会いたい相手
「アーキスフィーロ!! 後生だから、俺を、この俺を! 今すぐ、ヴィーシニャの精霊に会わせてくれ!!」
そんな声とともに、再び、第二王子殿下が現れた。
「第二王子殿下。畏れながら、ご確認させてください。殿下はその精霊に会って、いかがされるおつもりでしょうか?」
アーキスフィーロ様は入室の合図もなく扉を開けた第二王子殿下に動じることなく、淡々と問いかけた。
どの国でも王族が入室の合図をしないことは珍しくないようだ。
でも、セントポーリア国王陛下は、自分の部屋に入る時もちゃんと入室の合図をする人なんだよね。
それを知っているために、やはり眉を顰めたくなってしまう。
「傍に置いて、存分に愛でるに決まっているじゃないか」
お断りさせてください!!
反射的に、そう言いたくなった。
だが、まだわたしと決まったわけではない。
「あの精霊は、あの陛下との円舞曲に臆することなく受けて立った。陛下の練習のために踊った大半の女性講師は、踊り始めてすぐに泣くか喚くか倒れるなどして周囲を巻き込むほど煩くなると言うのに、その最中に微笑むほどの余裕があったのだ。並の少女ではない」
あの日、ローダンセ国王陛下と円舞曲を踊ったのは、わたしだけだった気がする。
いや、あのタヌキ陛下と踊れる人の方が少ない……というか、正妃殿下からもお断りされる時点で、踊れる人なんて皆無だ。
誰だって、公衆の面前で、プロレスにも似た動きなどされたくはないだろう。
しっかりセットしたはずの髪や化粧が崩れるって相当だと思う。
できればその辺にいる御令嬢の如く倒れたかったけれど、残念ながらわたしはそんなにか弱くはなかった。
流石に悲鳴ぐらいは上げたかったけれど、公衆の面前でそんな無様は晒せないだろう。
微笑む?
それは、あんな状況だったから、引き攣った笑いを浮かべるしかなかったんじゃないかな?
並の少女って、もう18歳なのだけど。
18歳は少女と呼んで良いのだろうか?
そして、それを聞いていたヴァルナさん。
ツッコミたかっただろうな~。
表情を変えていないが、その微かに感じる気配からは、ちょっとだけ怒りに似た何かがあったから。
「しかも、その円舞曲も実に見事だった。まるでヴィーシニャの花弁が舞い落ちる時のように、白いドレス姿でくるくると回る姿は、息を呑むほどに可憐であった」
踊っているわたし自身は、客観的に見ることはできなかったが、あの時の円舞曲は悪くなかったらしい。
ぶん回され、天井に向かって放り投げられた記憶しかないのですが……。
舞踏会が開かれた広間もそうだったけれど、お城の天井って、どこもかなり高さがある。
それなのに、わたしは自分の背後に天井の気配を感じたのだから、相当、高い所までこの身体が投げられたってことだよね?
ああ、だから例えがヴィーシニャなのか。
あの白い花が回りながら上から落ちてくる様が、上から下に落ちるわたしとローダンセ国王陛下の円舞曲と重なったのだろう。
それに、あの時のわたしは、白くて円舞曲を踊った時に映えるようなドレス姿であった。
因みに現実のヴィーシニャは、既に開花の時期が過ぎてしまったために、あの場所に行っても花を見ることはもうできないらしい。
いまでは、青々とした葉が茂り、実がなるための準備をしているそうだ。
因みにヴィーシニャの実は青いと聞いている。
そこは人間界の桜とは違う部分だろう。
桜の果実は紅や黄色にはなっても、青くはならない。
「その上、デビュタントボールが終わった後の『花の宴』だ。トゥーベルの周囲を顧みない振る舞いに対しても如才なく立ち回り、さらには、あの『Hallelujah』だ。人間界へ行った者たちは挙って魂が震えたと言っていた。俺の背後にいるやつらは皆そうだ」
いろいろぶっ飛んだ第二王子殿下の迫力で気付かなかったが、一人で行動していたわけではなかったらしい。
その背後には、先ほどもこの部屋に来た従者たちが8人全員欠けることなくいた。
1人でも違った行動をとれば、目出つ。
だから、集団演舞のように一糸乱れず、ずっと同じように行動していたってことだ。
これってこの第二王子殿下には統率力があるってことかな?
