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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 弓術国家ローダンセ編 ~

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愛情の度合い

「セヴェロ。第二王子殿下の心は流れ込んできたか?」


 城からいつもの部屋に戻るなり、黒髪の主人は俺に確認してきた。


『だだ漏れでしたよ』


 この国の王族は精霊族の血が入っていても、だいぶ、薄まっており、能力としては大したことがない。


 だから、心の声はたやすく流れ込んでくる。


 だが、帰ってすぐに主人から確認されたのは少々、予想外だった。

 どれだけ気にしていたのか?


「どのような種類のものだった?」

『珍しいですね。俺の能力に分かりやすく頼るのは』


 情報収集とか、そういったことのために利用することはよくあるが、心の声という限定的な能力を確認されるのは珍しい。


「シオリ嬢の今後の安全のためだ。多少はやむを得ない」

『それは確かに』


 まさか、第二王子があの女性にあそこまで異常な執着をするとは思わなかった。

 いや、そんな気配はあったのだけど。


『もともと、外見が好みっぽいですね。最初に部屋に来た時からヴァルナさんともども気にしていたようですよ』


 正しくは、若い娘に目が向かっていただけのような気もする。


 ヴァルナ嬢もシオリ様も、外見だけなら14歳以下だ。

 その事実をシオリ様が知れば、かなり憤慨しそうではあるが、実際、18歳に見えないのだから仕方ない。


「ヴァルナ嬢とシオリ嬢では随分、タイプが違うようだが?」


 確かに二人ではタイプが違う。


 ヴァルナ嬢は若いながらも冷ややかで落ち着いた気配を漂わせ、さらに危うげな雰囲気まである。

 まるで、研ぎ澄まされた刃だ。


 対して、シオリ様は誰が見ても朗らかで愛らしく、健康的な少女に見える。


 だけど、口を開けば、意外なほどに教養が深く、幼さを含んだ仕草はともかく、立ち振る舞いそのものは気品を感じさせるのだ。


 庶民だと言っているが、教育を受けた貴族令嬢と言われても納得できるだろう。


 だが、主人の口からそんな言葉が出てくるのは意外な気がした。

 やはりムッツリだ。


『どちらも若い娘さんでしょう?』

「それだけで?」

『あの第二王子にとっては、そこが重要なのですよ』


 若い……、いや、幼い。

 それだけで、標的にされてしまう少女たちは気の毒でならない。


 幸い、犯罪染みた行いをするわけでなく、当人の言う「愛でる」も観察対象であり、触れる程度に留まっている。


 本当に食っていたら、洒落にならないし、揉み消せなくなるだろう。


 尤も、まだそういったことを理解できていない少女たちに触れている時点で、十分、犯罪に近いのだが。


 成人女性を相手にできないわけでもないが、美味そうに見えないようだ。


 成人女性に対しては事務的な対応であり、好みの少女たちはその柔らかい身体を撫で繰り回しているところからもソレが分かる。


 今回、シオリ様に触れることも許されなかったが、隙あらば触れたがっていた辺り、業は深そうだ。


 まあ、触れようとしても、切り刻まれるが、水没するか、壁に張りつけられるかの三択だっただろうけど。


 ヴァルナ嬢には目を向けはしたが、微妙に好みから外れているらしい。

 ニコリともしない愛想のない少女では駄目だと言うことだろう。

 実際、筋張っていて固そうだからな。


 反して、シオリ嬢は一見、庇護欲をそそる。


 分かりやすく護りたくなるような少女っぽさが良いらしいから、そういった意味でも好みだったようだ。


 ()()()()()()()()好みだったのかもしれないが、心の声を聞いた限りではそれだけとは思えなかった。


「危険性は?」

『あの場でも言いましたが、かなり大きいです』


 俺がそう告げると、分かりやすく嫌悪感を見せる。


「まさか、第二王子殿下があのような方だったとは……」

『まあ、アーキスフィーロさまとは、模擬戦闘を申し込まれる以外に、ほとんど交流していなかったですからね。それに性癖なんて、そう簡単に暴露しませんよ』


 心を読むまででもなく、あそこまで分かりやすい第二王子がおかしいのである。


 まあ、あれは正確に言えば、性癖とは全く別のものだ。

 抗えない本能……、が近いだろうか?


 人間の男に「発情期」と呼ばれる生理現象があるようなもので、あの第二王子にもそれと似たような物が存在している。


「『幻の歌姫』とやらが見つかれば、そちらに興味を示されるだろうか?」


 意外といい性格をした主人は、シオリ嬢を護るために、他の生贄を探すことを考えたらしい。


 だが……。


()めた方が良いですよ』


 既に事情を知ってしまった俺としてはそう言わざるを得ない。


「だが……」

()()()()()()()ですから』

「は?」


 俺の言葉は伝わらなかったらしい。

 主人はその呆けた顔を見せた。


 もっと分かりやすい言葉を選ぶか。


『スカルウォーク大陸の港町に現れた一晩限りの歌姫。それもシオリ様です』

「なんだっ!?」


 主人は驚きのあまり目を見開いた。


『アーキスフィーロ様は、とんでもない方を婚約者候補にしてしまったということになります』


 俺がそう言うと、主人は考え込んでしまった。

 だが、気付かないものか?


