ここに来た理由
「さあ、勝負だ! アーキスフィーロ!! どこからでも遠慮なくかかって来い!!」
契約の間に入るなり、第二王子殿下は意気揚々とそんなことを口にするが……。
「水魔法」
アーキスフィーロさまがたった一言そう口にしただけで、あっさりと勝負がついてしまった。
それも、第二王子殿下が一瞬で意識を刈り取られるという形で。
「ヴァルナさん、解説」
あまりにも早過ぎて、思わず、背後にいるヴァルナさんに解説を求める。
「今のどこに解説が必要な部分がありましたか?」
そして、それに対するヴァルナさんの言葉に微塵も容赦がなかった。
「いや、こう、わたしの目には見えない高度な駆け引きが……」
「ありませんよ。第二王子殿下が身体強化をしようと全身の体内魔気を動かし始めたところで、水魔法でできた球状の塊をその頭上へ落としただけです」
ヴァルナさんは涼しい顔でそう言ったが、第二王子殿下が身体強化を使おうとしていたことにわたしは気付いていなかった。
そして、思ったよりもアーキスフィーロさまは勝負に徹する人だった。
相手は王子さまだというのに、遠慮なく攻撃したものだ。
「これで第二王子殿下もご満足されたことでしょう。これ以上、我々の邪魔をしないでください」
さらに吐き捨てるように周囲に向かってそう言った。
意外と厳しい面も持ち合わせているらしい。
セヴェロさんに対しての態度とも違う。
少なくとも、セヴェロさんに対するものは、もっと愛がある。
正しくは、身内に対する厳しさだ。
だけど、今のアーキスフィーロさまはちょっと違う。
他人に対する厳しさ……、いや、違うな。
これは、排除すべき敵に対する苛烈さだ。
いつもは人当たりの好い九十九や雄也さんが、敵を前にした時に雰囲気や表情が変わるようなもの。
つまり、アーキスフィーロさまにとって、この場にいる第二王子殿下の従者たちは敵ってことなのだろう。
第二王子殿下の従者たちは、治癒魔法も、覚醒魔法も使えないらしく、意識を飛ばした第二王子殿下を集団で抱えて、部屋から運び出してくれた。
だが、いくら意識のない人間が重たいとはいえ、あの運び方はどうなのだろう?
せめて、即席で担架を作るとかして欲しい。
それぞれが腕や足、身体の一部を持って移動とか、かなり危ないのではないだろうか?
なんか、持ち方もがっしり抱え込んで逃げ出さないようにしているように見えたし。
第二王子殿下は人間界に行ったのなら、その従者たちの全てではなくても、人間界でも生活経験がある人もいると思う。
あの中学校では保健体育の時間に応急処置の話はあったし、簡易担架の作り方も習っていたはずだ。
それに何より……、あなたたちは魔法使いだよね?
何故、浮遊魔法とかそういった便利魔法を使わないのか?
身体強化して、一人が横抱きしても良いはずだ。
治癒魔法が使えなくても、それに代わる魔法を選んだりすることはできると思う。
だけど、あれだけ数がいるというのに、誰一人として、そんな考えに至らないのは、どういうこと?
いろいろこの国、大丈夫か!?
そう叫びたいのを我慢する。
後で専属侍女に愚痴ろう。
そうしよう。
どうせ、わたしの今の気持ちは届いているだろうからね。
さて、わたしたちは、三日前と同じように登城し、この契約の間にまで案内されたところで、第二王子殿下の待ち伏せを受けたところである。
それだけでも面倒だったのに、何故か、第二王子殿下からアーキスフィーロさまは模擬戦闘を申し込まれてしまったのだ。
そこで、暫く問答した後、この契約の間に第二王子殿下が入るなら、一度だけその勝負を受けると言う話になった。
第二王子殿下と一緒に来ていた人たちは反対したのだけど、どうしても第二王子殿下はアーキスフィーロさまと勝負がしたかったらしい。
葛藤の末、契約の間に入ることを了承したのだ。
そうなると、第二王子殿下に付き従っている人たちも一緒に入るしかなくなる。
ただでさえ曰く付きの部屋に王族が入ろうと言うのだ。
従者は止めるだろう。
特に、「懲罰の間」と言われているはずの部屋なのに、実際、この部屋で何が起こっているのか、何が起こるのかも分かっていないのである。
知られているのは、数少ない入った人間であるアーキスフィーロさまが、この部屋に入ると体調不良を起こしていたことぐらいではないだろうか?
