しつこい王子さま
「アーキスフィーロ~。どうしても、あのヴィーシニャの精霊に会わせてもらえないのか? 『幻の歌姫』が消えた今、俺のこの心を満たせそうな女はあの少女ぐらいなのだ」
第二王子殿下がそんな困ったことを言う。
その「幻の歌姫」と言うのは、実はわたしのことであり、さらにヴィーシニャの精霊とやらもわたしのことらしい。
「あの女性はカルセオラリアの第二王子であるトルクスタン王子殿下の同行者です。そのために、我が家に滞在していただいております。お会いしたいならば、トルクスタン王子殿下に御許可をいただいてください」
「既に断られた」
既に打診しているところに驚きを隠せない。
そして、トルクスタン王子からは何も聞いていなかった。
まあ、ルーフィスさんが聞いている可能性は高いけど。
「あの時、ヴィーシニャの精霊は、トルクスタン王子殿下の同行と言っていたからな。お前か、ロットベルク家当主か、トルクスタン王子殿下のいずれかから許可をとれば会えると思ったのだ」
つまり、ロットベルク家の当主さまも許さなかったってことか。
それはちょっと意外。
王族からの要請を断る印象はなかったから。
「当主にも打診されたのですか?」
アーキスフィーロさまもそこは意外だったらしい。
「いや? 俺、あの男嫌いだから。ああ、ついでにヴィバルダスも嫌いだ。よく似てるよな~、あの父子」
あっさりとそう言い切ってしまう第二王子殿下。
「アーキスフィーロも別に好きってわけじゃないけど、トルクスタン王子殿下から断られた以上、お前以外に頼めるヤツがいないから仕方ないよな?」
さらに面と向かってアーキスフィーロさまにもそう言う。
「そんなわけで会わせろ」
「お断りします」
「本人もお前が許可すれば良いって言ってるんだよ」
ああ、そんな御断りのお手紙を書いた覚えがある。
でも、もらったお手紙に「ヴィーシニャの精霊」なんて見慣れない言葉はなかった気がするんだけど。
「でも、カルセオラリアから来たにしては、かなり丁寧なウォルダンテ大陸言語を使って、綺麗な文字を書くんだよな~。実は、この大陸出身者だったりしてな」
いいえ、シルヴァーレン大陸出身らしいです。
ついでに言えば、人間界育ちです。
それでも、褒められるとしたら、添削をしっかりしてくれている専属侍女のおかげです。
お手紙の返事については、どの国でも本当にお世話になっております。
「教養が深い女性ですから」
いや、アーキスフィーロさまもわたしが書く手紙には必ずルーフィスさんの目が通っていることはご存じですよね?
しかも、毎回、赤字の修正が入っていることも知ってますよね?
ウォルダンテ大陸言語の記号のような文字が悪い!!
「な~、アーキスフィーロ~。頼むよ~」
そして、第二王子殿下はアーキスフィーロさまのことを好きではないと言い切っているのに、馴れ馴れしくお願いしている。
ヴァルナさんとセヴェロさん、わたしはそれを気にしつつも、本日のお仕事を続けているが、アーキスフィーロさまの方は完全に手が止まってしまっていた。
流石に、王子さまが話しかけているのに、無視して作業することはできないらしい。
お気の毒である。
「第二王子殿下は、私との勝負に負けたのです。それならば、それを願う権利もなくなったということでしょう?」
「あ~、うん。お前相手に魔法で勝とうと思ったのが、誤りだった。だが、今度は肉弾戦ならば!!」
第二王子殿下は諦めが悪い方らしい。
「そろそろ私も仕事をしたいのですが。連れにしか仕事をさせていない状況は居心地が悪いのです」
そして、アーキスフィーロさまは正論を吐く。
「部下というものはそういうものではないか? 主人の手足となって働く者だぞ?」
第二王子殿下のお考えはそんな感じらしい。
だが、わたしは頂点が率先して働いている姿を見たことがある。
そのために理解はできても賛同はできない。
「部下ではなく、友人……、いや、同士です。それならば、対等であるべきでしょう?」
「は? 友人? お前に?」
アーキスフィーロさまの言葉に対して、酷い反応を返す第二王子殿下。
「……って? あれ? ちょっと、そこの女!! 顔を上げろ!!」
ぬ?
気付かれた?