 城という大舞台で、見知らぬ貴族たちに囲まれて、それでも場を乗せるほどの歌を歌うような女性が普通であるはずがない。


 そして、酒場という特殊な場所で、酔っ払いや荒れた男たちを感涙させてしまうほどの歌を歌ったという女性も普通ではないのだ。


 そして、主人の婚約者候補となったシオリ嬢は、これまでずっと他国を巡り歩いていた。


 だから、分からなくても、少しぐらいその可能性が頭を掠めても良いのに、それらを全く結び付けなかった主人にカンパイ。


 どうもこの主人は、今も、あのシオリ嬢を、魔力が強くて頭が良いだけの普通の女性として扱っている節がある。


 その考え方は誤りとは言い難いが、明らかに普通じゃない部分を何度も見せつけられているのに、普通の女性として見ることができるのは不思議だと思う。


「やはり、あの場で歌わせなければ良かった……」


 そこにあるのは後悔の念。

 だが、今更言っても仕方がない。


 何より当人に自身の存在が異常であると言う自覚が全くないのだ。

 だから、この主人がどんなに庇ったところで、遅かれ早かれ露見したことだろう。


 まだ主人が守れる位置にいたことは幸いだったと言える。


『どちらにしても、シオリ様が第二王子殿下の好みどストライクの時点で、逃げることはできなかったと思いますよ。まだアーキスフィーロ様が相方(パートナー)として横にいる時で良かったんじゃないですかね?』


 少なくとも、無関係とは思われないだろう。


 主人とシオリ様の関係は国王陛下には伝わっているが、まだ「婚約者候補」であるため、周囲には伏せられることになったらしい。


 万一の時、()()()()()()()()()()()ことができるように。


 そして、魔力が強すぎるシオリ様を、ローダンセにとって都合の良い誰かに与えることができるように。


 尤も、カルセオラリアの第二王子殿下が国内にいる間に行動することはないだろう。


 幸いにして、あの王子殿下は、様々な事後処理と称して、この国に留まっている。

 少なくとも、一年、いや、二年はこの国に関わるようだ。


 そして、城下にある聖堂の聖運門を使って行き来している辺り、この国の王族にはあまり関りたくないのだろう。


 あるいは、カルセオラリアに何度も帰っていることをこの国に知られたくないだけか?


 本来、神官以外使えないはずの聖運門ではあるが、例の「音を聞く島」の後始末などもあって、五年間のみという期間限定で使用できる許可を大神官より貰っているらしい。


 何故、五年間なのかは、カルセオラリアの第二王子殿下がカルセオラリア国王になるかどうかの結論が出ている頃だからだろう。


 シオリ嬢の知り合いは本当に利用できるものはなんでも利用している。

 尤も、その大神官自体も、様々な思惑がありそうだとは思うが。


「だが、今のままではシオリ嬢を守れない」


 おや?

 いつになく強めの口調で言う主人が気になった。


『シオリ様はまだ婚約者「候補」でしょう? そこまで片意地を張る必要などないのでは?』

「俺が守ると約束をしたんだ。今のように俺が庇われて、護られてばかりでは意味がない」


 どうやら、庇われていることには気付いているようだ。

 これではどちらがこの国の貴族子女かも分からないことも。


 まだあの女性がこの国に来てそんなに経ってはいないのに、随分な成長だと思う。


『無理でしょう。アーキスフィーロ様は圧倒的に社交が足りていません』


 その点、あのシオリ嬢も似たようなものだとは思うが、これまで渡り合ってきた人間たちの質が違う。


 貴族だけではなくその頂点だったり、単に神官だけでなくその頂点だったり、純血の精霊族たちに会ったのも一度ではない。


 何より、神の頂点と関わっているとか、並の人間では得られない経験値を大量に稼いでいるのだ。


 あれで、当人は自身の異質さを理解していないのだから呆れてしまう。


「社交なんて、それこそ一朝一夕で身に着くものではないだろう?」

『本来は幼少期から学ぶものですからね』


 寧ろ、この主人はあんな境遇であったというのに、言葉を覚えて普通の会話ができていることを褒めても良いとは思う。


 よくも人間不信にならずに、曲がることなく、ここまで素直に育ったものだと。


 俺も似たような境遇だったが、精霊族の血が濃く出たために、捻くれた自覚はある。


 まあ、今となっては全てどうでも良いことではあるのだが。


『今からでも努力すれば良いのではありませんか? その辺り、トルクスタン王子殿下がお得意のようですし、今なら、ルーフィス嬢やヴァルナ嬢だって助けになってくれると思いますよ?』


 尤も、あの二人の専属侍女は、「シオリ様のためならば」という枕詞が付くのだが、そこはわざわざ言う必要がないだろう。


 そんなこと、誰の目にも明らかなのだから。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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