第二王子対策
「ルーフィスさん!! 第二王子殿下のことをもっと詳しく教えてください!!」
わたしは部屋に戻るなり、ルーフィスさんに向かって叫んだ。
「どういったことでしょうか?」
いきなりの話だと言うのに、ルーフィスさんは驚いた様子もなく、いつものようににっこりと微笑んで、わたしに問い返す。
「第二王子殿下に付きまとわれそうな気配があるのです」
いきなり、「契約の間」の扉の前でアーキスフィーロさまが待ち伏せされ、勝負を持ちかけられたこと。
迷いながらも「契約の間」に入り、勝負であっさり負けたにも関わらず、「ヴィーシニャの精霊」とやらに会わせろと言い続けたこと。
さらには、その「ヴィーシニャの精霊」が、わたしだと気付いてしまった後の面倒くささまで伝えた。
ついでに、嵐が去った後にセヴェロさんから聞いた余計な情報まで。
「詳しくはヴァルナさんからがいつものように報告書を作ってくれていると思います」
この部屋にわたしを送り届けた後、ヴァルナさんはすぐにどこかに行った。
恐らく、それだけ早く報告書を仕上げなければいけないと判断したのだろう。
「武骨なヴァルナからの事務的な記録よりも、私は、栞様からの可愛らしい声で報告された方が嬉しいです」
その顔で口説き文句のようなことを言わないでください、眼鏡美人さん。
どんな反応をして良いか、困るじゃないですか。
「口頭の方が情報伝達の手段としては早いですからね」
後で見返せないという点はありますけどね、とルーフィスさんは続けた。
わたしもそう思ったから、先に報告したのだ。
少しでも早く、状況を伝えたくて。
ヴァルナさんは真面目だから、城での仕事中に報告書を纏めるなんてことはしていなかった。
今から纏めるのだから、どんなに早くても、もっと時間がかかるだろう。
しかも、二カ国以上の大陸言語で作るのだから、さあ、大変!
……寝る時間、あるのかなといつも思ってしまう。
「それに、栞様とヴァルナでは視点も思考も、感覚すら異なります。どちらの話もちゃんと聞いて、私も今後の指針を考えますので、お話を伺うことができて嬉しいのは本当ですよ?」
おお、お兄さんっぽい。
いや、この姿だとお姉さん?
「帰りに待ち伏せはされましたか?」
「意外にもそれはありませんでした」
勿論、わたしたちは警戒していた。
だが、第二王子殿下もその部下っぽい気配もなく、拍子抜けしたぐらいだ。
「でも、諦めたとは思えないのです」
少し話しただけでも思い込みと執着心が強そうだった。
誰が何を言っても、自分が結論付けた考えを絶対に曲げないタイプ。
「それで、ルーフィスさんに相談したくて……」
「本日の状況は分かりました」
ルーフィスさんはにっこりと笑う。
「それで、栞様が望まれるのは第二王子殿下の完全排除でしょうか? それとも、付きまとい防止でしょうか? あるいは、迷惑にならない程度なら、側にいるぐらいは許容してくださるのでしょうか?」
いきなり出された三つの選択肢。
完全排除は考えていなかったが、付きまとい防止はして欲しい。
だが、迷惑にならない程度に近くにいるとは一体……?
「一番、楽で後腐れがないのは完全排除ですね。多少の口止めが必要ですが、今後、永遠に付きまとわれることはないでしょう」
そこで、両手できゅっと何かを絞めるような動作を見せられると、その意味を察してしまう。
「それは別の意味で後腐れが発生しませんか?」
「栞様とアーキスフィーロ様の心持ち次第ですね。セヴェロ様も、私も、恐らくヴァルナもいろいろスッキリはすると思います」
そんな言葉を綺麗な笑顔で言わないでください。
冗談、冗談だよね?
ルーフィスさんお得意のブラックなジョークだよね?
「そうなると、付き纏いをされない防止となるとどうなりますか?」
「そちらはアーキスフィーロ様に頑張っていただくことになるでしょう。国王陛下に進言して接近禁止のご命令を頂くだけでよろしいかと」
思ったより人道的で良識的な手段だった。
わたしも一度は考えた方法だ。
だから、一番、問題もないように思えるが……。
「王族相手にそれは可能なのでしょうか?」
国王陛下が本当に動いてくれるかが分からなかった。
アーキスフィーロさまが城の、あの部屋に行けば何も問題ない話なのだ。
だから、接近防止となればちょっと難しいかもしれない。
あの時言ったように、あの契約の間まで第二王子殿下が来て仕事をすることまでは止めてくれない気がしたのだ。
「国王陛下にとって、この国で大事なのは、数多くいる息子たちよりもアーキスフィーロ様です。ある程度の要望は聞き入れてくださることでしょう。あの方さえ、定期的に『契約の間』へ閉じ込めれば、少なくとも今代の平和は保たれることはご承知のようですからね」
それはそれでどうなのか?