でも、外見上、「女」は二人いる。
そのためにヴァルナさんとわたしが同時に顔を上げた。
まるで計ったかのように、全く同じタイミングだったから、多分、わたしに合わせてくれたのだと思う。
「おお? い、いや、こっちの黒髪の……、ああ、間違いない! ヴィーシニャの精霊よ!! やっと会えたな!!」
流石に、顔を合わせたら気付かれたようだ。
だけど、第二王子殿下が両手を広げてわたしに抱き付こうとしたから……。
「お前たち……?」
いくつもの手が間に入り、それは阻まれる。
それを第二王子殿下が茫然とした顔で見ているのが、視界の端に入った。
第二王子殿下に一番近い位置にいたアーキスフィーロさまが、その身体を割り込ませていた。
その後ろにセヴェロさんの手が入り、座っていたわたしを抱え込んでその場から瞬時に離れたのがヴァルナさんだった。
ヴァルナさんの動きがもう少し遅かったら、セヴェロさんが同じようなことをしたのだろう。
そんな動きだった。
まあ、三人が庇わなくても、わたしの「魔気の護り」が発動しただろう。
自分の身体の中にある体内魔気が動く気配はあったから。
そして、自分の身を護るための「魔気の護り」は、相手の身体が傷付かない限り、王族相手に発動したとしても罪にはならないと聞いている。
相手に恐怖心を感じさせる方が悪いという判定らしい。
尤も、大半、王族の「魔気のまもり」を貫くほどの「魔気の護り」が出せるような人間は少ないだろう。
わたしの「魔気の護り」で意識を刈り取られた人はいるらしいけれど、身体が損傷した人は未だにいないのだ。
「第二王子殿下。今の行動は看過できません」
三人の中で唯一、直答できる権利を持つアーキスフィーロさまが代表して言葉をかける。
「そちらの女性は、カルセオラリアの王族より我が家に託されている方です。それなのに、いきなり、相手の意思を確認することもなく触れようとするとは……」
その声には明らかに怒りが含まれていた。
アーキスフィーロさまは真面目な人だ。
トルクスタン王子のこともあるけれど、許可なく未婚女性に触れようとする行為も許せないのかもしれない。
「はあ? 触れるぐらい良いだろ? 別に孕ませるわけでもないのだぞ?」
これは文化の違いだろうか?
いきなり人前でそんな行為に及ぼうとする人はいないと思いたい。
「この国では許されても、他国では許されないという話です」
「この国に来たのなら、この国の規則に従えば良い」
「その言葉を、トルクスタン王子殿下の前でも言えますか?」
アーキスフィーロさまがそう問いかけると、第二王子殿下は押し黙った。
同じ、中心国の国王の息子ではあるが、国際的な立場は随分違う。
片や、第二王子殿下は数多くいる王の息子の一人であり、正妃殿下の息子でも、王の第一子でもない。
片や、トルクスタン王子はカルセオラリアの正妃さまの忘れ形見であり、かつ、今は嫡子として扱われている。
唯一の問題点は、カルセオラリアが中心国に返り咲くかどうかが微妙なところだが、現時点では何事もなく戻れるだろうというのが雄也さんの見立てだ。
「だ、だが、ようやく、会えたんだ。なあ、ヴィーシニャの精霊」
今もヴァルナさんに抱き抱えられるようにして、全身を庇われているわたしに向かって、第二王子殿下は手を伸ばそうとする。
その瞳には、妙な熱が宿っていて……、正直なところ……。
―――― 気持ち悪い
そんな感想しか抱けない。
まるで、「聖女の卵」の目に止まろうと付き纏ってきた神官たちの執着にも似た……、いや、わたしに執拗に触れようとした元青羽の神官の瞳に凄く似ていて、凄く嫌な気持ちになってしまう。
さて、どうしたものか?
このままではお仕事が進まない、……ではなく、全くできない。
そして、何度追い返しても、この第二王子殿下はやってくるだろう。
そんな熱を宿している。
そうなると、この執着心を根こそぎ取り除く方向に持って行くべきだと思うが、良い方法が思いつかない。
実際、手紙で丁寧にお断りしても、アーキスフィーロさまやトルクスタン王子が駄目だと言ってもこんな状態なのだ。
自分に権力があると思っている人にはどう対処するのが正しい?
「この手を取れ。そうすれば、カルセオラリアの王子からも、黒……、アーキスフィーロからも、解放すると約束しよう」
絶対に断られるとは思っていない傲慢さ。
そして、その言葉から見え隠れする蔑みの感情。
トルクスタン王子は困ったところもあるけれど、基本は善人だ。
詳しい話をしていないのに、わたしに対して、いろいろと気遣ってくれる。
アーキスフィーロさまを紹介してくださったのも、その一つだった。
トルクスタン王子は言葉が足りないし、雰囲気を察しないところはあるけれど、わたしの気持ちを無視して突き進むことはしない。
アーキスフィーロさまは善人過ぎて心配になるぐらいだ。
トルクスタン王子の紹介とはいっても、突然、押しかけたも同然のわたしに対して、過剰すぎるほどの配慮をしてくれる。
先ほど、セヴェロさんが主人であるアーキスフィーロさまよりも、わたしの方を護ろうと動いたのも、多分、そんな話を事前にしていたんじゃないかな。
だから、わたしの方向性は決まった。
何がなんでもお断り!! ……だ!!
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




