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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 弓術国家ローダンセ編 ~

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駆け引き

「ヴィーシニャの精霊が俺の手を取ると言ってくれるまでは、頭を上げない」


 そんな第二王子の言葉に対して……。


「承知しました。それならば、そのままでいらしてください」


 主人は冷たく、言い放ちそのまま背を向けた。


 それを第二王子は茫然と見ている。

 そんな扱いを受けたこともないだろう。


 背後の取り巻きたちも、先ほど第二王子自身から制止の(めい)を受けたために、どう反応していいか分からないようだ。


 だが、これは栞の方に分がある。


 何故ならば……。


「わたくしは、アーキスフィーロさまの付属品(オマケ)ではありますが、ローダンセ国王陛下のご意思により、ここに参上しております。そのため、これ以上、邪魔されては(かな)いません。正当な用件がおありならば、まず、陛下に御進言くださいますようお願いします」


 この場所にいるのは、国王(上位者)の命令なのだ。

 だから、栞は文句があるなら、国王に言えと言っている。


「いや、だから、そなたが我が手を取れば、そのような雑務など……」


 それでも、第二王子は尚も食い下がった。


「第二王子殿下は、国王陛下からのお言葉を、雑務だと言われるのですね?」


 栞が静かな声でそう告げると、流石に、第二王子が押し黙った。


 確かに、栞たちに渡された仕事は、第五王子の仕事の一部であり、その内容は雑務にしか見えない。


 だが、国王の命令によって、この場所で仕事をしなければならない事実が変わるわけではないのだ。


 あの国王にとって大事なのは、第五王子の補佐よりも、この部屋に、栞の婚約者候補を押し留めることである。


 つまりは、この場所にいるだけで十分なはずなのだが、そこまで説明する義理はない。


 そして、第二王子が栞を無理矢理この場から連れ出そうとすれば、そこにいる婚約者候補の男だって黙ってはいないだろう。


 そうなれば、国王の計略は潰されてしまうことになる。


 これまでずっと理由をつけて出てこなかった男をようやく、表に引きずり出したというのに、それをこんな私情で潰されるのだ。


 あのどこか食えない印象のある国王は、それを見逃さないだろう。


「それでは、アーキスフィーロさま。お仕事を続けましょうか」


 栞はにっこりと笑った。


「し、シオリ嬢……、その……」


 婚約者候補の男は、まだ動けないでいる第二王子が気になるらしい。


 能力がないわけではないが、これまで人付き合いが少なかった弊害だろう。

 明らかに上位者である相手に対して、栞のように冷淡な対応ができないでいる。


 いや、これはこの国の教育の成果か?


 王族には絶対服従。

 それが根付いている。


 その割に、登城要請を無視し続ける豪胆さもあるのだから、よく分からない。

 それだけ、この場所に来たくなかったということなのだろうけど。


「大丈夫ですよ、アーキスフィーロさま」


 対して、栞は落ち着いたものだ。

 いつの間にか、随分、成長している。


 こうして、他の人間たちと並ぶと、それがはっきりと分かる気がした。


「第二王子殿下は、聡明な方とお見受けします。自身の私情に(かま)けて、アーキスフィーロさまやわたくしに国王陛下の御言葉を無視させるような愚は冒さないことでしょう」


 上手い。

 相手を持ち上げた上で、この王命が絶対的なものであることも主張している。


「特に余所者のわたくしなど、その意に反する行いをすれば、この国にはいられなくなってしまいます。国王陛下のご意思に逆らうなど、とんでもないことですから」


 さらに、それを破れば、第二王子が望まない結果に繋がるということも伝えている。


 この言葉が届かなければ、第二王子はとんでもない馬鹿だということになるが、はたして……?


「シオリ嬢、貴女という女性は……」


 婚約者候補の男はそれに気付いた。

 だが、それ以上の言葉が続かない。


 この辺りは場数か。

 理想は栞のフォローだが、そこまで望むのは難しいようだ。


 口を開く権利がある場なら、オレが口出ししてもう少し補足することもできるが、ここまで栞が一人で創り上げた舞台を邪魔したくもなかった。


 それに、ここまで進めたのだ。

 後は、結果の方が転がり落ちることだろう。


「アーキスフィーロがここで仕事をしなければ、ヴィーシニャの精霊が国を出て行くことになるのか?」


 第二王子はそんな確認をする。

 気になったのは、そこだったらしい。


「わたくしがこの場にいるのはお世話になっているアーキスフィーロさまの補佐のためでございます。それなのに手伝うどころか、足を引っ張ってしまう女など、国王陛下がどう判断されることか……」