自分の代だけアーキスフィーロさまを犠牲にして譲位するまでの数年間、持たせたら、そのまま責任逃れするってこと?
いっそ、その数いる王子殿下たちを契約の間へ放り込んで差し上げれば良いかと思うのですが?
入った人の気分が悪くなるのも、三日に一度しか入らないせいだと思う。
セントポーリアはどうだっただろう?
少なくとも、セントポーリア国王陛下はそんなに頻繁に契約の間に行っていなかった気がするのだけど。
多忙だから、そんな余裕はないはずだ。
そうなると、この国の「契約の間」だけの問題である気がするが、ルーフィスさん、ヴァルナさん、セヴェロさんはあの部屋の浄化の仕方も知っているのだ。
だから、わたしは一度も気分を悪くすることはない。
それさえすれば、王族たちももっと気楽に気兼ねなく、あの部屋に入れるのではないだろうか?
だが、その方法は教えてもらえない。
やり方を聞いてみたけれど、ルーフィスさんもヴァルナさんもにっこり笑って、「栞様は気にされなくて大丈夫です」とだけ言うのだ。
でも、ルーフィスさんとヴァルナさんだけでなく、セヴェロさんもできることらしいのでそんなに難しくはないと思うんだよね。
そして、三人はそれをわたしだけでなく、アーキスフィーロさまにも教えていないらしい。
三人だけの秘密とか酷い。
でも、その中にセヴェロさんが入っているのは意外だった。
ルーフィスさんもヴァルナさんも必要以上に情報公開はしないから。
つまり、セヴェロさんに教えておく必要があるってことだよね?
「そして、迷惑にならない程度で近付くことだけは許す……。これが、一番、難しい方法となります」
「そうでしょうね」
今日の半日……ほどではなかったけれど、部屋から出て行ってもらうのに、結構な時間を消費した。
おかげで、絵が! 絵が!!
ちょっとだけ手抜き加減になってしまったのだ。
アーキスフィーロさまもセヴェロさんも、ヴァルナさんも十分だって言ってくれたけれど、わたし自身が納得できない仕上がりだった。
あれを人目に晒すとか!!
もともと、絵は必須ではない。
だけど、その方が分かりやすいと思ったから付けているだけのオマケ要素である。
それに全力を尽くす自分は馬鹿だとも思うが、あった方が良いなら付けるよね?
「この方法を選ぶなら、栞様に頑張っていただくことになります」
「わたしですか?」
「はい。舌先三寸で、殿方を転がす悪女になってください」
「無理です!!」
今日一日でも苦労したのに!!
「そうでしょうか? 栞様なら大丈夫だと思いますけど」
「何の根拠があって!?」
わたしに、そんなルーフィスさんのようなことができるはずがないでしょう?
「まず、今回の場合、栞様の方が、第二王子殿下よりも立場が上であることを認識してください」
「へ? でも、この国の第二王子……、王族……ですよ?」
その時点で、わたしの方が上になるはずもなく……。
「この国の王子はその他大勢です」
「酷い!!」
「失礼しました。仕事を放棄する王子よりも、王命を受けて、仕事を全うしようとする栞様の方が正しいとは思いませんか?」
ルーフィスさんに言われてそこは納得する。
だが、立場はやはりあちらが上ではなかろうか?
「先ほどもお伝えしましたが、あの城での栞様の役割はアーキスフィーロ様の補佐というよりも、あの方をあの場所に一定時間留めておくための頸木……、いえ、拘束することです。それは栞様のことですからご理解はされていますよね?」
ルーフィスさんの言葉にわたしは頷く。
でも、「くびき」って何だろう?
それについては理解できない。
拘束と似たような言葉かな?
「それを邪魔するようならば、王族であっても処罰を与えると国王陛下より通達があったと聞き及んでおります」
「ふえっ!?」
何それ?
そして、それは何処からの情報!?
「アーキスフィーロ様があの部屋に籠ることは、あの城の何に置いても最優先という扱いとなりました。そのため、今回のように第二王子殿下があの部屋に長居すること自体は、国王陛下にとって、何の問題もないことでしょう」
やはり、第二王子殿下があの部屋にいても、アーキスフィーロさまが部屋から出ない限りは何の問題もないということらしい。
「ですが、栞様が第二王子の行動を不快に思って、部屋から出たいと願えば、アーキスフィーロ様もそれに追従してしまう可能性はあるかもしれません。もともとアーキスフィーロ様は、栞様を護るために、あの城に行く決意をしたのですから」
おおう?
わたしの感情で、状況が変わってしまうってこと?
「ですが、今すぐ結論を出す必要はございません」
「へ?」
「幸い、次の登城は三日後です。それまで、ゆったりとお考えくださいませ」
ルーフィスさんはそう言いながら、優雅に一礼したのだった。
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