでよろしいでしょうか?」
「ほへ?」
「それ以外で何を考えて、その可愛らしい御顔を赤らめたのかを伺ってもよろしいでしょうか?」
ヴァルナさんの翡翠色の瞳が妖し気な光を伴う。
ヤバい。
この瞳の時のヴァルナさんはルーフィスさん以上によろしくない。
「何も考えていません!!」
咄嗟にわたしの口から出た言葉は明らかに偽証罪である。
案の定、ヴァルナさんには通じない。
距離を詰められて……。
「栞様?」
「はい!!」
耳元で囁かれる。
いつもよりも高い声。
それでも、顔が見えないだけ、これまでずっと聞いていた声に近しいものに聞こえるから不思議だ。
「貴女はそう言うところがお可愛らしいのですよ。自覚されてくださいね」
さらに続けられた言葉に……。
「ひぎょぉっ!?」
わたしは、人外の言葉を発する。
無理!!
いろいろ無理!!
最近、ヴァルナさんからは浴びてなかった妖艶なオーラがわたしを襲う!!
この専属侍女兄弟は本当に、本当に!! 主人を困らせることに特化しすぎている!!
「……こんな感じでしょうか?」
「はい?」
「私は、悪女っぽく振舞えていましたか? 意外と、自分では分からないものですね」
ごく自然に、わたしから離れながら、専属侍女はそんなことを言った。
その顔からは既に、先ほどのような妖しげな雰囲気はなくなっている。
つまり、先ほどの行動は……、わたしに見本を見せた……だけ?
「必殺!!」
「は?」
「魔気の護り乱れ撃ち~!!」
久々の体内魔気の大量放出をお見舞いした。
乙女心を振り回すな~!!
そう叫びたいのを必死に我慢して。
でも、叫んだところで「乙女?」と聞き返される予感しかない。
いや、わたしは乙女だ!!
そこは否定させない!!
空気砲ではなく、竜巻なのも久々である。
それだけいろいろ吹っ飛ばしたい気分だったのだろう。
「お前なら、第二王子殿下を魔力制圧するのも楽勝だと思う」
ちょっと気分的にすっきりしたわたしに向かって、そんな声が竜巻の向こうから聞こえた気がしたのだった。
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