話が微妙に通じない
「本当だ!! もう、お前たちの邪魔をしない。存分に仕事をしてくれ!! 俺がここで仕事をする!!」
そんな第二王子殿下のとんでもない言葉に対して……。
「は?」
第二王子殿下の背後にいた人なんて、我慢しきれずに声を漏らしてしまったようだ。
気持ちは分かる。
わたしも叫びたかった。
いや、意識を飛ばしたかった。
この王子殿下、本当に話が通じない!!
これは王族だからなの!?
「ヴィーシニャの精霊がここでアーキスフィーロと仕事をするのが国王陛下からのお言葉ならば、それに従うしかないのはやむを得ない。それならば、俺は! このヴィーシニャの精霊を愛でながら、仕事する!!」
愛でるって仕事しながら何をするおつもりですか?
そして、どちらにしても迷惑だから止めて欲しい。
この部屋に王族が入っているってだけでも、結構な進歩ではあることは分かっている。
だが、今回のようにずっと構われるのは嫌だ。
わたしは犬や猫のような愛玩動物ではない。
それに、アーキスフィーロさまの顔色も悪いから、勘弁してくれって思っているんだろうな。
「第二王子殿下のお仕事は、わたくし共の仕事と異なり、機密文書も多いことでしょう。持ち出しが禁止されていることもあるのではないでしょうか?」
やんわりとお断りをしてみる。
わたしたちの仕事は第五王子殿下の仕事の一部であって、この国の政を担うような書類は今のところ見たことがない。
だけど、第二王子殿下なら別だ。
第一王子殿下とともに、跡継ぎの有力候補である以上、帝王教育? ……のような次代の国王としての教育は始まっていると思う。
真央先輩も第二王女として、第一王女殿下ほどではなくても、万一のための教育の導入部分程度はしてきたと聞いている。
トルクスタン王子もなんだかんだ言っても、教養がないわけではない。
つまり、この王子殿下も何かしら、国王陛下から渡されているはずだ。
「ぐぬぬ……、それなら、俺も国王陛下に直談判してヴィーシニャの精霊と共に仕事できるように願ってくる!! 待ってろ!!」
そう叫びながら、第二王子はこの部屋から飛び出してしまった。
その後を慌てて従者たちが付いていく。
「えっと……?」
いきなりの展開についていけず、思わず、なんと口にして良いか、分からない。
『アホに付ける薬はないと思いますが、本当に極端な思考ですね。あんなのが王族でこの国、大丈夫でしょうか?』
「セヴェロ」
これまでずっと黙っていたセヴェロさんが、ようやくその軽い口を開くと、アーキスフィーロさまがそれをいつものように窘める。
『事実です。反論があればお伺いしますので、どうぞご自由にお話しください』
「言っていることは間違っていないが、あんなのでも王族だ。城内では慎め」
アーキスフィーロさまもあの第二王子殿下のことをアホと思っているのか。
しかも、「あんなの」って……。
いや、そう言いたくなる気持ちも分かるけどね。
「大分、時間を使ってしまいましたから、後れを取り戻さないといけませんね」
とりあえず、気分を変えよう。
あの第二王子殿下が長居したために、仕事を始めるのが遅くなってしまったことに間違いはないからね。
『それにしても、シオリ様は、随分、あの第二王子殿下に気に入られたようですね』
仕事を始めると、セヴェロさんがいつものように話しかけてきた。
いつも話題は多岐にわたるけれど、本日最初のお題は、先ほどの第二王子殿下のことについてらしい。
「特別、あの方に何かした覚えもないのですが……」
わたしは手を動かしながら、雑談に応じる。
正直、なんで、あそこまで執着に似た感情を向けられているのかが分からない。
しかも「ヴィーシニャの精霊」とか。
なんか、そう呼ばれるだけでゾワゾワする。
『ああ、あの方、少女趣味なんですよ』
「「は?」」
わたしと、アーキスフィーロさまの声が重なった。
その単語に聞き覚えはあるけれど、脳がその意味を深く考えたくないと叫んでいる。
それは、人間界でいうところのロリータコンプレックス、略してロリコンと呼ばれているものではないだろうか?
『本人にどこまで自覚があるか分かりませんけどね。これまで15歳未満の女性しか食いたいと思ったことがなかったようなので、ボクも油断していました』
いや、そんな情報を聞いても、わたしは嬉しくないですよ?