そんな部屋に第二王子殿下が入って、何か起きてしまえば、責任は当人だけでなく、周囲にいた人間の話にもなる。
そして、アーキスフィーロさまにその責任を押し付けようにも、この方は、王命によって、目的地に向かっていたところを、第二王子殿下によって邪魔されたようなものだ。
そうなると、第二王子殿下には王命に逆らうという罪状も加算される。
だから、周囲は止めるしかない。
第二王子殿下に諦めてもらうしかないのである。
尤も、そんなに簡単に心変わりするような人なら、こんな所まで来ないし、契約の間に入ろうともしないだろう。
そして、案の定、御心は変わらなかったらしい。
まず、三日前のようにわたしの専属侍女とセヴェロさんが先に入って、王族が入っても見苦しくないように掃除をした後、第二王子殿下とアーキスフィーロさまが部屋に入ることになった。
流石に、女子供が先に入った部屋に、いろいろと理由を付けて入れないなんて言うような人はこの場にいなかったようだ。
まあ、専属侍女のヴァルナさんは実は男だし、10歳ぐらいの子供にしか見えないセヴェロさんは精霊族だし姿を変えているので、実際、幾つなのか分かりませんが。
そして、冒頭に繋がるわけである。
三日前にはあった机や椅子は、なくなっていた。
本当に広いだけの……、石造りの床でできた体育館……、いや、屋内用運動場のような場所でアーキスフィーロさまと第二王子殿下は向き合い、第二王子殿下が連れてきた人の中から選ばれた人が、開始の合図をして、すぐに終わった。
秒殺……、いや、瞬殺だった。
あのゆめの郷で、雄也さんと水尾先輩の勝負も早かったけれど、今回はそれを超える早さだったかもしれない。
「アーキスフィーロさま、大丈夫でしたか?」
大丈夫だと思ったけれど、一応、確認しておく。
先ほどまで体内魔気が少し不安定だった。
魔法を使ったが、そんなに魔力を使ったようにも見えない。
落ち着いているようには見えるけれど、わたしに分かるのは表面的なことだけである。
内部の深い部分まで分かるはずもないのだ。
「大丈夫です。貴女にまでご迷惑をおかけして申し訳ありません」
アーキスフィーロさまが頭を下げる。
この方は何も悪くないのに。
「迷惑だなんてとんでもないです。わたしは見ていただけでしたから……」
わたしがそう言うと……。
「いえ、そのことではなく……」
何故か、アーキスフィーロさまが言葉を濁された。
あれ?
何かある?
『アーキスフィーロ様。やはり、シオリ様はご存じないようですよ』
珍しく、それまでずっと黙っていたセヴェロさんは笑いながらそう言う。
『説明した方がよろしいかと』
さらにセヴェロさんがそう言うと、アーキスフィーロさまは上を向いて……。
「第二王子殿下は少し前から、私に勝負を持ちかけていたのです」
呟くようにそう言った。
それはまるで何かに懺悔をするかのように沈痛な表情で、見ているこちらの胸まで痛んだ気がする。
「勝負……、ですか?」
先ほどの模擬戦闘のことだと思う。
やはり、第二王子殿下も、どこかの王族たちのように戦闘狂なのだろうか?
だけど、その割にはあっさりとした勝負だった。
わたしが知っている戦闘狂たちは実力も伴っているので、拍子抜けしてしまったのだ。
あそこまでアーキスフィーロさまとの魔力の差があるのはご存じなかったのかな?
それに、アーキスフィーロさまも躊躇わなかった。
「はい。ここ数日、毎日のように勝負を求める手紙が私宛に届いていたのです」
第二王子殿下からの手紙は、あのでびゅたんとぼ~る以降、わたしにも届いていた。
だけど、まあ、他の王族たちと同じように会って話がしたいとかそんな内容だったと思う。
そう言えば、毎日とは言わなくても、一番、多かったかな?
そんな風に思い出していると、アーキスフィーロさまは大きく息を吐いて、わたしの方を向きながら……。
「なんでも、第二王子殿下は、『花の宴』で出会った『ヴィーシニャ』の精霊に、もう一度、お会いしたいそうです」
そんなよく分からないことを言ったのだった。
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