「場の雰囲気も考えないような無茶な要求だったにも関わらず、何の準備も周囲への根回しもなく、自らの歌のみで、あの場にいた者たちを惹き付けた。まるで、音に聞く『幻の歌姫』のようではないか」
「音に聞く」って言葉で、「音を聞く島」をなんとなく思い出したが、この場合は噂に聞いたって意味の方だろう。
この第二王子殿下は人間界に行っていたらしい。
だから、話の合間合間に、この世界ではあまり聞かない言い回しが入っている気がする。
いや、わたしの脳内自動翻訳機能のせいもあるだろうけど。
「『幻の歌姫』……、ですか?」
アーキスフィーロさまはそちらが気になったらしい。
この世界では「歌」と呼ばれる物が少ない。
この国では、人間界から輸入されているらしく、若い年代が好きそうな歌や音楽が少しずつ広まっているらしいけれど、楽器の演奏自体が、あまり万人ができるものではない。
料理もそうだけど、楽器の演奏も難しいから、娯楽として発展しにくいというこの世界独自の問題があるのだ。
それでも、音楽を諦めきれず、音楽に魔石が使われるようになった。
その魔石があれば、歌も音楽も、いつでも好きな時に再生できるのだ。
だが、その方法にも大きな問題があった。
人間界では魔石が使えないのだ。
規則的に使う許可が下りにくいこともあるが、扱いが難しいらしい。
この世界で人間界の家電が使えないようなものだとか。
だから、演奏できる人間が、人間界で歌を含めた音楽を覚え、この世界に戻ってきた後に、大量演奏や歌唱をして、この国に広めたのである。
その人は真央先輩のように音楽が大好きな人だったのだろう。
凄い根性だと思う。
「そうだ。スカルウォーク大陸とこのウォルダンテ大陸を繋ぐ港町に、歌姫が歌う歌を聞きながら酒を飲むことができる酒場があるのは知っているか?」
……あれ?
どこかで聞いたことがあるような?
「噂程度でしたら」
そして、アーキスフィーロさまはそれを知っているらしい。
アーキスフィーロさまは外に出ることが少なかった割に、意外と情報を持っていたりすると思った。
魔獣退治する時に噂を聞いているか、人知れずあちこちに移動できるセヴェロさんが調べているのかもしれない。
「そこで、少し前に彗星の如く現れ、たった一晩で消えてしまった愛らしい歌姫がいたそうだ。俺が真偽を確かめる前に消えてしまったために情報はほとんどないが、港町にいた荒くれ者たちがその歌声を聞いて衆目も気にせず号泣したという」
その言葉で確信する。
この第二王子殿下が言っているのは、「わたし」のことだ。
酒場で歌うことをあの夜限りにしていて正解だった。
それ以降は、わたしは、他の歌姫のおね~さま方に歌を教えることしかしなかったから。
そして、外見を変えていたことも。
失敗だったのはその偽名だ。
まさか、この国には人間界に行った人が多いなんて思わなかった。
人間界、日本を知っている人たちなら、「サクラ」という言葉に対して何かしらの意味を見出すかもしれない。
あの港町で歌ったのが一晩限りだったのは、あの場所に長居する予定もなかったし、このままでは良からぬ人たちに目を付けられる可能性がある、と護衛二人が反対したことも理由だ。
あの歌を聞いた直後の人たちの反応を見たら、鈍いわたしでもそれは理解する。
そして、あの酒場の店主さんもそれで良いと言ってくれた。
まあ、わたしが大神官と繋がりがあると気付いた時点で、厄介ごとに巻き込まれる可能性を考えたのかもしれない。
今では、あの「音を聞く島」で、精霊族の観察を続けていることだろう。
うむ、既にしっかり巻き込んでいたね。
「例の混ざりモノたちの島の調査をしていたことで偶然知ったが、もっと早く知りたかった。そうすれば、その歌姫を手に入れることもできたが、いないものは仕方ない」
いろいろな意味でゾワゾワする。
この第二王子殿下にあの時点で見つかっていたら、どうなっていただろうか?
もしかして、王族の権利なんてものを発動させられていたら?
……それでも、大丈夫だったか。
あの頃はわたしたちの側にはまだ長耳族のリヒトがいた。
心の声を聞くことができる精霊族が。
そんな面倒ごとに巻き込まれる前に、再び、スカルウォーク大陸のどこかの国に身をひそめるなどの選択肢も生まれたことだろう。
そして、わたしの護衛たちは有能だ。
王族たちが動き出す前に、行動していたと思う。
トルクスタン王子もそんな事態になっていれば、ローダンセ行きを強行しなかっただろう。
真央先輩と水尾先輩が巻き込まれる可能性が格段に上がるから。
でも、そうなると、アーキスフィーロさまと会うのは難しくなったかな?
縁って本当に不思議だね。
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