この場合の食うって……、多分、いやらしい意味だよね?
「それって、わたしが15歳未満に見えるってことでしょうか?」
確かに幼く見えるとは言われているけど、そこまで幼くは見えないと思いたい。
『デビュタントボールに参加しているので、シオリ様が15歳以上であることはご存じのようです。15歳未満は絶対に参加できませんからね。まあ、アーキスフィーロさまと同じ年齢とも思っていないようですが……』
聞けば聞くほど逃げ場を失っていくこの不思議。
更に付け加えられた情報からも、何の血路も見いだせない。
「セヴェロ。シオリ嬢が不安がっている。これ以上は止めろ」
『何を言っているんですか? 自衛は大事ですよ。あの様子だと、シオリ嬢が一人になった途端、攫われます』
うげ?
マジですの?
いや、一人になることはないと思っているけど、そこまで恐ろしい事態なの?
『大マジです。まあ、今のところ、性愛対象ではなく、崇拝対象に近い感情ですが、今後、どのように転ぶか分かりませんからね』
人間の心が読める精霊族は、容赦なく現実を突きつける。
いや、性愛対象じゃないってはっきり分かった時点でちょっとだけホッとした。
でも、恋愛とかではなく、崇拝?
何故に?
ストレリチアなら分かるのだ。
あの国でのわたしの扱いは「聖女の卵」だから。
神官たちからそういった目で見られることも少なくなかった。
神に仕える神官たちから拝まれることに慣れたわけではないのだけど、そういったものとして受け入れることはできたのだ。
でも、ここでのわたしは、「聖女の卵」でもなんでもない、一庶民である
意味が分からない。
『シオリ様は、城で歌ったのでしょう?』
わたしの過去の一部を知ったセヴェロさんが意味深な笑みを向ける。
『城って、普通の場所よりも大気魔気が濃いですよね?』
その言葉で察した。
大気魔気が濃い場所だったから、神力が出た!?
『シオリ様の歌には精霊族たちに対する魅了効果が高いようなので、精霊族の血が入っているこの国の王族たちは魅了されやすいでしょうね』
ふぎゃああああああ!?
そんなの知らなかった!!
知らなかったよ!?
魅了効果って何!?
「魅了効果? 俺の眼のようなものか?」
『もっとタチが悪いものですよ。アーキスフィーロ様の眼は見ている間、効果が出ますけど、シオリ様の場合、歌を聞いた後も継続されるみたいなんですよね』
しかも、タチが悪いとか!?
精霊族に言われると説得力がありますね!!
「この国の王族に精霊族の血が入っていること自体、俺は知らなかったが」
『人間の血だけでこの大陸での存続は難しかったみたいですよ。人型の精霊族と交わることで、生き抜いてきたようです。逆に言えば、純粋な人間の方が少ないってことですね』
このウォルダンテ大陸は魔獣や精霊族が多いって聞いていたけど、人間だけでは生きていくことができないほどだとは思っていなかった。
『高低差もあり、寒暖の差も激しい気候で、自生する植物などはそれに適したものとなります。大気魔気もあちこちに吹き溜まりのように湧いていて、生物が生きるのに適さない場所こそ濃いんですよ』
単純な平面地図だけでは分からないことだ。
この世界の地図に等高線と呼ばれるものはない。
あるのは、その場所に山があるという印だけ。
その高さも植生も分からない。
それがまるでRPGの世界地図のようだと思ったことがあった。
『この大陸の状態はどうでも良いのです。今、一番の問題は、シオリ嬢が王族の一人に目を付け……目をかけられ、それが厄介ごとに繋がる気配しかないことでしょう?』
セヴェロさんが肩を竦める。
「そうだな。だが、第二王子殿下であるだけ、マシだった」
『……マシ?』
「まだ話を聞く姿勢にはなってくれていた。他の王族にそれを望めるとは思えない」
アーキスフィーロさまの言葉に思わず、溜息を吐きたくなってしまう。
アレでマシなのか、そうなのか。
『国王陛下が第二王子殿下の要請を断ってくれると良いのですが……、どうでしょうね?』
「さあな。陛下のお考えなど分からない」
実に実感の籠った言葉である。
そして、わたしも予測できない。
あのタヌキ陛下はどんな結論をだしてくれるのだろうか?
そんな一抹の不安を抱えながらも、目の前の仕事に向き合うのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