 栞は頬に手を当てて、しおらしく俯いていた。

 だが、実のところ、そこは大丈夫だとは思っている。


 栞は栞で既に、国王に対して、自身の存在を強すぎるほどにアピールしているのだ。

 仮に、この仕事の補佐が上手くできなかったとしても、別の命令が新たに追加されるだけだろう。


 第二王子が言うように、もともと大した仕事をしているわけではないのだ。


 だが、その別の命令が、側室……、いや、次世代の(たね)付け先候補となれば話が変わってくる。

 そうなれば、この国から逃げ出す一択だが。


 そして、栞もそれは理解している。


 彼女が口にしているのは単に一般論であり、能力を全く知らない相手に対して、その先を悪い方へと予測させるよう誘導しているだけだ。


 これは兄貴の影響か?


「顔を上げてくれ、ヴィーシニャの精霊」

「いいえ、このままでは仕事ができません。アーキスフィーロさまにも申し訳なくて、この顔を上げるなど……」


 あ……。

 この女。


 どさくさに紛れて、先ほどの仕返ししようとしてやがる。


 第二王子がこのまま邪魔し続けるなら、顔を上げないぞと言っているらしい。


「いや! もう! 俺は邪魔しないぞ」

「本当でしょうか?」


 口元に手を当て、上目遣いで恐々(こわごわ)と第二王子を見る栞。

 おいこら、もしかしなくても、その技術(テク)は若宮から習っただろ?


 自分の童顔、可愛らしさを前面に押し出すような仕草と声色。


 ちょっとわざとらしさがある辺り、不慣れな感じが滲み出ているが、そんなの今の第二王子には関係ないはずだ。


「本当だ!! もう、お前たちの邪魔をしない。存分に仕事をしてくれ!!」


 チョロい!!

 大丈夫か? この国。


 そして、栞は立派に悪女になりやがった。

 傍から見ればそれがよく分かる。


 気を付けなければ、これにオレもやられかねない。


「俺がここで仕事をする!!」


 妙な宣言を聞いた気がする。


「は?」


 そう言ったのは栞ではなく、背後にいた第二王子の取り巻きの一人だった。


 栞は言葉をちゃんと呑んだ。


「ヴィーシニャの精霊がここでアーキスフィーロと仕事をするのが国王陛下からのお言葉ならば、それに従うしかないのはやむを得ない。それならば、俺は! このヴィーシニャの精霊を愛でながら、仕事する!!」


 ……マジかよ。

 いやいや、ちょっと待て?

 それは良いのか?


 第二王子の仕事と言えば……、政の補佐だけでなく、一部、兵団の訓練も含まれていたはずだ。

 それをここでするのか?


 いや、この部屋は契約の間だから、それ自体はどの国でもあることだし、寧ろ、本来の使い方だ。


 水尾さんの話では、アリッサムの契約の間はもっと広く、聖騎士団や魔法騎士団が普通に契約した魔法の撃ち合いを始める日常だったらしい。


 だから、それ自体を問題とはできない。


 だが……、邪魔だ。

 すっげ~、邪魔。


 こんな所で兵団の訓練などやってみろ。

 栞の魔気の護り(自動防御)が発動する可能性が格段に上がるじゃねえか。


 おちおち仕事もしていられなくなる。


「第二王子殿下のお仕事は、わたくし共の仕事と異なり、機密文書も多いことでしょう。持ち出しが禁止されていることもあるのではないでしょうか?」


 そして、栞は動揺を隠して正論を述べた。


「ぐぬぬ……、それなら、俺も国王陛下に直談判してヴィーシニャの精霊と共に仕事できるように願ってくる!! 待ってろ!!」


 そう言いながら、第二王子はこの部屋から飛び出してしまった。

 その後を慌てて従者たちが付いていく。


「えっと……?」


 後に残された栞は困ったような顔をしていた。


『アホに付ける薬はないと思いますが、本当に極端な思考ですね。あんなのが王族でこの国、大丈夫でしょうか?』


 これまでずっと黙っていた精霊族が、ようやく息ができるとばかりに話し始めた。

 だが、言っていることは同感だ。


「セヴェロ」

『事実です。反論があればお伺いしますので、どうぞご自由にお話ください』

「言っていることは間違っていないが、あんなのでも王族だ。城内では慎め」


 城外なら良いのか?

 そうツッコミたかったが黙っていた。


 そして、栞は……。


「大分、時間を使ってしまいましたから、後れを取り戻さないといけませんね」


 始めから、第二王子など存在しなかったかのような言葉である。


 どうやら、全く好きなタイプではなかったらしい。

 そんな気はしていた。


 そうして、落ち着きを取り戻した部屋の中で、オレたちはようやく、本来の仕事に取り掛かったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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